どっかんどっかん、更にどっかん
儀式の後は王宮で夜会が行われた。
これには珍しくも聖職者たちも出席するもので、アルベールに贈られたドレスを身につけたレティシアは彼らと共に王から褒章を賜った。
参列した人々に次々と話しかけられるのに応えた後は、念願だった婚約者とのワルツを踊る。
その後のダンスの誘いは引きも切らなかったが、断らない方がいいとあらかじめ教えられていた数人の相手をして、最後は奉納の舞を教えてくれた司祭をパートナーにする。彼と踊った後は、そのままアルベールの元へ連れて行ってもらえることになっていた。
聖職者には貴族の家の出の者も多くおり、彼らはそつなく久しぶりのダンスや社交を楽しんでいる。
貴族の出ではない者も、そもそも地方の教会ならばその教区の長となる高い地位にある。彼らも面識のある地区の領主たちと歓談し、ところどころで説話などを行いつつ、珍しい食事や酒、人々の賑わいを満喫している様子だ。
(司祭様たち、楽しそうで良かった)
法衣に身を包んだ彼らが楽しげにする姿を目にして、レティシアは頬を緩ませた。
ここ三年、教会の司祭たちとは儀式の準備のためにずっと関わり、親交を持ってきた。色々と面倒を見てもらって、心配もかけて、叱られたり、褒められたりもして、彼らにはすっかりと親しみがわいている。
特にこの半年ほどは皆が準備で忙しかったので、皆が今日は解放感に溢れていることだろう。
この後はあまり会うこともなくなってしまうのだろうが、彼らにはずっと元気で、長生きをして欲しい。
そんなことをしみじみと考えてながら踊っていると、曲が途切れ、ダンスの相手をしてくれていたガエル司祭がそのままエスコートをして、レティシアを婚約者の元へと送り届けてくれる。
「では、アルベール殿に君をお返ししよう。折角の夜会なのだから楽しみなさい」
無事にエスコートを引き継がれて、レティシアがようやく一息ついた。これで慣れない社交も一段落だ。
更に、このまま広間の中にいては、他の招待客に声をかけられてしまうからと、アルベールがバルコニーにこっそりと連れ出してくれる。
招待客はあまり出てこないが、少し離れた位置に警備兵が立っていて安全なその場所は、人目を避けたいときの休憩にはぴったりなのだという。
「疲れただろう、レティ」
「そうですね。儀式よりも、今の方が大変かもしれないです」
「だろうね。あまり、無理をしないように」
レティシアを労ってくれるアルベールこそ、このところはまた忙しさによる疲れが見えていた。
しかし、それ以上に疲弊が見えるのが、国王夫妻とスルト侯爵だ。
あの捕り物の後、二ヶ月ほどの時間を置いてから、レティシアは内々に国王夫妻に拝謁している。短い時間であったが、直々に言葉を賜り、褒美の品を受け取った。
その謁見の後に、実は国王夫妻共に体調が優れぬのだとアルベールからこっそりと教えられている。
王太子の廃嫡に加え、マグダレーナの元に通っていた貴族たちの処分についてなどの問題が山積みで、未だに内政はかなり揺れているために心労がつきないのだそうだ。それは宰相であるスルト侯爵も同じで、アルベールも父が倒れたりしないかと心配しているのだという。疲労回復のための軽い治癒はしているが、術を施しても、すぐに立ち働いてしまうため、根本からの改善がなかなかできないそうだ。
治癒は確かに怪我や病気を治すものではあるのだが、基本的には段階的に状態が良好になるように術を施すものであり、一度に全てが治るものではない。繰り返し治癒を行い、患者の治癒力を上げると共に、適切な休息をとり、看護を受けることが必要だ。ゆえに、状態の鑑定を行う医師と治癒を行う療法士は共に協力し合い、治療を行うのである。
それもあって、今日の儀式を終えた後ならば国王夫妻にもこれまでよりは余裕ができるはずだからと、レティシアも彼らの診察と治癒の手伝いをするようにと教会を通して要請を受けていた。
教会を通してという点は、トラバース伯爵が教会の顔が立つようにと手配した結果であるらしい。
(陛下たちもお義父様も、はやく元気になってくださると良いけど……)
儀式を終えたことでレティシアはようやく肩の荷が下りたような気分になっているが、国政の中枢を担う人々はこの後も大変な日々が続くだろう。
それを考えると、自分も気楽にはしていられないという気持ちになってくる。
「レティ、どうぞ」
できる限りのことを、頑張っていかなくては。
レティシアが一人でそう意気込んでいると、飲み物を取りに行くといって側を離れたアルベールが、フルートグラスを二客手にして戻ってきた。
「君が好きな梨のワインの炭酸水割りだよ」
「いいんですか!」
彼が用意してくれた飲み物がなんであるかを耳にして、レティシアはパッと顔を輝かせた。
香りよい甘いワインを炭酸水で割ってあるので、口当たり良く、軽く飲める酒である。この程度ならば、レティシアも酔うほどではない。
前回の夜会で、こういう場ではうかつに酒は過ごせないという教訓を経たが、しかし婚約者から渡されるものならば安心してよいだろう。
「ああ。乾杯しよう」
広間からは軽快な音楽と人々のざわめきが流れてくる。
喧噪を遠巻きにし、心地よい夜風に当たりながら、二人は手にしたグラスを掲げた。
「次の乾杯は結婚式になるかもしれないな」
エルキュールとの話し合いは、肝心の当人が帰国しようとしないので直接は行えていないが、文書で改めて「身の振り方はおまえの好きにしろ」といった文言がレティシアの元に送られてきている。なので学校を卒業したら、程なく結婚式を挙げようと話は纏まっていた。
王や教会はレティシアが聖女とならないことを惜しんでいたが、そこは譲れない。
「幸せになろう」
「はい。アルベール様」
アルベールの言葉に頷いて、レティシアはニコニコしつつ、グラスの中身を煽った。連続で踊っていたので、すっかりと喉が渇いてしまっている。
「なくなってしまったね。もう一杯取ってくるよ。少し待っていてくれ」
「はい」
アルベールが空のグラスを持って、再び広間へ戻っていく。その背中を見送って、レティシアは空に浮かぶ大きな月を見上げた。
儀式は満月の日に行われる決まりとなっている。
こんなにも明るい月の光に照らされていれば、少しの時間、一人で彼の戻りを待つのも怖くはない。
むしろ今は、火照った頬に夜風が当たるのが心地よくて、もう少しここで月を眺めていたかった。
(こんなに幸せな事って、あるのね…)
一生を聖女として手堅く生きると誓っていたのに、こうして恋する人が出来て、その人と幸せになろうと誓い合える。
こんな日がやって来るなんて、夢にも思っていなかった。
(なんて、なんて、幸せなんだろう)
「〜〜〜」
月の光の下で、レティはリズムを取りながらくるっと廻ってステップを踏んだ。
「幸せ〜な〜」
るるるるーと覚えたリズムを鼻歌を歌いながら、くるっと廻る。
すると、突然背後から呼び声が響いた。
「レティ!」
その声がレティシアの耳に届くのとほぼ同時に、会場の中から閃光が走る。
夜空から落ちる月の光を掻き消すようなまばゆい光に、レティシアはハッとして背後を振り返った。
「え……?」
一体何事だ。
と思ったら、両手に新しいグラスを持ったアルベールが、広間から出たばかりの位置で不意に膝を着き、その場に崩れ落ちる。
「アルベール様!」
彼の元へと駆けたレティシアが、慌てて彼の身を抱え込む。
「アルベール様、どうされたんですか!」
「ま…」
「ま?」
「魔力が……ない……」
その一言を残し、アルベールが意識を手放す。
「アルベール様、アルベール様、誰かっ……!」
助けを呼ぼうと顔を上げたレティシアの耳に届いたのは、歓声だ。
(え……?)
「おお」「素晴らしい」「これは祝福だ」
そんな声の中に、一層大きく響いた一言があった。
「聖女、万歳!」
(……どういうことなの?)
一体どんな状況か分からずに呆然としていると、広間からトラバース伯爵とマルタンが親子で並んでやってくる。
「レティシア嬢、なんともご活躍ですな」
「アルベールは魔力が切れただけですので、心配はありません」
レティシアが抱え込んだアルベールの口に、マルタンは懐から取り出した魔力回復薬を巧みに含ませる。そのままマルタンはアルベールの身柄を受取り、自分の膝枕で彼を横たえた。
「このまま少し寝かせればすぐに回復します」
「その通り。アルベールはこれに任せてください。では、中へ参りましょう」
トラバース伯爵はレティシアに手を差し伸べて、その場から立ち上がらせた。
「さ、どうぞ」
「あの、どこへ行くんですか!」
「勿論、王の御前ですよ、レティシア嬢」
「え!? どうして!」
「いやー……どっかんどっかんさせると思ってましたが、まさかここまでとは」
「???」
どっかんどっかんという謎の言葉の意味もわからぬまま、レティシアはトラバース伯爵の手によって、国王の元へと連れられていった。
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