どっかんどっかん
めまぐるしく時は過ぎて、ついに大神ルディルシアに捧ぐ儀式の日が巡ってきた。
十五年に一度執り行われる大仰な儀式のために、レティシアはあの騒動の後は、とにかく稽古に全身全霊を注いできた。
あのような不祥事が起こったのだから、この儀式は特に大事なものになると大司教からも、司祭たちからも強く言われたのだ。
あの一件の後には、国の守護のためにもやはり結婚を考え直して、聖女になる道へ進まないかとの誘いまで受けた。流石にそれには驚いたが、教会からの勧誘は丁重に断っている。
レオナール王太子は未だに療養中だ。
マグダレーナの館に通っていた貴族たちの一部には国への背任行為が発覚し、処分されることが確定した。館の裏の顔は娼館であるが、表の顔は旧王派の貴族たちを取り込むためのサロンであり、国外から連れてきた【魅了】の娘を男たちに娶せる場となっていた。選ばれた彼女たちは母国での身分が高かったこともあり、既に婚約が整っていた者が何人もいる。
彼女たちはマグダレーナに強く操られている様子で、彼女に心酔しきっている。そんな娘たちがこの国の貴族階級に入り込もうとしていたのは、考えるだけでぞっとする事態だ。
この件に関して、館でなにが行われていたかを知りつつも、彼女たちにのめり込んでいた王太子も責任は免れないだろう。
もっとも、彼の心が未だに戻らぬ以上、その罪を裁くことは難しいが。
マグダレーナが奪っていったものは大きかった。
儀式においても参列する王の隣に並ぶのは、王太子よりも数才下の第二王子だ。儀式に出席することで、彼が王位継承者となることが正式に知らしめられることとなる。
順調に回復したナターリア王女は留学することが決まった。母国で彼女の兄が争いの発端となった以上、同母妹の彼女は中立である学園都市に留学していた方が守りやすいとの判断である。少なくとも学園都市にいれば、政治的な取引での彼女の身柄の引き渡しは求められない。
そちらにはジュリエット王女の近衛隊も護衛として駐屯しているので、物理的に守りやすくもある。
妹の晴れの舞台であるので、この儀式にはエルキュールが戻ってくるかと考えていたのだが、ジュリエット王女が列席しないため、彼も帰国しないそうだ。
この儀式において、レティシアは国の平和と発展を祈るために祈る。
これからの国の未来がどうか輝かしいものとなるようにと、大神と力を貸してくれる妖精たちに歌と舞を奉納するのだ。
「光の花を束ねて〜、捧げましょう およろこびください〜」
杖を持って、力強くそれを振り回し、美しく舞ったレティシアは、少々音程の怪しい歌声を聖堂内に響かせる。
(美しい……)
その姿を、アルベールは惚れ惚れと見遣った。
彼女が聖歌を歌い終えたその時、女神ルディルシアの像を中心に、まばゆい光が聖堂内に降り注いだ。
この光の強さは、レティシアの資質の高さ故だ。
だからこそ、彼女はアルベールに託された。
強い能力を持つ者は、危険にもさらされる。この国におけるレティシアの庇護者として、アルベールは適役だろう。
それを見込んだエルキュールの采配、野生の勘は見事としか言いようがない。
(まったく、あいつには一枚取られたな)
幼い頃に突然託された彼女に、今はこんなにも惚れ込んでしまっている。アルベールとしては、あの友人にまずは礼を言うべきかも知れない。
この大陸は女神ルディルシアにより生みだされ、全ての命が与えられた。
女神に愛されたこの地において、自分を魅了するもう一人の女神が目の前にいる。
彼女は降り注ぐ加護の光を浴びながら、美しく微笑んでいた。
(ん……?)
しかし、どうにも光が強い。儀式の進行のために聖堂内をよちよちと歩む司祭たちの殆どは、まばゆさに目を開けておられずに、その場で立ち止まってしまっている。
他、列席する王族や高位の貴族たちもかなりの薄目で壇上を見ていたり、仕方なしにうつむいてしまっている者もいるようだ。
「随分と……強いな…」
「力がどっかんどっかんしているねえ」
隣で父がぼそっと呟くのに、アルベールとは逆隣に座るトラバース伯爵が相づちを打つ。
「強くなり過ぎちゃったかなあ……随分と働いて貰ったからねえ」
儀式の前に治癒の手伝いをかなりの回数行ったために、文字通りレティシアは鍛え上げられてしまったのだろう。
壮年男性二人がレティシアに改めてどんな報酬を与えようかとのんびり語り合う横で、婚約者をかなりこき使った状態になっている罪悪感にアルベールはグサリと胸を突かれていた。
「レティシア、とても美しかったよ」
自分の奉納を終えたレティシアは、自分も儀式に参列するために、そっと聖堂内に作られた席に戻った。
今日の儀式の乙女の居場所は、婚約者の隣にしつらえられている。
儀式の乙女は今日の主役の一人だが、宰相であるスルト侯爵の並びの席ならば配置的にも問題ないとのことだ。
「ありがとう」
満面の笑みで出迎えてくれたアルベールに、レティシアは同じく微笑みながら答える。
舞の後、汗を拭くために一旦裏に回ったときに、親族として特別に裏に控えていたステファンからは「姉さん、声が裏返ってたよ!」と第一声で指摘された。なので余計に、頑張りに対する優しい言葉が特に心に染みる。
儀式のための練習中は最後まで、優しい司祭二人から「音を外さないように頑張りましょう」と言われ続けた。
それを乗り越えて、今日という日を迎えたのだ。とにかく無事に役目をこなせたことで、今は達成感と開放感に心が浮き立っている。
(よかった)
聖女になるという目論見はなくなったけれど、儀式の乙女を務められてて本当に良かった。
アルベールの横で自然に綻ぶ頬を押さえつつ、レティシアは大司教が語る大陸作りの聖話に耳を傾けた。
お読みいただきありがとうございます。
面白かったよ、続きが気になると思ってくださった方、是非ブクマや評価(★★★★★)をしていただけると、作者の励みになります。




