祈りの後には
マグダレーナ王姉の護送は国王肝いりの近衛隊が受け持ち、彼女はそのまま修道院へ送られていった。この後は修道院内の高い塔に生涯幽閉となる。
レオナール王太子は寝室の一つで娘と睦み合っていたところを引き出されて保護された。外傷はないが、【魅了】の力が効きやすくなるように精神に作用する弱めの薬物を使われた形跡があったので、アルベールはその場で解毒の処置を王太子に施すこととなった。
この後も薬を抜くための処置を継続して行うために、今の彼は城の中心部の窓もない一室に拘禁されている。
他、館にいた女と使用人、客であった貴族たちは全員が捕縛された。こちらは今後、調査が進められ、その上でどうなるかが決まるだろう。
マグダレーナを捕縛し、幽閉場所に送ったことには後味の悪さがあった。
反面、それはレティシアに自分の幸運を教えることでもある。
(私も、ああなっていたのかも知れない……)
自分を愛し守ってくれた父母、兄弟がいなければ。アルベールと会えていなければ。マグダレーナの過去があったことで、この国が変わろうとしていなければ。
どこかで世界の全てに憎しみを抱くことになっていたかも知れない。
そのことを考えると、背筋がゾッと冷える。
全てが紙一重なのだ。
「冷えるだろう」
王宮の一室の窓辺から、暮れていく空を見ていると、アルベールが姿を見せた。
今もレティシアは、アルベールの力を補助するために、王宮に滞在している。ナターリア王女だけでなく、王太子の解毒も進めなくてはならないため、今のアルベールはかなり疲労が厳しい。一人で対応していてはアルベールの方が倒れかねないからと、スルト侯爵からも正式に依頼を受けた形だ。
「アルベール様こそ、お具合いかがですか?」
アルベールが差し出してくれたストールを受取りつつ、レティシアは逆に彼に尋ねかける。
昨夜から連続の治癒と逮捕劇が重なり、よほど疲労が溜まったのだろう。彼は昼食の席で突然にテーブルに突っ伏し、まるで沈没するかのように眠りに落ちたのだ。
さすがにこれは激務が過ぎる。意識のない彼が部下たちに運ばれていく姿を見て、レティシアも青ざめた。
その後、心配するレティシアを気遣って、彼の部下たちが色々と話しかけてくれたため、アルベールの休息中に彼らとかなり親睦を深めたことは今のところは黙っておく。
「寝たらスッキリしたよ。驚かせたみたいですまない。立て続けに治癒をすると、こうなるんだ。寝て、食べればちゃんと回復するから、気にしないでくれ」
「気にしないわけがないでしょう! もう、ご飯は食べましたか?」
「いちど、途中で起きた時に少し食べた。でも、この後また食べるから、君を食事に誘いに来たんだ。一緒にどうかな?」
誘われると、レティシアも急に空腹が思い出される。
「いただきます」
「よかった。じゃあ、一緒に行こう。今用意して貰ってるところなんだ。私はこれから鳥の足とか、肉の塊とかを山ほど食べるが気にしないでくれ。驚くかもしれないから、先に言っておく」
わざわざ断るのだから、相当な量を食べるのだろう。
確かに気品に満ちた印象の彼と大食いは、頭の中でどうにも結びつけにくい。だが、肉を食べればそれが血になり、力になる。改めて言われると、レティシアも大きな鳥の足にかぶりつきたくなってきてしまった。
「そういう方のほうがいいわ。私がかなり食べるのに、旦那様が小食だと、なんだか恥ずかしいもの」
「………」
「どうかされましたか?」
「つまりそれは、君が私の求婚を正式に受けてくれたということでいいかな」
「!」
指摘されてハッとした。
ごく自然に、アルベールと結婚する前提で話をしてしまっている。確かに気持ちはもう、聖女になるよりもアルベールと共にありたいと思っていたが、それはまだちゃんと彼に伝えていなかった。
「それは……」
「いや、これまでも君をずっと婚約者として扱っていたし、今更なことは分かってる。今日も特にうちの父がそうだったろう? だから、きちんと話そうと機会を伺ってたんだ」
レティシアがどう答えようかと惑うと、被せるようにアルベールが話し出す。
「そうでしたね、閣下が……」
今日は一日、スルト侯爵はレティシアを完全に「うちの息子の可愛い嫁」扱いで遇している。
城に戻ってからというもの治癒をしては休息するを繰り返しているアルベールの代わりに、彼は手の空いている時間にレティシアのエスコートをしてくれた。
その際、侯爵は誰かに会う度に、自分の娘になる予定だ代替わり後の侯爵夫人だ、などといった枕詞を付けてレティシアの紹介をしてくれた。
いわゆる外堀を埋められている状態である。
一緒にいる間に、彼のことを閣下と呼ぶと「義父」でよいと訂正もされている。
「いえ、お義父様が、私をかわいがってくださって嬉しいです」
「……どうしよう。君が父と仲が良すぎて、嫉妬してしまいそうだ」
「アルベール様、なにをおっしゃるのです」
アルベールが口走った事柄に、レティシアは流石に呆れて彼を見遣った。
その視線には、アルベールは素直にすまないと詫びる。
「そうだな。それより大事な確認だ。君は私と結婚してくれるかい、レティシア」
「はい。喜んで」
答えを聞くと、アルベールは勢いよくレティシアの身体を抱きしめた。
「よし! これでエルキュールにも君を返さないし、教会にも何も言わせない! 愛してる、レティシア!」
浮かれた様子で、彼はレティシアの身を抱え上げ、結婚式で踊る新郎と花嫁のダンスのターンのようにくるんとその場で一周回る。
「アルベール様。危ないです」
アルベールの喜びように驚きながら、レティシアは声を上げた。
こんなにも喜んでもらえるのは嬉しいのだが、疲れきっている今の彼に無理をさせてはいけないとつい思ってしまう。
「ごめん。嬉しくて。……そうだ。思い出したと言ったら申し訳ないんだが、これでエルキュールのことをやっと君に報告できる。あいつは無事だ。落ちて怪我はしたが、逃れた森の中で木こりに拾われて、療養していたそうだ。怪我が治ってから、ジュリエット様に連絡を取ってきて、行方不明で都合が良かったのでそのまま影として調査に入っていたんだ。ナターリア様の父上の軍の敗退を知らせてきたのは、エルキュールだよ」
「そうだったんですか!」
「ずっと言えなくてすまなかった。すぐにステファンのところにも使いを出して知らせるよ」
「お願いします。あれでいて、かなり心配してますから」
「そうだろうね。でも、エルキュールからはこのまま王女の元に戻って護衛を続けると連絡が来ているんだ。一度顔を見せろとは言ったんだが、あちらが気になると突っぱねられた」
兄の所業だというのに、アルベールの方がやけに申し訳なさそうに報告するのに、レティシアは思わず吹き出した。申し訳なさそうに言うアルベールに、レティシアは笑いかけた。
なんだか全てが兄らしくて、笑えてきてしまう。
「ごめんなさい、あんな兄で。私たちはいいんです。元気でいることさえ分かれば。それに、あんな兄でもさすがに妹の結婚式には戻ってくるでしょう?」
「そうだね」
レティシアの言葉に、アルベールも嬉しそうに笑う。
夕日が傾いていく中で、二人はそっと唇を重ね合わせた。
「ところで、レティシア嬢はかなり【魅了】の力が使えるようになってしまったようだね」
食事の最中、アルベールが切り分けた肉を頬張る横で、なかなかに重要なことを軽く口にしたのはトラバース伯爵だ。
「はい?!」
「あれだけの治癒の手伝いをして貰うと、荒療治というか……使い方が分かってきてしまうねえ」
「そ、そそれで、大丈夫なのでしょうか」
【魅了】の力が使えるというのは、純潔を疑われかねない事態である。どうにか手伝わなくてはと躍起になっていたが、それで儀式の乙女の役目を果たせなくなっては困る。
「まあ、仕方がない。レティシア嬢は、教会で力の使い方の修行を行ったのと似たような状態になってるということだ。ただ、完全には解放されていないようだね。教会には誤解がないように、私から説明はしておくことにするよ」
「……そうですね。お願いします」
一人驚愕するレティシアを置いて、肉を咀嚼し終えてから、アルベールがトラバース伯爵に応える。
その横でマルタンも頷いているのは、この医療班三人にはレティシアの力の変化が分かっていたのだろう。
「あなたの力が強まったおかげで、あの場で王姉殿下の【魅了】を上回って、押さえ込むことが出来たのでしょう。我々にしてみれば、命拾いをしました」
「レティに同伴して貰ったのはその為じゃなかったけれど、我々全員が君に守って貰ったからね」
「闇魔法で、術士の命を使って自爆させたら、相当な被害だったね」
ハハハ、と何故か笑う三人は、なにか可笑しいわけではなく、相当疲れているようだ。
「それは……よかったです」
あの時、アルベールたち一行を守れたのは僥倖である。そしてとりあえず、この三人の疲労を軽減させるためは、当面は自分は手伝いに徹しようとレティシアは心を決めた。
それでまた、力が一層強く使えるようになってしまっても、そこは目をつぶって貰うか、なんとか彼らに弁明して貰うしかない。
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