おめでとう。進路が決定しました。
「やあ、ステファン。君の姉君をお送りしてきたよ」
夜会の翌朝に、アルベールはレティシアに付き添って、サフィール子爵邸へと赴いた。
肝心の当主であるエルキュール・サフィール子爵は今も不在だが、代わりに家を守る彼の弟に、己の婚約者である令嬢の身柄を引き渡す。
「ようこそいらっしゃいました、アルベール様。姉をお送りいただきありがとうございます。お帰りなさい、姉さん」
「ただいま、ステファン。……ごめんなさい、帰りが遅くなってしまって」
「僕としては、どうして帰りがこんなに遅くなったのかを尋ねたいところなんだけど」
「それは」
ステファンの問いに、レティシアは躊躇いをみせた。その上、二人とも随分と疲れ切った様子だ。
(こういうの、本当はあんまり肉親に見せないで欲しいなあ……)
まさかの連絡なしの朝帰りに、ステファンは心底がっかりとした。
前回の夜会の時は随分遅くではあったが夜の内に連絡があったのに、今回は先触れの知らせ一つもない。
これは流石に、そういうことがあったのかと疑うしかないだろう。
(そういう羽目の外し方はしないと思ってたんだけど)
婚前交渉をしないという約束は、アルベールならば確実に守ってくれるだろうと彼を信頼していたのだ。なのに、こうして堂々と朝帰りをされると、留守居役のステファンとしては不在の当主の代わりにどうするかを考えなくてはならない。
「……あの! やっぱり言っておきたいんですが、結婚前にこういうことは」
一応、釘は刺しておかなくてはならない。意を決して口を開いたが、それには二人が慌てて首を振る。
「誤解だ、ステファン。私たちになにもやましいところはない」
「本当に、本当に違うの、ステファン……」
レティシアもアルベールもやけに疲れた様子で弁明をはじめる。
(なんだろう…?)
妙に気の抜けたような二人の姿が訝しく思えて、ステファンも彼らの話に耳を傾けることにした。
「違うって、なんですか」
「私たちは今までずっと城にいたんだ。それで、君に連絡する余裕もなかったんだ」
「お城に泊まってたってことですか? ……姉さんがまた、お酒を飲み過ぎたんでしょうか」
「いや。私たちは先ほどまで、城で事情聴取を受けていた」
「事情聴取?」
「ええ……そうなの……」
聞き慣れない単語に、ステファンが首をかしげると、レティシアはうつろな表情で弟の顔を見返す。
「実は、かなり大きな問題が起きてね。私たちは事情聴取を受けて、そのまま城に泊まることになったんだ。とは言っても、朝方に少しだけ仮眠を取れた程度だ。いろんな相手に一晩中何度も同じ話をすることになって、ろくに寝てもいない。その上、城ではまだ、審議が続けられていて、終わりがまだ見えないからレティだけでも送り届けに来たんだよ」
王と、大臣たちと、教会と……と誰が話を聞いてきたかをアルベールが数え上げる。しかも、一度ではなく、もう一度確認したいと繰り返しが度々あったというのは、相当な大事である。
すわ、犯罪か。
どんな大罪を冒したのか、という扱いだろう。
「ど、どういうことなんですか」
「……レティが、聖女認定をされてしまうことになるかもしれない」
「え? 結婚は」
「……出来るか分からない」
それを言ってから、アルベールもレティシアも深く項垂れた。
「はあ?」
ステファンは今通っている幼年学校を卒業し、上級学校に上がったら、学校に通いつつもアルベールの元で少しずつ仕事を学んでいくことが正式に決まった。
二人は既に、未来の義兄弟として仲良くしようという体勢に入っている。その為もあって、このところのステファンとアルベールはかなり気安くなっていた。
だからこそ、アルベールも戸惑う姿を赤裸々に晒しているのだろう。
「とりあえず、中で話を聞かせてください」
これは本当に大事らしい。
そのことに気付いて、ステファンは二人を家の中に引き入れた。
「……つまり、姉さんが、『婚約が決まったことを喜んでつい鼻歌を歌ってしまったら、この上ならぬ幸せに包まれていたので、女神の祝福を知らぬうちに受けてしまい、自然と力が出てしまって、陛下夫妻や宰相閣下の健康を案じていたために、婚約者を通して陛下と閣下と教会の人々を祝福して、ものすごい光を出して、元気にしてしまった』ので、その申し開きを今までしていた、と」
応接室で改めて事の顛末を聞き取って、何が起こったのかをまとめた結果を口にして、ステファンは「それはどこかで聞いたことのある話だな」と考えた。
以前、レティシアが家でうっかりと力を使ったときに教会に対して行った言い訳の内容とやらが、これとほぼ同じだった覚えがある。あの時も、後から何をしでかしたのかを聞いて、肝を冷やしたものだった。
説明を聞く限り、前とは大きく違うのは、国王夫妻やスルト侯爵、聖職者たちの健康を願っていたレティシアが、同じく王や父の健康が気がかりだったアルベールの治癒魔法を無意識下で勝手に使って、広範囲の治癒を行ってしまったという点だ。
動物たちを呼び寄せた程度のものとは全く規模が違う。つまりは、レティシアとアルベールの二人がおかしな形で共鳴して、とんでもないことをしでかしたということだ。
以前も随分と浮かれた人格にされたレティシアだったが、実際にこんな浮かれたことを行っては何の申し開きも出来ないだろう。
「だから、アルベール様も随分とお疲れの様子なんですね」
「……そうだ。私の魔力をほとんど空にするまで使っての治癒だった」
「それはそれは」
「特に、陛下と父は全身を治癒魔法に包まれて、綺麗に発光していたと聞いた。……診察をした結果、少しあった疾患などが見事に消えているそうだ。そんなことが出来る乙女を聖女にしないわけにはいかないと流石に物言いがついた」
王、侯爵ともに身体に合った古傷なども完治。本来行われる段階的な治療は必要なく、まさに完全に治療を終えたのと変わりない状態だ。
診察を行った結果、肉体年齢もかなり若返っている。王妃もだが、おまけのように王を支える重臣達も、加齢による肩の痛みや腰や背骨のゆがみ、眼精疲労などが改善され、この上なく体調がいいと言いながら事情聴取に加わっていた。
聖職者達もかなり元気で、寿命が延びたようだと話し合っているそうだが、それも真実だろう。
普通ならばそういうことは日を改めて話をしようと言い出すはずの人々があまりにも元気過ぎたため、気も逸った彼らによる一晩かけての深夜の事情聴取と大会議が開催されたのだそうだ。
いきなり健康になったので、気分も高揚している様子で、とにかく意気込んでいるのだという。
「元々、レティは素質が高いから、数年でいいから聖女になって欲しいと教会からの嘆願があったんだ。それが現実になろうとしている」
「体力があって、そんなことをしてしまうんじゃ言われますよね」
「なにより陛下がとにかく素晴らしいと絶賛されてね。聖女と認定すべきだと強く推されている」
素質が高いという話は、ステファンもアルベールから聞かされたことがあった。
レティシア本人には伏せているが、結婚を取りやめて何十年ぶりかの大聖女となって欲しいとかなり強い嘆願が教会から繰り返しあるのだという。大聖女とは聖女の中の聖女、とにかく力が強い者に与えられる称号だ。
せめて先延ばしして、五年程度でいいから聖女になってもらえないかと譲歩案まで出てきていて、阻止するためにも本当はすぐにレティシアと結婚したいと彼はステファンに零していた。
その素質とやらは、強い【魅了】は勿論であるが、付属して評価されているのがレティシアの体力と性格だ。
かなり体力を消耗する聖女の役目を果たすには健康さと高い基礎体力が求められる。馬車が使えない山深い土地へ歩いて行くことを了承しそうな気安さと運動神経の良さもあると尚良いという考え方で、その条件を全て満たすレティシアはかなり見込まれているそうだ。
本来の貴族の令嬢に求められる資質とは真逆の方向性なので、確かにレティシアがかなり希有な人材だということはステファンにも良くわかる。更に、兄姉揃ってのざっくりとした性格は多分父譲りのもので、庶民とも触れあう機会の多い聖女にはもってこいだ。
貴族ながらも気安い性格に、驚くほどの高出力で皆を健康にしてしまうような力の増幅を行える存在。
その話が巷に流れれば、レティシアはまるで希望の星のような聖女として扱われることだろう。
それは内政が荒れた今だからこそ、まさに喉から手が出るほどに欲しい人材だ。圧倒的な力で、様々な目を誤魔化すことに出来る隠れ蓑になることは間違いない。
そうなれば、義父予定のスルト侯爵とて、国の宰相としての立場を優先しないわけにはいかなくなる。
「どうしよう、私」
「陛下を元気にしたなら、仕方がないんじゃないですか」
「多分な……臣下として、私が拒むわけにもいかない」
これはもう、話は決まったも同然だろう。
「結婚でも、聖女でも……もうどっちでもいいので、成り行きに任せてください」
「は? 何言うの、ステファン」
「だって、僕がアルベール様に仕えるのは変わらないでしょう? それに、流石に姉さんをずっと独身のまま、聖女を続けさせることはないと思いますが」
「正しいね。なんとか三年……いや、二年で手を打ってもらえるように父が働きかけている」
そこはスルト侯爵の腕の見せ所だ。
「それに、今聞いた話だと、一度聖女になった方がいいと思いますよ。それで、教会で力の使い方を学んでおかないと色々まずいんじゃないですか」
「まずいって?」
「だって、姉さん、幸せのあまりに力を使っちゃったんでしょう。その理屈で言うと、姉さんが悲しんだら逆の現象が起こる可能性があると思いませんか」
下手をすると、国に危険人物と認定されかねない。
「下手に逆らって幽閉とかされるよりも、おとなしく聖女になった方が安全です」
「幽閉……?」
「ステファンの言うとおりだ。すまない、レティ。確かにその可能性はあると思う」
「それは……それは……」
二の句も継げなくなり、レティシアは頭を抱えて項垂れた。
レティシアに対し王から直々に聖女認定が下されたのは、儀式から一週間後のことだった。
学校を卒業した後は、レティシアはすぐに教会に属し、聖女として働くことが決まった。
その就任理由は「対外的には類い希なる大きな力を有しているため、その尊さから聖女となるよう直々の命が下った」となる。
しかし、その理由は半分で、「強い力が感情で無意識に出てしまうので、力を制御する術を教会に属して学ぶべし」といったもう半分の理由の方がかなり大きいそうだ。
「聖女となって、精神修行をして貰うのが一番だろうという結論となった」
「期限は二年。その間に聖女としての力を制御して貰うように努めて貰おう。それが叶ったら、スルト家に嫁ぐことが認められる」
王とスルト侯爵、大司教から告げられた言葉を、レティシアはアルベールと並んで粛々と受け止めた。
つまり、はじめは聖女になることを目指していたのに、これからはアルベールの伴侶となるのを目指す日々を送るということだ。
「二人で頑張ろう」
アルベールに横からこう言われては、レティシアとしても腹をくくるしかない。
「はい。絶対に、絶対に頑張ります」
「うん」
婚約者の宣言に、アルベールは優しく微笑む。
「私は絶対に立派な聖女となって、アルベール様と結婚いたします!」
周囲の目もはばからず、レティシアが意気込んで拳を握りしめる様子は、「絶対に立派な聖女となる」の部分だけを切り取られ、とにかく意気込みと体力のある聖女の誕生として巷に華々しく喧伝されたのだった。
<終>
ここで一旦完結です。
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後でまた、第二部を書いていきたい展望です。
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