城での襲撃
ナターリア王女の治療は一段落したものの、今後の容体変化に備えて、レティシアはこのまま城に留め置かれることとなった。数日、城に詰める可能性もあるため、今は当面の滞在のために用意された部屋に案内して貰う。
「きゃっ!」
先導してレティシアを案内していた侍女が、不意に声を上げた。なにかにぶつかったように、彼女は通路に尻餅をつく。
一体何事かと彼女が倒れた先を見ると、そこには見覚えのある人物の姿があった。
「……叔父様?」
母の弟であるルーセル子爵は血の気のない顔をして、ブルブルと身を震わせながらそこに立っていた。
うつろな目をしており、唇の端からは泡が零れ出ている。
前に突き出した彼の手には、血の付いた短剣が握られていた。
「なにをしておられるのです!」
先導していた侍女が切りつけられたのだろう。彼女は片方の二の腕を押さえて、その場にうずくまっている。白い指の合間からは、色鮮やかな血が零れるのが見えた。
「来い! 来るんだ、レティシア!」
「いやっ!」
駆け寄ってきた叔父は、短刀を掲げながら、もう片方の手でレティシアの腕を掴んだ。
その時点で、後ろから着いてきていた侍女が大声で人を呼ぶ。
「来い!」
「離してくださいませ!」
何故、城の奥向きの場所に叔父がいるのか。こんなにもおかしな様子で詰め寄ってきているのか。
理解が追いつかず、それでも彼の腕から逃れるためにもがいていると、叔父は不意に短刀を持った手を振り上げた。
「いいから黙って言うことを聞け!」
「……っ!」
(刺される……!)
恐怖に身が固まり、動けなくなったその時、レティシアの身体が背後からぐっと引き寄せられた。
「レティ!」
「…アルベール…さま……」
アルベールはレティシアの腰に手を回して、その身を引き寄せた。短刀が空を切る形となった叔父には、城の衛士たちが飛びかかっていくのが横目に見える。
「君は何も見るな」
すぐにアルベールは己の婚約者を振り向かせ、胸に深く抱きしめることでその視界を塞いだ。
「………!」
争う音が聞こえて、くぐもった叫びが耳に付く。
アルベールの胸に抱かれたまま、レティシアは強引に離れた場所へと連れて行かれる。
(叔父様……)
なにが起こったかはよく分からない。けれど城の奥に侵入し、刃を振り回して、侍女を刺傷した時点で叔父がどう処されるかは頭では理解できている。
ただ、心が追いつかないだけだ。
「……」
近くの部屋の中に連れ込まれ、アルベールの胸に抱かれたまま、放心していると、アルベールはひどく申し訳なさそうにレティシアに呼びかけた。
「こんな時にすまない、レティシア。傷ついている君に本当はこんなことを頼むべきじゃないと分かってはいるんだが、急ぎで一緒に来て欲しいところがある」
「……どこへですか?」
「城外へだ。よく聞いてくれ。レオナール殿下が誰にも知らせずに城を出た。殿下が向かっている先は分かっているが、もしもあちらで殿下が害されたら、大きな治癒をしなくてはならない可能性がある。その時のために君についてきて欲しい。出来るだろうか」
「アルベール様……」
彼の胸の中で、レティシアは顔を上げ、自分の様子を伺うアルベールの眼差しを覗き込んだ。
彼は焦りながらも、ひどく沈痛な表情を浮かべている。
けれど、先ずは自分を労ってくれている様子がよく分かった。
だから、まだ心の奥底に残っている勇気を、彼のために振り絞らなくてはならない。自分を一番に考えてくれる、この人のために。
「参ります、アルベール様。私、もう大丈夫です。急いで殿下を追いかけましょう」
アルベールの衣服をぐっと掴んで、彼に声をかける。レティシアはできるだけ元気なふりをして声を張った。
腹の底から声を出せば、はじめは空元気であっても、いつしか本当に力が出てくるものだ。何事もとりあえず、そうやって踏ん張れと兄からも教わっている。
「ありがとう、レティ。ついてきてくれ」
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