秘められし過去
国一番の医師と癒やし手の一晩つききりの治療により、ナターリア王女は一命を取り留めた。
彼女は、今は回復に向かっている。
まだ儀式を務めてはいない【魅了】の乙女が加わったことが、彼女の治療に大きな貢献をしたことは決して公には出来ぬ話であるが、その功績は国王の耳にも届けられたそうだ。
ナターリア王女が一命を取り留めた旨の報告をトラバース伯爵が行った後、彼と共に王の御前を辞したスルト侯爵に呼び出され、アルベールは人払いをした部屋で父親と対面した。
「此度のことは、捨て置くわけにはいかないと陛下も決断された」
調査の結果で、一連の企みを行ったのが誰であるかは分かっている。
咎めるのが難しい相手であるために、これまでは手の出しようがなかったが、ナターリア王女の自殺未遂まで起きたからには踏み込まないわけにはいかない。
「あちらの国では王は退き、王弟のクインザ様の嫡男が第一王子の元婚約者であるラース公爵令嬢と結婚して、新たに王位に就くそうだ。肝心の第一王子は逃走中で今後をどう処されるかはわからない。……そのことをナターリア様に教えられたのだ、あの方は」
肉親が国で失脚したことを耳にして、まだ若い王女が己の将来を悲観しても仕方ない。現王と王子の旗色が悪いことはすでに情報を得ていたが、王女にはあえて知らせずにいた。それはこういった事態を避けるためでもあったのだ。
なのに、全てを彼女に教えたのは、悪意からでしかないだろう。
怒りを覚え、アルベールはぐっと拳を握り込んだ。
「本当によろしいのですね」
「無論」
「では、捕らえても恩赦で放免などには絶対にならないと考えてよいのですか」
「ああ。陛下から、姉君だからと目を瞑っていたのは間違いだったとお言葉があった」
彼女の母国について、ナターリアに包み隠さずに教えたのはマグダレーナ王姉である。
ナターリア王女の後見人であった彼女の所作は、この国における彼女の後ろ盾であった者のやることとして、あまりにも悪辣だ。
レティシアを拐かそうとしたのも彼女で間違いはないという証拠も掴んでいる。
マグダレーナは【魅了】を持つ娘を手元に集めているが、その一員にレティシアも加えようとしたのだろう。
「おまえにはあの方への使いとなって欲しい」
王と話し合って決めたという彼女への処罰の内容が、父から告げられた。
永久幽閉。表向きには刑罰としてではなく、別の理由を付ける。
それが決定だという。
「それは……あまりにも軽いのではありませんか」
「いや。命まではとれない。「病死」はさせられぬとの陛下の思し召しだ。あの方の苦しみにも原因があることを慮ってだ」
顔をしかめる息子を見遣って、スルト侯爵の眼差しに影が差す。
「次の代のために、おまえには教えておくことを許された。どうしてマグダレーナ様がああなられたか話そう」
「なにか、理由があるのですか」
息子が問うのに、彼は深く頷く。
「マグダレーナ様も【魅了】の乙女だ。かなり強い素質をお持ちであったが、あの方は前王に、実の父親に無理矢理純潔を散らされたのだ。お輿入れの予定があったにも関わらず、前王は【魅了】の乙女と交わることで力を得られるからと強行された。マグダレーナ様の乳母も近衛も誰も止められなかった。私たちも遠出をしていて、何も出来なかった」
泣き叫ぶ実の娘を寝台に引き入れて、前王は嗤っていた。これで力が得られる、と。
悪政の時代だった。
「マグダレーナ様はそのあとすぐに嫁いで行かれたが、他国の姫を迎えて純潔の確認をしないわけがない。おつらいお立場だったろう。……おまえの母は幼い頃からマグダレーナ様の学友として遇されていたので、その状況を知って深く悲しんだ。それが陛下と私が、この国の改革に手をかけた理由だ」
彼女を守れなかった過去を悔いて、女性が権力のための駒とならぬよう、その身柄を物のように扱われることがないように進めてきた。
彼女がナターリアの後見人として国に戻ってきたときには、今後はやっと姉を労れると王も喜んで迎えたのだ。
けれど、いつからか怪しい動きが見えるようになった。
かの国の内乱のきっかけは、彼女が用意した【魅了】の乙女ではないかと話が流れている。
国内でも一部の貴族が足繁くマグダレーナの館に通っている。彼らはどうやら、彼女が集めた【魅了】を持つ娘からの接待を受けているらしいとは掴んでいた。
マグダレーナは他にも、この国の【魅了】をもつ貴族の娘たちを集めては茶会を開いたり、その場に招いた客に自分が亡命させた他国の貴族令嬢を引き合わせたりしている様子である。
貴族たちを集め、彼らの弱みを握り、手元に引き入れる。
その末に、彼女は一体なにをしようと考えているのか。
「問題は、レオナール殿下がマグダレーナ様の元へ通っていることだ。元々はナターリア様を伴われていたので誰も怪しまなかったのが手抜かりだった。王太子が伯母上を見舞いに行くのはおかしなことではないが、ああまで頻繁だったのに気がつくべきだったな……」
元は、ナターリアが祖国の者と会いたいだろうと連れて行ったと聞いていたので、仕える者たちも彼の行いを怪しまなかったのだ。
レオナール王太子は今なお私室に軟禁状態にある。
マグダレーナの館に通い詰めていた彼の言動は、かなり不安定な物になっている。
「すべては前王の行いが招いたこと。そう、王はおっしゃっている」
「……わかりました。先ほどのお言葉をマグダレーナ様にお伝えして参りましょう」
悔恨の念が滲む父の声色に、それ以上返せる言葉はなかった。
彼らの決定に従うべきが使命と心得て、アルベールは承服を父に伝える。
「宰相閣下!」
直ぐにも発とうとアルベールが踵を返した途端、部屋の扉が激しく叩かれた。
「入れ。一体、何用だ」
「申し上げます! レオナール殿下のお姿が部屋から消えました! どうやら、隠し通路を使われて、城外に出られたご様子です」
「!」
ハッとして、アルベールは父の姿を振り返り、互いに視線を重ね合わせた。
「急ぎ、行って参ります」
いま、彼が向かう場所は一つしか思いつかない。
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