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王女の苦悩

 




 ナターリア王女が毒を煽ったとの報は、極秘裏に、ごく一部の人間のみに伝えられた。




 国一番の癒やし手であるアルベール、医師であるトラバース伯爵とその子息は勿論その一員に数えられており、すぐさま王宮の一室で王女の救護にあたることとなった。


「かなりお心が乱れているご様子だ」


 母国から彼女に着いてきた侍女に聞き取ったところ、煽った毒はナターリア王女の母が娘に渡していたものだという。そちらの国の王族や大貴族は、母親が娘に嫁入り道具の一つとして自決用の毒を渡しておく風習があるのだそうだ。


「殿下と共に、あの御方の元にご挨拶に行かれたのですが、その後どうしてかお一人で戻られて……」


 侍女たちが気付いたときには、王女は寝台の上で毒を煽って倒れていたのだという。


「全ては飲みきれなかったようだ。危険な状態だが、まだ命は助けられる」

「そうですね……」


「……あの! 王太子殿下が寵姫を迎えられるのは本当なのでしょうか」


 伯爵とアルベールが小声で話をしていると、二人いる侍女の一人、まだ若い娘が意を決した様子で尋ねてくる。


「余計なことを言うのはおやめ!」

「いや、聞かせろ。なんの話だ、それは」


 年配の侍女が止めるのを遮って、二人は話を聞くために身を乗り出した。


「お、王太子殿下が……寵姫を迎えられるようだと……姫様が少し前から気にしていらしたのです。私どもは、姫様とのご婚姻前なのだからそんなことはありませんとお話ししていたのですが、でも、姫様はずっと暗い顔をなさっていて」


 王族が寵姫を迎えるには、定められた順というものがある。

 王妃との信頼関係を深めることが重要と考えられ、寵姫を迎え入れるのは、王妃と婚姻して数年が経つか、王妃が第一子を出産後でなくてはならない。

 その決まりがあっても、これまでにも王妃を迎えるよりも先に愛人を持つ者はいたが、その場合は愛人は王城には迎え入れられず、単なる遊び女と見なして、いかなる身分も与えないという取り決めとなっていた。

 なので現段階で王太子が寵姫を迎えるというのは、そもそもが出来ぬ話である。少なくとも、正式な手順でのことではない。



「トラバース伯爵、お聞き及びでしょうか」


 アルベールがトラバース伯爵に尋ねたのは、彼が国王の脈も取る典医であるからだ。父であるスルト侯爵と同様に、王にとってはかなり近しい彼ならば、自分の耳にまだ届かぬ事柄をも把握しているかもしれない。

 


「いや。そんな話は全く聞かないね。少なくとも王はお許しにはなっていない」

「そうですか。私も聞いたことはありません。ただ……当人とはこのところ会えていないのですが」



 嫌な予感がした。



 王太子は今は、自室にこもっている。

 ナターリア王女が服毒したとの報に、彼はかなり衝撃を受けたらしい。精神的に参っているのか、言動にどこか危うさが見られたので、半ば軟禁で部屋に押し込めている。

 だが、そんなに繊細な男だったろうかと思うのだ、あの従兄弟が。



 正直言えば、アルベールにとって、レオナール王太子とはあまり気の合わぬ相手である。

 彼は繊細どころか、むしろ人の心の機微には少々疎く、好奇心が強くて、軽率な面が度々強く出るところがあった。新しいものに臆さない点は良くもあるが、悪くもあると王も気にしていた。

 アルベールは年長の従兄弟として彼の見本になるようにしろと幼い頃から言いつけられていたが、規律を守って模範を示す姿が堅苦しいと、レオナールには少々煙たがられている。

 それが理由で、彼にはわざと避けられるときもあるので、このところ会えていないのはその為だろうと思っていた。




「あとで殿下にもお伺いしよう。ならば、ナターリア様は噂で心が乱れていたときに、この度の報を聞かれたのだな」

「……はい…」

「姫様、なんとおいたわしい……」


 侍女二人は顔を暗くする。

 トラバース伯爵はアルベールの耳元に口を寄せた。


「この後が峠だ。アルベール。君の婚約者殿をこちらに呼ぶことは出来るか」

「レティシアをですか?」

「ああ。君、あの娘の力を半分ほど使えるようにしただろう?」

「……そうですね。きっかけを与えただけだったんですが」



 以前、サフィール子爵邸で木を蘇らせたときに、ほんの触りを教えただけのつもりだったが、レティシアがそのことで魔法を使うという感覚を自力で理解したらしい。

 このところ、魔術理論の授業がよく分かる、他の人の力が分かる気がすると彼女は意気込んで言っていた。

 まさにその、魔法や魔力のなんたるかを理解することが、【魅了】の力を使う鍵なのだ。

 少し教えただけで、レティシアは枯れたも同然の林檎の木を芽吹かせるまでにアルベールの力を増幅している。

 力はまだ完全ではないが、既にあれだけの補助が出来ればかなりの戦力になるだろう。


「確かに彼女なら最適です。相当な力ですから。私との相性もいい」

「体力もかなりありそうだ。長く治癒を行うことになるから、儀式前でも力の強い人ならば頼りになる。……それに、彼女を念のため、保護しておいた方がいいと思うのだが」

「その通りですね。すぐに使いをやって呼び寄せます」


 信頼できる部下に指示を出し、アルベールはすぐにサフィール子爵邸に迎えを行かせるようにと取り計らった。





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