強がりと喜びにかかる負荷
その日は魔法理論の授業があった。
実技は選択制で個人が持ちうる属性によってクラス分けされるのだが、基本的な理論は必須授業で、隣のクラスと合同での座学となる。
通常の魔力を持たないレティシアは、これまでは理論を学んでも、どうしても理解できない部分があった。しかし、アルベールに導かれて彼の補助を行ってからは、魔力の流れの感覚というものがわかるようになってきている。
今日の授業中も、クラスの誰かが魔力を体内に巡らす手法を試しているのを感知できた。
(なんだか、段々と感覚が冴えてきてるみたい)
特に夜会の日以降、自分が気配に敏感になっているように思える。
それは周囲に対する警戒心が強くなったためもあるだろうし、もしかしたら、アルベールに一晩中ずっと治癒をして貰っていたことがなにか影響を及ぼしている可能性もある。
(やだ。思い出してきちゃった)
自分が夜会の日のことを思い出してしまったことに気付き、レティシアは急いで気をそらそうと、教科書に並ぶ文字を目で追った。
だが、既に遅かったようで、指先から冷えていく感覚が身体に広がりはじめる。
あの夜のことを思い出すと、恐ろしさでどうしても身体が強張ってしまう。
誘拐されていたら、なにをされていたか分からないし、こうして学校で学ぶことも二度と出来なかったかも知れない。
軽いめまいを感じて、レティシアは自分の額に手をやった。
(あれ? なんだか、熱い……)
意識すると、なんだか全身が熱っぽく感じられる。
眼がチカチカとして、足が地に着かないというか、自分がふわふわと揺れているような気がしてしまう。
「どうかした?」
様子がおかしいのに気がついたのか、隣の席からアストリッドがこっそりと声をかけてきた。
「ん……なんだか熱くて」
彼女を振り返ると、アストリッドはぎょっとした顔をして、レティシアの額に手を当てた。
「……レティシア、熱が出てるわ。顔が真っ赤よ」
その後はアストリッドがすぐさま、レティシアの発熱を教師に訴え、体調不良による早退の手配を取ってくれる。早退の申し出が済んだ後は、校内の警備をしていた護衛の人々が後を引き継いで、レティシアを帰宅させてくれた。
早退の知らせが彼まですぐに飛んだのか、一刻と経たぬうちにアルベールが見舞いに飛び込んできた。
「どうしたんだ。レティシア」
薬の後遺症などを心配してやってきてくれたらしく、彼は矢継ぎ早に様々な事を尋ねてきた。
「大丈夫です。多分、知恵熱かと……」
そんな彼に申し訳ないと思いつつ答えると、アルベールはなんとも訝しげな顔をした。
「知恵熱?」
「ちょっと、学校でいろいろあったんです」
嫌なことを思い出したために学校で貧血めいた状態になったが、基本的にはどうやら熱が出ているだけらしいと、家に戻ってから気がついた。
そうなると、発熱の理由にも思い当たる。
これはきっと、アリシア達と教室で対決したためだろう。あれにはすごく力を使ったし、話し終えた後は全身からどっと力が抜けた。
「いろいろ」と言ったことがアルベールは気になるようだが、これについては後々ちゃんと話すと彼に伝える。学内でのいざこざや今後のことを考えるのは、もう少し身辺が落ち着いてからだ。
それに、今はむしろ、アルベールの方が心配になるような顔色をしている。
目の下にうっすらとクマができ、今の彼には疲労の色が強く出ていた。通常の仕事に加え、先日の襲撃についての調査や様々な手配が降りかかって、アルベールは随分と忙しくしているようだ。
「分かった。くれぐれも無理はしないでほしい。後でマルタンを来させるから、確認はして貰ってくれ」
「それはマルタン様にご迷惑でしょう。大丈夫です」
先日会ったマルタンも随分と疲労した様子だったことを思い出し、レティシアは慌てて首を振った。
アルベールと彼の部下たちは随分とよく働いている。優秀な分、受け持つところが多いからこそだろう。常に忙しそうにしているので、自分よりも彼らの身体の方が心配になってしまう。
「いや。診察は受けてもらわないと、私が落ち着かないので頼む」
「……わかりました」
アルベールが真剣に言うので了承すると、彼はすぐに仕事に戻らないとならないと帰って行った。
マルタンが診察にやってきたのは、レティシアの熱もすっかりと下がった頃合いだった。
忙しい合間を縫って来てくれただろうに、すっかりと元気になった自分を診て貰うことに恐縮しながら、レティシアは彼と向き合った。
「……?」
肝心の診察中、なにかの引っかかりを見つけたように、マルタンの手がふと止まる。
「どうかされましたか、マルタン様」
「いや」
なんでもないとマルタンは言ったが、どうにも彼の浮かべる表情が気に掛かった。
「なにか……ありましたでしょうか」
繰り返し尋ねてしまったのは、やはり自分の身に不具合があるのではと恐れてのことだ。
「いや。すまない。本当に心配しなくていいことだ」
レティシアの不安に気付いたようで、マルタンは慌てて言葉を継いだ。
「正直に言うが、あなたはかなり【魅了】の力が強いようだ。私が診た中では、誰よりもずば抜けて強い」
「おわかりになるのですか!」
驚いて声を上げると、彼は頷いて説明をしてくれた。
「どうやら病気による発熱ではないようだが、原因を探ろうとして、つい、あなたの能力の方まで鑑定してしまった。勝手に申し訳ない。熱が出たのは、多分、精神と身体の疲労からだろう。ゆっくりと休むのが一番の薬になる。気持ちがなかなか落ち着かないかもしれないが、この屋敷はしっかりと警護されているから、安心して休んで欲しい」
「はい。ありがとうございます」
「……あと、あなたが随分と身体を鍛えておられることに少し驚いてしまった。不安にさせてしまって申し訳ない」
「ああ、そうでしたの!」
彼の診立てだけではなく、付け加えられた言にも納得がいって、レティシアは小さく息を吐いた。
「きちんと鍛えないと、筋肉がこうはつかない。なにか鍛錬をなさっておられるのだろうか?」
「はい! 鍛えております!」
まるで賞賛のようなマルタンの問いに嬉しくなって、つい意気込んで答えてしまう。
「幼い頃から兄に随分と追い回されたりしておりましたので、元々、体力には自信がございます。それに儀式の時に持つ杖が重いので、司祭様に言われて、重いものを持つ鍛錬をしているのです」
「そうか……エルキュールに追い回されていたのか……それは大変なご苦労をされていたのだな」
エルキュールの行動がよく分かっているらしく、彼はしみじみとレティシアをねぎらってくれた。
「なるほど。力があるのは聖女の重要な資質と聞く。……教会が貴女とアルベールの婚約を惜しむのもよくわかる」
「え?」
「ああ、これも言い方が悪かったな。あなたには聖女に望まれる資質が高いと教会が随分と褒めていたのだよ」
「そうなのですか」
さりげなくレティシアにとって嬉しいことばかりを言ってくれる上に、急に熱が上がったときのための解熱剤の用意など、マルタンはあれこれと気を回してくれた。
はじめは固い口調から少しとっつきにくさを感じていたのだが、話してみると彼は随分と優しい人柄なのだともわかってくる。
「私は医師としてはまだ見習いだが、診察は行える。なにあったら連絡をもらえればすぐに来よう」
「はい。ありがとうございます」
マルタンに言われたとおりにその日はよく休み、翌日にはアストリッドも見舞いにやって来てくれたので、彼女と話すことで随分と気も晴れた。
レティシアが知恵熱を出してから三日後、見舞いにやってきたアルベールから「エルキュールの捜査の報告が出来なくなった」と告げられた。
彼とエルキュール本人の職務に関わる事柄で、状況が漏らせないのだという。更には「君の親友だから」という理由で、アストリッドとその家族にも護衛を付けると申し出られる。
流石に、なにか大きな事が裏で起きているのだとは理解できた。
うっすらと兄の生存も察せられるが、職務上言えないと告げられた以上、レティシアもそれを問うことはできない。
(きっと、兄さんは大丈夫よ……)
その後は、アルベールの婚約者と表明できた事で、レティシアは堂々と護衛を付けられるようになった。言い返した効果があったのか、アリシア達も目立った嫌がらせはしてこなくなっている。
そのおかげで安心して学校に通えるようになって、一月ほどが経過した。
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