教室での対峙
夜会から四日ほどが経ったその日、レティシアとステファンはスルト侯爵家が仕立てた馬車で学校へ向かった。
これまでは生徒乗合の登校用馬車を使っていたが、アルベールとの婚約は既に周知の事柄となったので、もう隠すこともない。安全面からいっても、護衛のつくスルト侯爵家の馬車で行くのが一番だ。
せっかくなのでアストリッドも誘い、三人で快適な乗り心地を楽しみつつ登校する。
「レティシア様、おはようございます」
「ご機嫌よう、レティシア様」
学校の敷地内に入った時点で既に周囲からの視線を感じてはいたが、自分の教室に入った途端、クラスメイトたちが一斉にレティシアの元へとやってくる。
こんなことは初めてであるし、彼女たちの関心は勿論、アルベールとの婚約についてだろう。
「ご婚約おめでとうございます」
「夜会に出席していた姉から話を聞いて驚きましたわ」
「アルベール様とのご婚約、一体いつ決まられましたの」
群がる中にはアルベールに憧れていたり、本人ないしは親族が、婚約を狙っていた令嬢もいるだろう。
なぜ今まで隠していたのだと尋ねる声には、非難の響きを感じるものまでもある。
そんなものには一々つきあってはいられないし、普段から親しいわけでもない彼女たちに事細かに答えるつもりもない。
「アルベール様と兄が学友でしたの。それが縁でヒュンナの糸紡ぎがなされたのですわ」
手仕事と縁結びを司るとされる女神ヒュンナの御名を口にして、レティシアは婉曲に彼女たちの問いに応えた。
糸車を手にする女神が運命の糸を寄り合わせることで縁が結ばれるという言い伝えは、この国における婚約や結婚の慣用句だ。儀式の乙女に選ばれたレティシアが口にするのに、一番妥当で穏当な言い回しである。
レティシアとしてはそれだけで押し通そうと考えていたのだが、少し離れた位置から、同級の数人があからさまに蔑む視線を向けてきた。その中央には、アリシア・ラインスター侯爵令嬢の姿が見える。
「きっと、特別な力を使われたのではないのかしら」
声高く、教室内に響くようにアリシアの「お友達」の一人が言った。
「とても強い力なんでしょう? 乙女に選ばれるほどですものね」
「まさか、あんなに大事なお血筋に汚らわしい血が入るなんて嘆かわしいこと。ねえ」
「あちらには、クロディーヌ様の従姉妹のお姉様が嫁がれると決まっていたのではなかったのかしら」
「お得意の横取りでしょう?」
クスクスと笑いながら、彼女たちは周囲に聞かせるように声を上げる。
彼女たちは常に【魅了】への侮蔑を隠そうとしない。その力を生まれ持ったレティシアを、穢らわしい存在として扱おうとする。
はじめは抗おうとした。だが、彼女たちに対抗する手立てはないのだと気づき、途中からは何を言われても弁明せず、ただ無視してきた声である。
「なにをおっしゃりたいのでしょうか」
しかし今日は、レティシアは声を上げて、自ら彼女たちに近づいた。
「そちらの方々は、私に話があるのでしょうか。言いたいことがあるなら、お伺いいたします。どうぞ、私に直接お話しくださいませ」
不意にレティシアが行動を起こしたことに、教室内がざわめく。
一体なにをするつもりだという視線が、周囲からは浴びせかけられた。
(逃げてはダメ)
不和を嫌うのは娘達の知恵で、弱さだ。
黙っていた方が上手く生きられる。それが階級というものだ。
だが、今日は逃げないと決めた。
心を奮い立たせ、レティシアは彼女たちをじっと見つめた。
(黙っていたら、ずっと言われ続けるままになる)
彼女たちの態度はレティシアのみならず、スルト家への侮蔑でもある。
アストリッドは「婚約が公表されれば、きっと態度が変わるはずだ」と言って、レティシアを励ましてくれていた。しかし公表された今も、彼女たちがスルト侯爵家への敬意を払わぬのならば、これはずっと変わることはないだろう。
ここで彼女たちの陰口を放置したら、学校から卒業した後も、折に触れては同じ事柄を囁き続けられるだろう。
彼女たちの暇つぶしや悪い遊びの楽しみのためだけに、レティシアも、他の【魅了】を持って生まれた娘達も、その一生をずっと貶められ続けるのだ。
それを放置することはレティシアだけの問題ではなく、他の【魅了】の娘にとっても、自分を選んだアルベールにとっても傷になる。
だから、きちんと始末を付けなくてはならない。
「レティシア様。いきなりなんでしょうか」
「あなたの方が、私たちにお話でもあるのですか?」
侯爵令嬢の取り巻きの中でもっとも身分の低い二人が、周囲の顔色を伺いながら、レティシアに問い返してくる。
「……」
「急にそんなに声を荒げられて、なにか私たちが気に障ることでもいたしましたか?」
じっと見つめると、彼女たちの一人が、先ほどのレティシアの言葉をさぞ大仰な態度であったかのように驚きを示す。
そうやって笑いながら、他者を貶めて、全てを覆い隠そうとする。
彼女たちのこんな卑怯さに、レティシアはこれまで何度も傷つけられてきた。
「私ではなく、あなた方が私とアルベール様のことで何かおっしゃりたいことがあるのでしょう。遠くから大声でおっしゃらなくとも、近くに来て、きちんと尋ねていただければ、私とアルベール様のことをいくらでも話して差し上げますわ」
「なんですの、いきなり」
「そんなに自慢なさりたいなら、どうぞお話しなさっていただいても構いませんけれど」
小馬鹿にする言い方で笑われるのに、レティシアはぐっと耐えて、口を開いた。
「では、私とアルベール様のことをお話しいたします。私の【魅了】の力は、アルベール様もずっと昔からご存じです。アルベール様は兄の学友ですので、あの方は私がまだ幼い頃から我が家にいらしていて、私を長い間見守っていてくださったのです」
胸の中に、それを語ってくれたときのアルベールの表情を思い起こす。
彼の優しい、愛に満ちた眼差しが、自分にまっすぐに向けられていた。
「私の持つ力は誰かを意のままに操るような邪なものではないし、そんな力がこの世のどこかにあるのだとしても、私を幼い頃からずっと見ていてくださった方に使う必要なんてありません。それにアルベール様は【魅了】の力は人々の役に立つものであるから、ご自分の仕事を手伝って欲しいと言ってくださいました」
あの時の、彼の語る希望にあふれた展望に胸が躍った。
すごい人だと思った。彼の父を尊敬したように、アルベールの志にも敬意を抱いた。
そんな彼にふさわしい女性でありたいと、今は自然に思う。
だから堂々と胸を張る。
「アルベール様はご自分の意志で私を選んでくださったのです。私も、アルベール様がいい。だから私たちは婚約したのです」
はっきり告げると、少女達はひるんだ様子を見せた。
「なにか、私に尋ねたいことはありますでしょうか? 憶測だけで勝手な話をされるのはもうお止めください」
「……行きましょう」
「アリシア様!?」
「は、はい」
まず、アリシアが自分の席から立って、教室の外へと出て行く。その取り巻き達は、仲間内で袖を引き合い、彼女の後を追っていった。
(どうかしら……)
このやりとりが、今後にどういう結果を生むかは分からない。
だが、彼女たちは少なくとも、この場では分が悪いとは悟ったのだろう。
教室内にいる他の少女たちは興奮する様子で顔を赤くして、瞳をキラキラと輝かせて、熱烈な告白をしたレティシアを見つめていた。
(でも、ちゃんと言えて、良かった)
「レティシア!」
騒ぎが届いたのだろう。気付くと教室の中には、隣のクラスの生徒達までもがやってきている。一群の中から、アストリッドが駆け寄って、ぎゅっと抱きついてきた。
「よかった。よかったね、レティシア! すごく頑張った。偉いよ!」
「ありがとう、アストリッド」
アリシア達に言い返したことも勿論だが、婚約公表前のレティシアがいかに悩んでいたかをよく知るアストリッドにとっては、先ほどの宣言はめざましい変化だったろう。
親友が心から喜んでくれているのが嬉しくて、レティシアはアストリッドと抱き合った。
好きな人と結ばれることが理想。描いてきた夢の通りに、今の自分はアルベールを好きになってしまっている。
(あの人を好きになれて良かった……)
心の中に、幸せが溢れていた。
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