なんでそんなに危なっかしいんですか?
レティシアが体調不良で休んでいると家に連絡したところ、その日の午後にステファンが血相を変えて見舞いにやってきた。
初の夜会に行って、昨夜も中々帰ってこないのでステファンは相当気を揉んだそうである。昨夜は遅くなってしまったので、侯爵家にゲストとして宿泊すると伝えられたそうなのだが、一夜明けたら今度は体調が悪いと連絡が行ったのだから彼も随分と驚いたことだろう。
弟には一連の出来事は伏せて貰うことにしてあるので、緊張したところに慣れない酒を飲み過ぎてしまったのだと弁明して、念のために休んでいくのだと説明する。
更に、折角なのでステファンも宿泊して、侯爵と会食をしないかとアルベールは彼に誘いをかけた。いきなりの誘いにステファンは動揺していたが、そこは非公式の顔合わせだから気楽にしてほしいとアルベールが上手く丸め込む。
ステファンもこちらに泊まる間に、サフィール邸には防御魔法の装置の設置を行い、警備体制を頑丈なものにする手配を行うのだという。
彼が見舞いに来るように仕向け、その付き添いでばあやも連れてきたのはそのためなのだとこっそりと囁かれて、レティシアも納得した。
会見の席では、婚約も公表したことだしステファンにも侯爵家から護衛を付けると話して、そこも上手く了承させる。
スルト侯爵を前に緊張しきっていたステファンは申し出を断ることはなかったし、そのおかげでレティシアは安心して侯爵家での二日目の夜を過ごすことが出来た。
翌日、昼食の後に二人揃って帰宅すると、案の定、レティシアはステファンにかなり厳しく叱りつけられた。
「飲み過ぎたって、一体なんなんですか!」
昨日は侯爵との会食の誘いで泡食っていたステファンも、あちらで一晩過ごしたら緊張もかなり解けて、家に戻ったところでふつふつと怒りがわいてきたらしい。
「すごく心配したんですからね!」
「ごめんなさい……。ものすごく緊張して、喉が渇いたので飲み物を貰ったら、それが強いお酒だったの。貰ったときにはそんなことになると思わなくて……」
ステファンへの説明の内容は、はじまりは嘘ではないので、レティシアとしても話しやすい。
ただし、その後は『空腹だったので一気にお酒が回ってしまい、会場で倒れてしまった』ということにしてある。
レティシアが前後不覚の状態だったので、侯爵家で介抱して貰っていた。
翌朝はどうやら二日酔いで具合が悪く、医師の診察も受けて問題ないと言われたが、念のために安静にしておくようにと指示があった。
それが一連の筋書きである。
夜会では王太子殿下や上級貴族の面々に挨拶をしてとにかく緊張してしまっていたのだと言い添えると、ステファンもその点は仕方がないと理解を示した。
彼も昨夜の侯爵との会食で、相当消耗したらしい。あんなに豪華なものを食べたのに、緊張で味がよく分からなかったとぼやいている。
「思ったんですけど、前よりもアルベール様とかなり親密になりましたよね、姉さん」
その指摘にはドキッと胸が跳ねた。さすがに弟の目は鋭い。
「そ、そうかしら?」
「はい。婚約の公表については、そもそもが姉さんのヘマが理由ですから仕方ないと思うんですけど、僕までが侯爵閣下と食事をするなんて、明らかに関係を進めようとされてませんか、これ?」
「そう……かしら?」
そんなことは気がつかなかった、というていで、レティシアは軽く首をかしげる。その仕草を見遣って、ステファンは大仰に溜め息を吐いた。
「まあ、僕は姉さんが侯爵家に嫁ぐのはむしろいいと思ってるんで、話が進んでも問題ないんですけど、いくらアルベール様と親密になったからって、純潔はちゃんと守ってくださいね。儀式に出られなくなりますよ」
「それは大丈夫。絶対に、絶対に出るんだから」
ステファンの釘刺しには、レティシアも拳を握って強弁する。
アルベールとの婚約を公表した以上、儀式の乙女として絶対に役目を務めなくてはならない。
純潔をなくしたという理由で役目を降りた場合、リゼルが儀式の乙女を辞退したことを蒸し返されるのは確実だ。
けっして、リゼルの娘だから同じ事をする、などと言われることがあってはならない。自分の行いで、両親に更なる汚名を着せるわけにはいかないのだ。
「まあ、アルベール様は心得た人でしょうから、その言葉を信用しますけど、油断しすぎないでくださいね」
「なによ、油断って」
「んー。変なところでつまみ食いされるとか……あの人、いざとなったらとんでもない裏技を繰り出したりとか平気でしそうな感じなんですよね」
「はぁ? なんでそんなことわかるの?」
「男子学生には、そういう情報網があるんです。軽く聞き込んだんですけど、やっぱりかなりの切れ者ですよ」
彼の元で文官見習いのための修行を行う流れとなったステファンは、念のためにアルベールの評価をさりげなく聞き込んでいるのだという。
文官志望の男子学生は、未来の職場探しの参考に卒業生から情報を仕入れる者が多くいて、アルベールは優秀さに舌を巻くような逸話やなかなか手厳しい面についてが人伝えに語られているそうだ。
「アルベール様は姉さんにはすごーく優しくて、丁寧で、親切ですけど、それだけの人じゃないですからね」
「わ、わかったわ……」
レティシアに対してはとてつもなく甘くて優しいアルベールには、別の顔もあるというわけだ。
実際、そんな面も既に見たことがある。
不意に庭の花壇から姿を現して、レティシアを大声で止めたこと。迷わずレティシアの口の中に指をいれて、嘔吐させてくれた時の手慣れた様子。
少なくとも、単なる素敵な王子様がしてくれるようなことではない。
それに勿論、一昨日の夜のことも。
「大丈夫よ」
弟に向けて、レティシアは素知らぬ顔で嘘をついた。
大丈夫なんて言葉は、本当は言えたものではない。
危険な薬を飲まされて、誘拐されかけて、一晩中アルベールに治癒して貰っていたなどと、どれを口にしても弟に絶望されてしまう。
(でも、あれは治療だもの!)
後ろめたい気持ちを隠しつつ、弟と話していると、執事が二人の元に来客を告げにやってきた。
「どなたがいらしたの?」
「ルーセル子爵です」
「叔父様…?」
「何の用でしょう?」
思わぬ名前に、レティシアとステファンは二人で顔を見合わせた。
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