花の宴
「つまり、【花】は運んでこれなかったのね」
報告を聞いて、女は目を細めた。
その仕草に、主の前で片膝をついた男たちは顔を曇らせる。
獲物を連れ込むための部屋も、逃亡用の通路も絶対に足のつかないものが手配されていたのだ。馬車に乗ってしまえば、後は誰にも咎められることなく、目的の娘をこの館に連れてこられるはずだった。
「申し訳ありません。あの娘がつけていた首飾りがいきなり光り出してから、娘に触れられなくなりました。見たところ、かなりの価値がありそうでしたので、盗難防止の魔術が施されていたのかと……」
「ああ、そうね。そういえば、そんなものがあったわ。バラデュール家の宝玉。中央に大きなダイヤモンドをはめ込んだものでしょう」
首飾りという言葉に、思い当たる品が女の記憶から浮かび上がる。
「はい。その通りです」
「そう……なら、仕方ないわね」
この件の指揮を任せた男が答えるのに、女は小さくため息を吐いた。
侯爵家のひとつ、バラデュール家に生まれた「バラデュールの妖精姫」と呼ばれし令嬢。それはかつて令嬢の身を飾り、彼女を強固に守るために特別に作られた品だ。
治癒と浄化を得意とする光魔法の使い手で、自身が繊細な宝石細工のようであった彼女を守る象徴であったものをあの娘が身につけていたならば、この結果は仕方がないといえるだろう。
(あれを身につけさせているとは……ヴィルジールも随分とあの娘が気に入りなのね)
現侯爵が妻の忘れ形見を子爵令嬢ごときに渡すとは、さすがに思いがけないことだった。
「面白いわ」
かつての自分にその首飾りの守護があったら、どうなっていただろうか。
邪を弾く光にこの身も守られていたら、人生のすべてが変わっていたのかもしれないと考えたこともある。
しかし、それはもう昔の話だ。
今はあの娘が、筆頭侯爵家の男たちにそこまで気に入られていることの方が興味深い。
これまでの【花】は不遇の地に咲いた者を庇護したり、はたまた好奇心からか自ら引き寄せられて来た者がほとんどだ。自分の美貌に自信を持っている若い娘は面白そうな秘密をちらつかせると、懸命に背伸びして、秘密を覗き込もうとする。そんな娘を手懐けるのは楽しい遊びでもあった。
この中に、あの大事に守られた【花】を加えることが出来たら、大層面白いことになるだろう。
「薬は飲ませてあるのだから、あの娘を一体どうするのか、お手並みを拝見しましょう」
【花】を客人のために咲き乱れさせるために、この館に辿り着くまでの時間を計算した上で、少々強めに薬を使っている。
今夜の内に解毒がされなければ、娘は少しずつおかしくなっていくだろう。
気付きにくくするために、わざと飲み薬と経皮薬にわけて、目くらましをしているのが、そのことを婚約者である侯爵家の嫡男を見抜き通せるだろうか。
そして、彼はどうするだろう。
薬が効けば、上手くすれば簡単に彼女を招くことができるだろう。
招くよりも先に彼女が壊れてしまったら、それも仕方がない。
(壊れたら、やはり私が引き取ってあげましょう。頭が少し壊れていても、【花】としては咲くことが出来るのだし)
バラデュールの妖精姫の血を引く息子であるならば、治癒の力でどうにかする可能性もある。
なんにせよ、まだあの娘を手に入れる機会はあるのだ。
「では、今日は別の【花】をお出ししましょう」
くつくつと笑った女主人が今夜の仕切り直しを決めて、周囲に居並ぶ娘たちに顔を向ける。
その様に叱責はないと悟った男たちは、密かに胸をなで下した。
「では、お客様にはあなたがお相手をして」
「かしこまりました」
一番端に立っていた娘は主人の指名を受け、膝を曲げて、優美なカーテシーを行う。自国では伯爵令嬢の地位にあった娘だ。礼儀作法が身についた娘の方が、これから出迎える客には合うだろう。
直接に相手をする【花】たちは、下級貴族か下町の出の娘の方が多いが、それでも数人はそれなりの教育を受けた者を選んでいる。
「お出迎えの支度をなさい」
今宵の【花】となる娘と、その支度を手伝うために数人の娘が部屋から出ていく。手元に揃えた【花】はどれも美しい。招いた客は、今夜ももてなしに満足して帰って行くに違いない。
(さて、どうするかしら)
そもそも、青年は相談があると言って、この館にやってきた。
当初の彼は、この邸内に若い娘が幾人もいて、男たちが入れ替わり立ち替わりやってくることに戸惑う様子を見せた。
けれど、亡命してきた娘達を保護していて、彼女たちのために心ある者からの援助を募っているのだと伝えると、彼はそれだけで勝手に事情を汲んだ様子でふるまいはじめた。
実際、この館では【魅了】の力を持つ貴族の令嬢を集めたサロンを開いており、彼女たちの縁談の仲介を行う昼の顔もあるので、彼に伝えたことは嘘ではない。
相談とやらをじっくりと聞いてから、いい頃合いでちょうどよい気晴らしがあるだと囁くと、彼は好奇心にあふれた若者らしくすぐに目を輝かせた。
はじめこそためらうフリをしたが、房術を覚えることは貴い者の役目の一つだと言ってやると喜んで寝台に入っていった。どうやら「援助」という言葉の意味だけは、はじめからきちんと理解していたようだ。その時には持ち合わせがないからと、身につけていた装飾品を一つ置いていった。
彼はその後も、金貨や装飾品を運びに足繁く館にやってくる。
若さもあるが、それ以上に、元々軽率な気質なのだろう。どうやら性格はあまり父親には似なかったようだ。
そうして、彼はすっかりとこの館に咲かせた【花】たちにはまりこんだ。
一層溺れさせるために、今夜は特別な花を味あわせるつもりだったのだが、その計画がだめになったのはつくづく惜しい。
「できれば、欲しいわね」
黄金の髪をした儀式の乙女であり、後の聖女候補。【花】にするには絶好の人材だ。
その姿を思い出して、女は美しく笑んだ。
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