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夜会(4)


 

 ソファの上に伏せているレティシアの身体の周りを防御の光が取り巻いているのを見て、アルベールは安堵した。


「レティシア!」


 それは彼女に身につけさせた首飾りにかけられた強固な防護魔法だ。

 アルベールの母親の嫁入り道具の一つで、これは身につけている者が自分の身が危ういと感じたときに、恐れなどの感情を、もしくは害意を察知して自動的に魔法が発動するようになっている。誘拐防止と暴行防止の二点に特化した品だ。

 防御魔法をかけた装飾品の流通はそれなりにはあるが、ここまでの威力のものは入手自体が難しい。魔法を注いでとどめさせる宝石が、大きくて強固なものでなくては多大な魔力を受け止めきれないため、かけられた魔法が強いほど宝飾品としての価値も高くなってしまうのだ。

 大きなダイヤモンドを中央に据えたこれは、かなり高級な品である。


 母の形見として大事に保管してたこの首飾りを、父親がレティシアに付けさせるようにと指示したのは、アルベールとしても予想外のことだった。

 今はその慧眼に、心から感謝している。


「大丈夫か。すまなかった、君から目を離してしまって」

「アルベール…さま……」


 レティシアは眩しそうにして、片目だけをうっすらと開く。

 その仕草を見て、すぐさまアルベールが防御壁の解除の呪を詠うと、彼女を取り巻く光が収まった。

 しかし、防御の光が消えても、レティシアは苦しげに眼を細めている。


「いたい……」


 彼女に薬が使われているとすぐに感づいて、アルベールはレティシアの瞼の上に手のひらを当てた。誘拐の手法として、拐かした者に経路を見えなくするために、微かな光でも眩しく感じるようにする目薬を使う場合がある。

 予測したとおりに、それを使われた形跡があったので、アルベールは掌に魔力を通し、それを除去するためにレティシアの身体に力を巡らせた。

 悪い薬物、毒物などを薄めさせるのは、療法士の治療でよく使われる魔法である。

 身体に吸収されきっていなければ施すことが出来るので、こういった治療は時間勝負だ。


(なんてことだ……)


 首飾りがなければ、レティシアは確実に連れ去られていただろう。

 手をかけた者たち、そして彼女から目を離した自分への怒りが、アルベールの腹の底で煮える。


 会場に配置していた部下から彼女の姿を見失ったと報告を受けてすぐに捜索を開始したが、痕跡が巧妙に消されており、見つけ出すのは困難を極めた。

 そもそも拐かされた時点から、かなり巧みな目くらましの魔法が使われていたのだろう。

 防御の光の発動を検知することで、ようやく彼女の居場所を探り出せたのだ。


「レティ」

「! っ……」


 除去を行った上で、改めてアルベールが手を伸ばしても、レティシアの顔から苦悶の表情を消えない。


「どうした」

「なにか……飲まされて……」


 切れ切れに零れる声にはっとして、アルベールは彼女の口元に鼻を近づけた。

 レティシアの唇から嗅ぎ当てられたのは強い酒精と、癖のある薬草のそれだ。


「痛い…頭が痛いの……」


 レティシアが苦しげに頭を抑える。


「水を」


 様子を見たマルタンが、旅行用の小型の水袋に汲んだ水をアルベールに手渡した。伏せている病人に水を飲ませるのはコップでは難しいからと、この男は夜会に出席するための礼装姿であっても、そんなものを持ち歩いている。仕事熱心すぎて奇人扱いをされてしまう男だが、そういう周到さが今はありがたい。


「レティ、水を飲んで。苦しいかも知れないが、この後、私が薬を吐き出させる」

「っ……」


 アルベールに身体を支えられ、言われるままにレティシアは懸命に水を飲んだ。

 水の袋二杯分を飲まされてから、横たえた身体の腹の部分にアルベールが手を当てて、光魔法を身体に走らせる。


「用意しろ。レティ、ここに吐いてくれ」


 起き上がったレティシアの上半身を女性の部下に支えさせ、検体採取用の琺瑯の缶を彼女の胸元に押し当てる。

 背を撫でられながらレティシアも懸命にえずくが、涙が出るほど苦しんでも、喉の奥からは何も出てこない。


「すまない。指を入れるよ」


 仕方なしにカインはレティシアの唇を手で押さえ、開かせた中に自分の指を二本差し込んだ。勢いよく喉まで差し込んで、喉に触れて、彼女に無理矢理えずかせる。


「う…ぇ…っ…」


 無理矢理に吐き気を催させられて、レティシアは琺瑯の缶の中に、緑色の毒素の塊を嘔吐した。

 塊の色と匂いで何を飲まされたかの大体の予想は付くが、これはまた検査で正確に調べる必要がある。


「ごめん…なさい……」


 荒い息の合間にレティシアが詫びる。口元を拭われて、水で口の中をすすぎ、今度はようやくコップで水を飲んで、彼女もか落ち着いたようだ。


「ありがとうございます……」


 レティシアは少し目をあけて、自分の世話をしてくれるアルベールの部下に礼を述べている。目元には涙が零れた痕跡がありありと残っていて、無理矢理吐かせたためもあって、声もひどく掠れていた。


「状態を確認するぞ」


 アルベールに声をかけてから、マルタンがレティシアの手を取り、脈を測りはじめる。


「血圧が下がっているな。アルベール、毛布をかけてやれ」


 彼は控えていた者に指示して、近くの部屋から毛布を取ってこさせた。

 言われるままにアルベールは運ばれた毛布をうけとって、レティシアの身をくるみこんでやる。

 血圧の低下で随分と身体が冷たくなっているし、薄いドレス姿の彼女が苦しさに身をよじる様など、これ以上人目にはさらせない。

  

「この前の解毒剤を一旦飲ませろ。あれは万能薬だ」

「……わかった。レティ、解毒剤だ。飲めるか?」

「あ……」


 常に所持している薬を飲ませようとしたが、飲み込ませようとすると、レティシアは怯えるように唇を閉じてしまう。今は薬自体に恐怖感があるのだろう。

 仕方なしにアルベールは彼女の目の前で取り出した薬を舌先に乗せ、レティシアの唇を指先で開かせた。


「飲ませるよ」


 有無を言わさずに、唇を重ね合わせた。レティシアの口内に舌を潜り込ませて、舌先で錠剤を喉の奥まで押しやり、飲み込ませる。彼女からの抵抗はなかった。


「……」

「帰ろう。君を休ませなくてはならない」


 毛布でくるんだレティシアの身体を抱き上げて、アルベールは人目を避けるために王と一部の側近のみが知る通路を使い、外で待ち受けていた馬車に乗り込んだ。





お読みいただきありがとうございます。



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