夜会(2)
(ああ、疲れた)
嵐もなんとか一旦落ち着いたようなので、レティシアはホッと息をついて会場内を見回した。
いつのまにかフロア中央ではダンスも始まっている。忙しさに眼を回しかけていたので、これまで会場に流れるワルツにもろくに耳を傾ける余裕がなかったのだ。
本当はアルベールと一曲踊ってみたかったが、それは一旦休んでからにしたい。
(今日はあの方はいらしてないのね)
その前に、気になってあたりを見回してみたが、どうやら先日会ったマグダレーナ王姉はこの夜会には出席していないらしい。ナターリア姫の後見人であるから、もしかしたらいるのではと考えていたのだが、その予想は外れていた。
(出来ればもう一度、お会いしてみたかったけれど……)
心に強く残るもののある女性だった。アルベールと共にならば、彼女にも挨拶が出来るのではないかと期待していたのだ。
(あら、でも)
周囲を見ていると、先ほどのナターリア王女と同じ形式のドレスをまとった女性がところどころで談笑したり、ダンスをする姿が目についた。ナターリアと同じく、マグダレーナが引き連れてやってきて、亡命させた者たちがいるのだと耳にしたことがあるが、それが彼女たちなのかも知れない。
王女とは違い、彼女たちは既にこの国に馴染んだ様子である。
「……」
異国風のドレスをまとった娘達は、誰もが際立って美しい。
声をかけられては魅力的に微笑む彼女たちに、会場内でも目を奪われている者が多いようだ。
そのおかげか、アルベールとレティシアへの注目が、今は少し落ち着いている。
「アルベール様。私、人いきれに酔ってしまったようなのです。少し休んでいてもよろしいでしょうか?」
アルベールが一度挨拶を行った友人に再び話しかけられていたので、レティシアは彼に断りを入れてた。
「ああ。では、どこか休める場所を……」
「あちらの椅子のところに参りますわ。お話を続けてくださいませ」
アルベールは後ろ髪を引かれる様子を見せたが、そんな彼を振り切って、レティシアは一人でできるだけ人の少ない休憩場所へ足を向けた。
会場の隅には所々に長椅子が置かれており、そこでじっくりと話し込む人々もちらほらと見受けられる。
飲み物をもらって、一人で腰掛けて休んでいてもおかしくはないだろう。
「お飲物はいかがですか」
「ありがとう。いただくわ」
タイミングよく、通りかかった給仕がグラスの乗ったトレイをレティシアに差し出す。そこから黄金色の液体が入ったグラスを受け取り、目に付いた長椅子に腰掛けて、レティシアはグラスに口を付けた。
「……?」
軽い林檎酒あたりだろうと思っていたのだが、甘くて口当たりはいいものの、思ったよりも酒分が強い。
(なにかしら、これ。おいしいけど強すぎるかも……)
クイッと勢いよく飲んでしまったが、胃の中がカッと熱くなってきて、少し気持ち悪くなってしまう。
会場に入ってからは、食物は何一つ口に出来ていない。勿論、それを見越して家で軽食を取ってきてはいるが、時間も経ってしまったので、消化しきっていたのだろう。空腹の状態で強い酒が入ったためか、酒分が一気に身体に回ってしまった感覚があった。
(なんだか、ちょっとめまいがする……)
辺りを見回して、レティシアは近くを通りかかったメイドに声をかけた。
「あなた、お水をいただけるかしら」
声を出してみると、やけに喉が枯れてしまっていることに気付く。挨拶をし続けていたし、喉が渇ききっているのかも知れないと思った。
「かしこまりました。よろしければ、あちらに少し休める場所がございますがご案内いたしましょうか」
「休める……そう。そうね……休めたら、嬉しいわ……」
瞼がとろんと重かった。疲れ切って眠りに落ちる寸前のように。すでに、半分ほど閉じてしまっているかもしれない。
そもそも会場の明かりがやけに眩しくちらついて、目を開けている事自体が辛く感じられた。
「でも……連れがいるの……彼に、ことわらないと」
「私どもでお伝えいたします。休める場所にご案内しましてから、お呼びしますので」
「いえ……」
それはいけない。どこに行くにも、まずはアルベールに伝えるようにと教えられている。
「……っ…」
メイドからの申し出は断ろうと思ったが、声を出すよりも先に身体がふらついた。
「大丈夫? 酔ってしまわれたのね」
よろけかけたレティシアの身体を、誰かが支えてくれた。細い腕と皮膚の柔らかな感触は女性のもので安心したが、その声に聞き覚えはなかった。
これは誰だろうか。いや、初めて出る夜会なのだから、レティシアが知る人間などこの場所には殆どいないのだが。
「休んだ方がいいわ。一緒に参りましょう」
女はレティシアの腕をとり、腰に手を回して身体を支えつつ、歩き出した。歩きながらもよろけてしまうので、反対側の横からは先ほどのメイドが倒れそうになるレティシアの身体を支えている。
いかにも、酔ってしまった女性が介抱されているように見えるだろう。そのくらいに、レティシアを支える細い腕は親しげだ。
(違う。違う)
どこかに行くならば、まずはアルベールに言わなくてはならないのに。だから先に彼の元に連れて行ってほしいと頼むつもりだったのに。
なのに、言葉がまともに出てこない。
(なんだか……変……)
意識がもうろうとしているが、女たちが自分をどこかに連れて行こうとしていることはわかる。
なにかがおかしい。
(助けて…)
誰かに助けを求めたかったが、はくはくと唇が動くだけで、声は出ない。
「……」
どこかで、意識が一旦途切れた。
※申し訳ありません。連載時、この部分だけが章を作るのが抜けてしまっておりました。
追加いたしました。




