のぼせ上がってしまいます
あまりに激しい愛の告白に、レティシアの動悸がおかしくなったのは当然のことだろう。冷たいレモン水を用意して貰い、火照る顔を扇子であおいで十分程度休む羽目になったのは、明らかにアルベールの責任だ。
「うちも両親は仲が良かったよ。母も早くに亡くなってしまったけれど」
ようやくレティシアの気持ちが落ち着くと、アルベールは今度は彼の家の話をしてくれた。
「こちらに来てもらえるか」
案内されて別室に移ると、そこには女性の肖像画があった。
十四、五才程度だろうか。女性と言うにはまだはやい、少女の絵姿だ。
「母だ」
「この方が、お母様……」
「若いだろう。本当は父と同い年なんだ。二人は十八の年に結婚した。でも、母もあまり年をとらず、バラデュールの妖精姫と呼ばれていたそうだ」
この肖像画も、子供を産むにはずいぶんと幼く見えるが、実際は成人を迎えていたころだそうだ。
彼女は生まれつき身体が弱く、強い光魔法の使い手であったが、光魔法を持っていても元々の身体の弱さと運命は変えられないと自分自身でで言っていたのだという。
しかし、光魔法の使い手であったからこそ、愛する人と結婚できて、アルベールを授かれたのだともよく口にしていた記憶があるという。
だから、光魔法は素晴らしいものなのだと、彼女は自身の力を受け継いだアルベールに繰り返し伝えていたそうだ。
「父が王と共に、女性の教育に力を入れたのは、母が関わっているんだ」
母が慕っていた人が、かつて女性であるがゆえに酷い目にあった。
それを悲しんだ彼女のために、スルト侯爵は現国王と共に女性にも学問の道を拓き、男性と同等の地位を得られる国に変えていくことを目標としたのだそうだ。王妃となったアルベールの伯母もそれを望んだので、一気に新しい教育体制作りが進んだ。
女性に教育を。身分にとらわれず、才能のあるものは地位を得られるように。
学園都市や他国の視察を行うことで、これまでが如何に遅れた社会であったかが浮き彫りになった。
それまでの家の格に縛られる身分制度では、今後の他国との外交においても通用しなくなると気づき、徴用は身分に関係なく実力を重視すると決めた。国の中で批判は多く上がったが、その声を押さえ込んで断行出来たのは、亡くなった先王派が派閥内の争いで分解しかけていた隙を上手く突けたからだという。
「父は顔立ちが冷たそうに見えるんけれど、中身はかなり情熱的な人だよ。スルトの血は火の気質だから、身の内に燃えさかるものを持っているんだ。だからこそ、改革を推し進められたんだろうね」
アルベールが父親である侯爵を尊敬していることがよく分かる語り口だった。
彼の語る事柄を聞いていると、レティシアもますます、スルト侯爵への憧れが増してしまう。
「侯爵様はやっぱり素晴らしい方です。教育だけでなく、実力があれば役目につけるのは本当にありがたいですわ。兄もそのおかげで取り立てていただけましたし」
「騎士も文官も、きちんと実力と人格を測った方が効率がいいよ。仕事上は身分制を廃したおかげで、昔よりかなり風通しが良くなったいう話はよく聞くね」
「はい。自分は勝ち抜き戦のおかげで、お姫様の護衛になれたと兄もよく話しています」
全てを完全な実力主義にしてしまうと、それはそれで問題が生じるため、身分と人柄と実力とを組み合わせて適所を考えるのが今のやり方だそうだ。
きちんと査定の出来る人柄の高官を評価役に置いた上で、同僚などの周囲とのやり取りとその評価を調べた上で役職を定めるやり方は、時間はかかるが問題が少なくなるという。
エルキュールはジュリエット王女の近衛隊の副隊長であるが、隊にはもう一人、上級貴族で礼儀作法のしっかりとした更に若い副隊長がいるそうだ。
一見、タイプが違いすぎて合いそうにないその二人を、身分も高く、若い兵士を育てることに慣れた熟年の猛者が上司となって首根っこを押さえているという。
それも若者二人を、性格に違いがあっても連帯させ、家の階級差があっても認め合えるように育てるための人事だという。どうしても気質が合わない者には無理はさせないが、そのふたりは見込みがあったそうだ。自分と違う者から学ぶものは大きい。
後輩は礼儀作法に厳しくてうるさいし、件の隊長にはどうにも逆らえないと兄がぼやいていた話を聞かせると、アルベールはくつくつと笑う。
「そう。エルキュールに礼儀作法を学ばせるのが目的なんだ、それは。……しかし、まだ捜索中だが、不安はないかい? なにか、気に掛かることがあったらいくらでも私に言ってくれ」
「それは……少しは不安になる時はありますけど、やっぱり兄が死ぬわけないって思うんです。ああいう兄ですし」
実のところ、レティシアたちがそう思えるのはアルベールの態度も影響している。
公平に、誠実に職務を果たす。そんな態度を貫いてくれるおかげで、落ち着いていられるのだ。
それに本当に状況が深刻ならば、こういう話題の振り方はしないはずだ。言われてはいないけれど、彼は何かを掴んでいるのかもしれないと思うところがあった。
「確かに子供の頃から有名だったよ。そうだな。あいつがいないうちにバラしてしまおう。そもそもは幼年学校に通っていた頃だ。当時のエルキュールは「俺に勝った奴に妹をやる」が口癖だった。それで本当に同級生や上級生と君を賭けての勝負をふっかけて、相手から報酬の菓子を随分と巻き上げていたんだ」
「え!」
「新しい母上はものすごい美人だから、妹も綺麗になると熱弁していてね。そうしたらエルキュールに頼み込んで、手土産を持ってお母上と君に会いに行った奴が出たんだ。お母上から存分にもてなして貰ったそうで、鼻高々にこれは勝負する価値があると自慢話を語ってね。それで大勢がやる気になった。男ばかりだから、馬鹿なんだ。そういう、みんなで盛り上がれる勝負が楽しくて仕方ない年頃だよ。でも手合わせをしても誰もあいつに勝てないから、エルキュールが勝ち逃げだろうと言われていたときに、授業中の勝負で私があいつと引き分けたんだ。そうしたらエルキュールが自分の家に招待してくれた。それがさっきの話に繋がる。勝手に賭け事のダシにされていたなんて、知らなかっただろう?」
「当たり前だわ! そんなこと、初めて知りました!」
あまりのことに、レティシアは目を白黒とさせた。先ほどは熱烈な愛の告白で、今度は兄のとんでもない過去話で、どうにも頭が追いついていかない。
「運が良かったよ、あのとき引き分けられて。レティシア、手を貸してもらえるかな」
言われるままにレティシアが左手を差し出すと、アルベールは薬指に大きな白色の石のついた指輪をはめ込んでから、手の甲にキスを落とした。
「っ……!」
「これは君を守るための防御具だ。できるだけ外さないでいてくれ」
「防御具ですか……?」
「ああ。何かあったときに、防御の魔術が発動するようになっている。学校に行くときも持っていて欲しい。首からも提げられるように、鎖も用意しておいたよ」
ネックレス用の細い鎖を納めた小箱を差し出して、アルベールはテキパキと説明をしていく。
またもや甘く口説かれるのかと思ったら、今度は実務的な説明で、レティシアとしては正直拍子抜けしたところがあった。
(まあ、助かったとも言えるけれど)
あのまま口説かれていたら、完全に彼の手に落ちてしまっていたかも知れない。もう引き返せないくらいに。
「ありがとうございます。こんなに色々としてくださって」
「どういたしまして。私の可愛い人」
真面目に礼を伝えると、今度は口説き文句を混ぜ込んでくる。そんなアルベールの態度に振り回され続け、その日のレティシアは菓子や花や珍しい蜂蜜といった様々な土産を持たされて帰路についた。
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