かつての約束
約束していた。
レティシアは思いがけない言葉にハッとして、アルベールの顔を見返した。
「え……」
「君はまだ五歳だったかな。だから覚えていないんだろう。エルキュールに連れられて、君の家の門をくぐったら、屋敷の方から小さな女の子が駆け寄ってきた。元気な声で「おかえりなさい」と言って、兄ではなく私の胸に飛び込んできたよ。間違えているよと教えたら、わざとそうしたのだと言っていた。とても可愛かったな」
「私が、ですか……?」
アルベールはなんとも楽しげに、レティシアの記憶にない昔の出来事を語りはじめた。
「君たちの母上にもお会いして、挨拶をさせていただいた。その時のお茶で、林檎のパイを出してもらったよ。もしかしたら、あのキャンディアップルの実を使っていたのかも知れないな」
記憶には残っていないが、その光景はレティシアの頭の中に鮮明に描き出せた。焼きたての林檎のパイを母がお茶菓子に出してくれる。「おいしい?」と尋ねられて、「うん」と頷くと、彼女は口元をハンカチで拭ってくれた。
「リゼル様は私の母と面識があったと話してくれたよ。その時は、母を二年前に亡くしたばかりでね、仲の良い君たちの家族がすごく羨ましかった。そうしたら、どうして分かったのか、エルキュールに君と結婚すればこういう家族が出来ると囁かれたよ。あいつは本当に抜け目ないんだ。その後に君の耳元で何かを言ったと思ったら、君を私の膝の上に載せた。そうしたら、結婚してくれますか? と君から尋ねられた。レティ。本当は君の方が先に、私にプロポーズしてくれたんだ」
「わ、わたしから?!」
あまりにも思いがけない昔話だ。驚きでそれ以上は言葉が出ないレティシアを見て、アルベールはふっと笑う。
「勿論、「はい」と答えたよ。あの日から、私は君の婚約者だった」
その年の夏の終わり辺りから、リゼルは徐々に具合を悪くしていったそうだ。強い光魔法の使い手であっても、【魅了】の乙女であっても、抗えぬのが天命だ。
「それから、ずっと君を見てきたんだ。はじめは妹を見ているつもりだった。でも見守るうちに、私も静かに君に恋していることに気がついた。他人の私に「おかえりなさい」と言って、生まれて初めてプロポーズをしてくれた小さな女の子にね。レティ、君は【魅了】という力の持ち主だ。君自身とその力は切り離すことは出来ない。私は今の君がいいのだから、その力ごと君を愛すよ」
真摯な言葉だ。
優しく、諭すような話し方だが、その響きはとてつもない情熱を孕んでいる。
「あと、これも付け足さなくてはならないな。私は君と婚約するために、君が【魅了】という力を持っていて良かったと思っている。そうでないと、エルキュールもあんな形で私を君の相手に指名しなかっただろう。さあ、レティ。君は私以上にこんなにも君を愛す男が他にいると思うかい? 言っておくが、私は誰にも負けるつもりはない」
立候補するような者がいたら、有無を言わさず決闘だ。
そう言って、アルベールは勿論負けるつもりはないという胸を張った。




