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教会へ

 何故、儀式の乙女に選ばれしレティシア・サフィールは、儀式前に自宅で【魅了】を使おうとしたのか。


それは


「婚約が決まった歓喜に打ち震えたレティシアが、その喜びを庭で小鳥や猫に話しかけてしまい、声がまるで歌うように弾んだために、聖歌のメロディに似てしまった。この上ならぬ幸せに包まれていたために、彼女は女神の祝福を知らぬうちに受けてしまって、自分でも分からぬうちに自然と力が出てしまったようだ」


 からである。

 つまり、この件は意図したものではなく、乙女の純粋な喜びに女神が応えた結果で、レティシアに罪はない。



 婚約の報告と共に、アルベールが行った説明はこういった内容であったらしい。


 喜び弾んで歌うように話しかけてしまったとは、いくら何でも浮かれすぎた話だと文句をつけたくなったが、これは女神に愛される、力の強い聖女候補らしい失敗と印象づけるために考えられた筋書きだという。

 確かに純真無垢には馬鹿と紙一重の側面があるのは否めない。なんにせよ失敗の尻拭いをして貰ったのだから、自分がどんなに浮かれた人格にされてしまっても、この場は謹んで受け入れるべきだろう。



 アルベールに家まで迎えに来て貰い、侯爵家の馬車に乗って教会に訪れたレティシアは一人で別室に連れられて、司祭たちからの長いお叱りを受ける羽目となった。


 スルト侯爵家との縁組みは素晴らしいことだけれども、気をつけなくてはいけない。嬉しいことは心からよく分かるが、気を抜いてはいけない。女神の祝福を受けたのは儀式の乙女の素質が高いという証しではあるが、だからこそ慎重にならなくてはならない。

 居並ぶ司祭達が口々に説教をするのに、レティシアは項垂れて、自分の軽率さを彼らに詫びた。



 猫や鳥が大挙して館に押しかけたのは、結構目立っていたらしく、アストリッドからも何があったのかと近所で噂されていると教えて貰った。アルベールがすぐに教会に弁明をしてくれなければ、本当にまずいことになっていたかも知れない。

 「絶対にもうしません」と誓う声に実感がこもっていたのか、今回は仕方がないから気をつけなさいと司祭たちも最後には優しく慰めてくれた。

 お説教の後には、アルベールと共に大司教に婚約の挨拶を行い、レティシアが純潔の誓いを立てる儀式を行った。

 大司教を前にして純潔の身で儀式に臨むという宣誓を行うのは、儀式前に婚約が決まった乙女が必ず行わなくてはならない事柄である。

 宣誓を行った後には、大司教から直接声がかかった。

 スルト侯爵家ならば教会との繋がりも深いし、心得ているだろうという話をされ、最後はこれはすばらしい良縁であるとまとめられた。

 教会側もスルト侯爵家を尊重するという現れだろう。


(やっぱり家の格と根回しって大事……)


 儀式の乙女に選ばれたそのときには、儀式前に婚約をすること自体が望ましくないと厳しく指導を受けていたのだが、これは婚前交渉を危ぶんで言われていたのだろう。

 レティシアの場合は母が役目を辞退してしまっていたので、娘の自分が釘を刺されても仕方ないとは思っていたが、どうやら他の候補者にも色々と問題が起きたことがあるらしい。

 だが、スルト侯爵家があらかじめ話を通しておくだけで、こんなにも手放しで祝ってもらえるのだ。アルベールの母方の実家にあたるバラデュール侯爵家も教会と繋がりの深い家であるし、どちらの家も寄進を惜しまず行っているのだろう。歓待ぶりが明らかに違っている。


 これはアルベールとの婚約がなかったら、【魅了】の力を使ってしまったことは、やはり叱責程度では済まなかったのかも知れない。アルベールが機転を利かせてくれたことに感謝して、レティシアは胸を撫で下ろした。







 教会への挨拶を終えた後は、レティシアを家まで送ってから、アルベールはそのまま城へと向かうそうだ。

 レティシアとの婚約は既に王にも伝えてあるそうだが、御前に赴いたその折には王太子が不在にしていたので、そちらに改めて婚約の報告に行くという。



 アルベールは王太子とは従兄弟に当たる間柄だ。

 現王妃が、アルベールの父の妹にあたるという。

 王太子はアルベールよりも三つ年下のため、将来の主君でありつつも、弟のような感覚があるそうだ。

 その王太子は当然、かなり早い時期から婚約者が決まっている。他国の王女であるのだが、母国で内乱が起こったのをきっかけに、彼女は争いが激化する前に半ば避難をするようにこの国にやってきていた。その王女の母国の内乱の引き金が、【魅了】の力を持つらしいと言われる男爵令嬢が絡んだ王子の婚約破棄である。

 【魅了】の力が絡んでいるのではと疑われる大きな事件は久々だったので、この件は周囲の各国にも様々な話が流れてきている。


「ナターリア様がいらしてから、もう一年になりますでしょうか。まだ結婚の日取りが決まらないのですね」


 本来の輿入れではない予定でやってきたために、ナターリア王女はこの国に慣れるための事前準備という名目で滞在している。

 レティシアよりも更に三つ年下の彼女は、母国の内乱にひどく心を痛めているらしい。そのためか気分の優れぬ日が多いようで、滅多に外に出ることもないという噂は聞いていた。


「お国の内乱がまだ収まっていないから、日取りを決められない状態なんだ。それにナターリア様はまだこちらの言葉を習得されていないので、社交もなかなか進まなくてね。」

「そうなのですか」

「レオナール殿下もナターリア様の母国語を学んではいるんだが、こちらもどうも芳しくない。いっそのことナターリア様にも学園都市に留学していただくのも手かも知れないと考えているんだ。ただ、自国の王女ならともかく、他国の方についてをこちらで手配するのもなかなか難しくて、どうするべきか悩みどころだよ」

「でも、近い年齢の人が集まるところで、身分に関係なく学べるのはきっとよいですわ。だからジュリエット様も留学されたのでしょう」


 エルキュールの主君であるジュリエット王女の留学は、身分の関係なく学べる場所で見識を深めるようにという王命によってなされた。この国ではアルベールが五人目の留学者だったそうだが、王女までもが留学をすれば、今後は後に続く者ももっと増えていくだろう。


「ああ。学は身を助くと言っておられるよ。なにかの時のためにもね」


 アルベールが少し含んだ物言いをする。それが、チクリと胸に刺さった。

 実際、留学に向かう王女の馬車が襲撃されるのは、有事であると言える。


「もしかして、なにかあるのでしょうか。兄はそれで、なにか……」


 思い切って尋ねたのは、レティシアにも心当たりがあるからだった。


 近衛に属する者は、仕事の内容を家族にも話すことは禁じられている。それでもエルキュールが王女に付き添って留学の護衛にいくのが決まったのは、あまりに急だった。

 数年後に他国勤務があるかも程度の話を耳にはしていたので、予定が随分と早まったことに少し不自然さを感じていたのだ。


「……。王は、杞憂であればいいとおっしゃっているが」


 少し落としたトーンの声で、アルベールがぽつり一言呟く。

 アルベールが応えたのは、婚約者であるレティシアへの誠意からだろう。


「大丈夫だ。君の兄は殺しても死なない男だからね」


 彼は、隣に座るレティシアの手をぐっと握りしめた。


「はい……」


 そのまま二人揃って黙り込んでいると、不意に馬車が動きを止めた。


「申し訳ありません、若様。道を譲るために待機します」


 すぐさま駆け寄ってきた従者が、窓越しにアルベールに声をかける。


「わかった。どなただ」

「王姉殿下です」


 王族の印のついた馬車が通る場合は、臣下は道を譲って待機するのが習わしだ。アルベールもレティシアも共に顔を伏せて、先方の馬車が通り過ぎるのを待った。


「ナターリア様のお見舞いにいらしていたのかもしれないな」

「後見人でいらっしゃるのですよね」


 マグダレーナ王姉は、かつてナターリア王女の伯父にあたる人物に嫁いでいる。しかしその夫は早逝し、夫の弟が繰り上がりで王位に就いた。

 彼女は夫の逝去後も長らくそちらの国にいたのだが、ナターリアの後見人として共にこの国に戻ってきている。そして今は王都の外れにある館を与えられ、城からは離れて暮らしていた。


「王姉殿下もあちらのお国が大変なことになる前に、無事に戻られてよかったですね」

「ああ……」


 蹄の音と石畳の上を車輪が滑る音がガラガラと響く。その音が完全に聞こえなくなるのを待ってから、侯爵家の馬車はようやく動き出した。





お読みいただきありがとうございます。



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