癒やし手の力(前)
「落ち着いたかい?」
「はい。ありがとうございます」
レティシアが緊張で青ざめているのを見てとって、アルベールはメイドを呼び寄せ、冷たい飲み物を運んでくるように申しつけた。
マルタンが出て行った後は、テラスのソファで休ませて貰い、今はやっとひとごこちついたところだ。
先ほどの失態は、自分に本当に役立つ力があるのか疑問を持っていたためにやってしまったことだとレティシアが説明すると、彼は改めて話を聞く姿勢を取ってくれる。
「君の力はきちんと感知が出来る者が確認しているから、強いことは間違いないよ。私も力が強い方だから、君の持っている力がかなり大きいことはわかる。だから、君が【魅了】の力を使えるようになったら、絶対に役立つものになることは保証する。白状すると、君には私の仕事を手伝って欲しいと思ってるんだ」
「仕事? 学校の改革ですか?」
レティシアにとって一番印象の強い仕事を口にすると、アルベールは嬉しそうにフフッと笑みを零した。
「学校のことは是非、生徒としての君の意見を聞かせて貰いたいな。でも、それ以外にもやっていることがいくつかあるんだよ。レティシア嬢、私は癒やし手なんだ」
「え! 癒やし手ですか!」
癒やし手とは光魔法の高位者に与えられる称号だ。
光魔法とは治癒、浄化、障壁の生成など、主に癒やすことと守ることに特化される性質を持っている。光の分野は精霊の力を借りることが出来る者が滅多におらず、その力を持つのは教会に属し、自らを律して修行を積んだ司祭などの聖職者が殆どだ。
治癒に関わる光魔法の使い手は、療法士と呼ばれているが、その中でも癒やし手というのは、かなり高度で強力な治癒魔法を使える者を呼ばわる名称で、国に数人出ればいい程度の希少な人材である。
「アルベール様は火じゃないんですか?」
思わず尋ねてしまったのは、アルベールの赤い髪色は、火の精霊と親和性が高い者が良く持つ色合いだからだ。それに彼の家は代々火魔法を得意とし、元々は武勲から侯爵位が与えられた家柄だと国内でよく知られている。
現当主のヴィルジールは宰相を務めてはいるが、戦乱が起こっていた頃のスルト家の先代は、将軍として戦功をあげていたはずだ。
「まあ、そう思うだろうね」
「はい……あの、それにアルベール様は軍団長を務めておられると聞いたことがあるのですが」
「私は家の跡取りだからね。今は父に代わって、確かに我が家の家臣団を指揮する立場だけれど、指揮官が攻撃魔法を使える必要はないし、今は従兄弟の一人に軍備の長を継がせるように教育している最中だよ。有事の折は、祖父や父が当主として指揮をしていた、今は内政の方が重要だ」
この機会に説明したいことがある、とふとアルベールが申し出た。
「我が家は代々火の魔法を得意とするんだけど、私は髪の色はスルト寄りでも、力は母に似て光が強いんだ。火もそれなりに使えるけどね。母の実家はバラデュール。今の当主が私の母の兄に当たる」
「バラデュール侯爵様でございますね」
バラデュールは侯爵家の一家で、めったにない光魔法を持つことで知られる家系である。
光の属性である治癒魔法に長け、教会とも縁が深い。
「伯父は妖精王という二つ名がある。由来はわかるかな」
「強い光魔法を使われるのは珍しく、お姿も白金の長い髪が美しくて、まるで妖精のようだからと聞いたことがございます。一度、教会の式典に列席いらした姿を遠目にお見かけしました」
「じゃあ、わかるかな。伯父は外見がすごく若いんだ。もう五十近いんだが、外見は三十代くらいにしか見えない。さっきもマルタンと並ぶと気がついたかもしれないね。私も、君と同じくらいか少し上程度にしか見えないだろう? 強い光魔法の使い手は外見の老化が遅いんだ」
「……はい」
アルベールの言葉に、内心ハッとしつつ、レティシアは慎重に頷いた。
先ほど、アルベールとマルタンの外見に年齢差を感じたのは、気のせいではなかったらしい。
「先日、君は、私との婚約は家の格や色々が「ふさわしくない」と言っていたけれど、そんなことはないんだ。むしろ、私の方が問題がある。私は、同年代や年上の女性からはかなり敬遠されているんだよ」
「どういうことでしょうか」
「まあ、理由はこの外見だね。母も年齢から見ると外見がすごく若かった。伯父も母もそうだから、私が光魔法の力を強く継いでいるとわかった時点で、父は私に来ていた縁談をすべて断ってきたんだ。どういう年の取り方をするかが予測がつかなくて、後に不和が生まれる可能性があるからね」
スルトか、バラデュールか。はじめは髪色からスルト寄りの力を持つだろうと目されてきたが、実際に強く顕現したのは光の素質だったのだという。
「生まれたときは王家との婚約の話もあったんだが、誰と結婚しても、私だけが年をとらなかったら釣り合いがとれないだろう。それを考慮して辞退となった。今は成長の仕方で、実年齢より五歳から十歳程度若く見える程度だろうと見込みはついているんだが、……これは本当は、君には結婚を申し込む前に伝えておくべき事だとはわかっていたんだが。すまない」
アルベールは真摯な態度でレティシアに詫びた。
「いえ、そんなことは……私は気になりませんので」
どう返せばいいのか迷いつつ、レティシアは彼に言葉を返す。
あの切羽詰まった状況でこの情報を開示されていたら、上手く飲み込めていたかは分からない。
だが、アルベールの人柄に触れた今は、そんなことは関係ないとはっきりと言える。
(でも、仮、だけど。私は、アルベール様と結婚はせずに、聖女になるんだし……)
「私は長く国外に行っていただろう? 数年経って帰ってきて、そうすると同い年でだった令嬢方やその両親が、私の成長が遅いことにようやく気がついた。特に帰国したばかりの頃は顕著だったから、それまでに縁談もほとんどが立ち消えたよ。その後に十ハくらいの時に一気に背が伸びて、ここまで育ったからか、その後は私の成長や血筋のことを知らない年下の女性たちから恋文をこっそりもらうようになった。ただ、それも私がゆっくりと年を取ることを聞くと絶えていく。だから、宮廷の一部では、私のことは一度しかかからない熱病のようだと言われているそうだよ。言い得て妙だね」
「そんなこと……」
「その通りだし、それでかまわないんだ。熱を冷ました令嬢がたの判断も賢明だと思う。私の母は早くに亡くなってしまったけれど、バラデュールの血筋はけっこうな長命なんだ。外見だけか、生きる年数かはまだわからないけれど、置いて行かれるというのは誰にとっても淋しいことだからね」
それを口にするアルベールも、これまでに見たことのない、どこか淋しげな表情を浮かべている。
(それは、私もなのかしら……)
自分も彼に置いて行かれるのだろうか。アルベールの言葉が心の奥に刺さるのを感じながら、レティシアは彼の顔をじっと見つめた。
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