試してみたい
この国の学校は、週休二日制となっている。それはアルベールが留学していた学園都市のカリキュラムに沿ったものだそうだ。
復学してから、連続で五日間学校に通ったのは、家で気を張っていたのはまた別の疲れがあった。
なので、ようやく休みとなった本日は、レティシアもゆっくりとくつろぎたいところであるのだが、学校での有様を思い返すとなかなかに気が休まらない。
(やっぱり、いつも通りだったわ……)
兄が行方不明になっているという明確な理由で学校を休んでも、相変わらずスターライン侯爵令嬢とその取り巻きは地味にレティシアに嫌みを言ったり、ひそひそと陰口を囁きあっている。
実害はあまりないので、無視をしていればいいのだが、どっと疲れを感じた今週は気持ちがなかなかに削られた。
(あの人たちに婚約が知られたら、本当にどうなるのかしら)
昼休みにアストリッドと二人になったときに、毎日のように嫌みを言われていることを話したのだが、婚約が公表されれば、きっと態度が変わるはずだと彼女は息巻いていた。
曰く、家柄が低いから舐められているだけで、アリシアの婚約者は伯爵家の嫡男であるから、侯爵家の嫡男であるアルベールが婚約者となれば今後は何も言えないはずだ、と。
その通りではあるのだが、現状ではスターライン家はスルト家と並ぶ侯爵格だ。旧王派閥のトップであり、故に今は主流を外れている家柄であるが、まだ十分に力は強い。
(……アルベール様とは敵対派閥ってことよね。私のことがなにか火種にならないといいけど)
考えても、実際はわからない。
なので、レティシアは試してみたいと思っていたことに手をつけようと、立ち上がった。
「よし! やってみましょう」
テラスから自宅の庭に出て、レティシアはまぶたを閉じた。
空から落ちる光を受け止めるように、手のひらを上にして片手をあげて、心の中で考える。
『どうか、私と仲良くしてください。』
それが子どもの頃に使っていた、レティシアなりの呪文だ。
「来て」
一声かけると、近くの枝にとまっていた小鳥が羽ばたいて、レティシアの手首の上に降り立った。そうだ。野生の鳥は人間の手のひらの上に直接降りるなんてヘマはしない。小鳥はトットッと腕の上を歩いて、ピィッと囀る。
「こんにちは。よく来たね」
長い尾羽をピンと張った小鳥と顔を合わせて、小声で挨拶をすると、小鳥はまるで言葉がわかるかのように繰り返し頷いた。
(できた……)
【魅了】は、動物には効きやすいのだそうだ。
本格的な発現をしていない状態でも、人間に友好的な小動物ならば、【魅了】で懐かせることはできるという。
まだ何もわからぬ幼い頃、庭で見かける動物たちと仲良くなりたくて、レティシアはそれが自分の持つ力だとは気付かずに、【魅了】を使って、リスや鳥、猫などの小動物を寄せていた。それに気付いた母に止められて以来、自分に禁じていたので、【魅了】だと意識して使うのはこれが初めてである。
【魅了】の力は、娘が男と契ることで覚醒する。
かつて女神の愛し子であった【魅了】の娘が、恋人である勇者が死地に向かう前に共寝し、愛しい男を救って欲しいと女神に祈ったことにより男に強い加護が与えられた。そんな伝説の通りに【魅了】の娘は婚姻を経て、己の選んだ相手に強い力を与えることが出来るようになる。
ただし聖女になる場合は純潔のまま、儀式の乙女を務めることで力が発現し、力の増幅を行えるようになるそうだ。
レティシアはまだどちらでもないし、力の正確な使い方もよく分かっていないので、こういったことはあくまでも聞きかじった知識でしかない。
幼い頃にはまだ早いと母親からは教えてもらえていなかったし、今通っている教会でもまだ準備段階だからと明確な力の使い方は教えてくれていないのだ。今はただ、心も身も清らかに保つことが大事なのだという考え方と儀式の歌と杖の舞の振り付けなどを教えてもらうだけにとどまっている。
この杖がなかなかに重く、レティシアは現在、元気よく杖を振り回せる腕力と体力を「歴代では一番力強い」と褒められていた。
(「【魅了】は万能ではない」か……)
それは教会の老司祭から口を酸っぱくして言われていることだ。
だから、過信するな。力が使うその時が来て、救えぬ者がいたとしても、全てを成せると思うことが驕りなのだと頭に入れておくようにと諭されている。
魅了の持ち主は確かに幸運や加護を受けやすくなるのだが、引き寄せる運は必ずいいものとは限らない。
悪徳に身を浸せば、悪い運命を呼び込んでしまう。そうなった人物が【魅了】の誤った使い方をして、悪女と見なされる行為をおこなっているとも教えられた。
悪徳に引き寄せられぬためには、心を清らかに保つことが大事だという教えを毎回のように説かれているのは、近隣国での内乱のきっかけが【魅了】の力を持つ男爵令嬢が引き起こしたものだと言われているのも影響しているだろう。
はじめは疑わしいと言われていただけだったが、実際に戦火が上がってから、男爵令嬢に誑かされている第一王子の元側近が、彼女は【魅了】だと証言し、第一王子廃嫡すべしとの声が高まって混乱を極めているという。真偽の程は定かではないが、こうなってしまっては【魅了】の力が警戒されても仕方ない。
「まあ、そんなにいいものじゃないよね……」
【魅了】よりも、普通に魔力を持って生まれた方が楽だっただろうと思うことはよくある。
いまだに使い方もよく分からないし、本当にいい運を引き寄せられるならば、母もあんなに若くして死ぬこともなかったのではないかと何度も考えた。
母はステファンを産んでから体が弱り、産後二年で没した。父も病が随分と長引いた。加護があったとしても、人は天命には逆らえないのだと教えられたが、ならばこの力は一体なんのためにあるのだろうか。
「光の花を束ねて〜、捧げましょう およろこびください〜」
儀式のための歌をぼんやりと口ずさむと、花壇の中を突っ切って、一匹の猫が近寄ってくる。毛並みは殆どが黒で、足先だけが靴下を履いているかのように白くなっているのがチャーミングだ。
「くつしたさん、おいで〜」
聖歌の節に乗せて、歌いながら呼び寄せると、猫は素直にレティシアの元にやってきた。
「ふふっ。よく来てくれました」
手を差し出すと、靴下猫は頭をすりっとレティシアに押しつけた。すりっ、すりっと頭から耳にかけて、白い手の甲に何度も擦り寄せる。その動きは、まるで自分を慰めてくれているかのように思えて愛おしい。
「かわいいねー……」
「レティシア!!!」
靴下猫を見つめていたところに、いきなり大声で名を呼ばれ、レティシアはビクッと身体を跳ねさせた。
その声には聞き覚えがある。
「アルベール様!?」
声の主、アルベールは血相を変えて、靴下猫がやってきたのと同じ花壇の中からレティシアの元へと歩み寄ってくる。
その姿を、レティシアは驚きで呆然としつつ見返した。
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