侯爵家嫡男と、その腹心にして幼なじみ(後)
(本気、ということか……)
逃さない、という言葉が本心であることは長い付き合いからすぐに分かる。
こうなったら、周囲も、彼女本人もがなんと言おうとも、アルベールは彼女を手にするだろう。
「そうか。まったく……やっかいな男に好かれたものだな、エルキュールの妹も」
同い年のマルタンも勿論、幼年学校ではエルキュールと机を並べている。
マルタンはかなりの堅物で、規律を守るタイプの優等生であるので、エルキュールが羽目を外す姿に目を白黒とさせることが多かった。その態度を面白がるエルキュールに何度もおちょくられたのは、苦い思い出だ。
もっとも、当時のエルキュールの態度に悪意はなかったので、これは近衛隊副隊長となった彼に対し、その部下達の前で頭の両脇を思いっきりぐりぐりと拳でねじり上げてやったことで既に水に流している。大人になった今となっては、そこそこには付き合いのある同級生という関係だ。
「いや、最適解だ。さすがの野生の勘だな」
アルベールとエルキュールの仲はまた違う。
優等生と野生児。同い年で、対等の立場で学び舎にいて、互いを知っていた。競いあえるだけの力を持った相手であると理解して、互いの力量に敬意を払った。
べったりと親しいわけではないが、互いに認め合い、口に出さずともそれを双方が承知している。
旧知で、好敵手で、それでいて親しくはない友人とでも言うべきか。
嗅覚がいいとでもいうのだろうが、エルキュールはとにかく勘がいい
そんな男がアルベールに妹と弟を託した。つまりエルキュールからは、アルベールは一番信用できる相手だと見込まれたというわけだ。
「それにあの子が【魅了】持ちというだけで、父からも許可がとれているからね」
レティシアの容姿と持ち得た【魅了】の力の強さで、彼女ならば家の格の違いがあっても娶ってよいと、父のみならず、既に祖父母や母方の一族の許可も取れている。アルベールの伴侶として強い【魅了】を持つ乙女を家に迎えることは、【魅了】持ちを保護をするという観点においても望ましいと皆が頷いた。
つまり、スルト家側の準備は万端なのだ。
先日尋ねていったときには、今は仮の婚約をしておいて、エルキュールが戻ったら一度仕切り直すといった形にまとめはしたが、勿論彼女を逃すつもりなど毛頭ない。
エルキュールが戻るまでにしっかりと彼女を口説き落とすつもりでいる。
「まあ、エルキュールのことがなくとも、【魅了】ならばおまえの相手としては願ったりだな。それを考えると。どうしてこんな状況に陥っているのかという疑問はあるが」
【魅了】の乙女は魔法を使える者にとっての、力の増幅器だ。
本人に魔力がなくとも精霊の加護が自然に与えられるので、普通に暮らしていれば存在するだけで家に幸運をもたらす存在となる。
なのに、エルキュールの生死不明、その途端に債権者が押し寄せるといった苦境には、乙女に対する加護が一切感じられない。
確かに【魅了】の力は万能ではないが、この成り行きにはどうにも不自然さが感じられた。
「当然、何かあるだろうな」
「ああ……」
エルキュールの捜索と同時に、こちらの件も調査は進めている。
借金の状況はあまりにも作為的で、そこにはレティシアを手に入れようとする何者かの意図が感じられた。
「どうかな、マルタン。調査は進んでいるか」
「襲撃現場にいた者の証言は聞き終えている。これからだな」
マルタンの父は伯爵で、医師でもある。マルタンは医師見習いかつ薬学師であるので、襲撃のあった現地へ親子で派遣されていた。そこで傷を負ったエルキュールの部下たちの治療や命を落とした者の検死に携わったのだ。治療の合間に聞き取った彼らの証言を元に、今は色々を捜査中である。
エルキュールの居場所もまだ分からないが、落ちたと想定される範囲に彼の遺体は見つかっていない。存命しており、どこかに身を潜めている可能性が高いため、留学した王女側と連携を取りつつ捜査は慎重に進められていた。
「そうだ。後、手の空いたときにこれも作っておいてくれないか」
思い出した、とアルベールは彼にメモをさしだした。
中身はアルベールと配下の騎士団で使われる薬の一覧だ。
マルタンの薬学師としての腕はかなり良い。なのでアルベールは自分の仕事用にもプライベート用にも、彼に色々な薬作りを頼んでいる。日頃、アルベールと側近が持ち歩く回復薬や治療薬もマルタン作だ。
「わかった。……随分と多いな」
メモを一瞥したマルタンは、すぐさま内容を確認して、確認を行う。
魔力を回復させるための回復役、治癒魔法の効果を上げるための治療薬、更にはあまり使われることのない解毒薬も随分と多めに記されている。
「エルキュールがやられたんだ。備えておくのは悪くないと思ってね」
「そうか」
アルベールの答えに、マルタンはわかりやすくため息をついた。
こういうことに関するアルベールの勘もかなり聡い。何かが起こりうる予感があるのだろう。王女の乗った馬車が襲撃された事自体がかなりの大事件であるので、確かに備えておくのに越したことはなかった。
「念のためだから気にするな。それよりも、今度レティシアを家に呼ぶことになっている。対外には婚約は伏せておくことになっているが、父とは対面してもらわないとならないからな。これから彼女を訪ねるけれど、おまえもついて来るか」
問いかけるアルベールの手には、侯爵家の紋の入った封筒が握られている。その態度にマルタンは首を捻った。
「まさか、自分で届けるつもりか?」
それは本来、使者が行うべき仕事だ。
「ああ。レティシア嬢に会いたいんだ」
「よせ。おまえが直接行くことではない。使者なら私でも、誰でもいいだろう」
「だめだ。おまえや他の誰かに一人で生かせて、私の大事な未来の妻に、惚れたら困るしな」
書状をよこせとマルタンが手を差し出してくるのに、アルベールはわざらしく幼なじみを揶揄う。
「おまえは失敬だな! 私はそんな男ではない」
マルタンが顔を赤くして怒る様子がおかしくて、アルベールはクスクスと笑いを零す。
「じゃあ、ついてくるか? おまえには、父上よりも先にレティシア嬢を引き合わせよう。俺の大事な片腕を紹介しておけば、今後の都合もいいしな」
「……わかった」
確かに、先に面通しをしておけば、今後に役立つこともあるだろう。
主からの譲歩を、マルタンは溜め息を吐きつつ承諾した。
お読みいただきありがとうございます。
続きは明日更新予定です。
面白かったよ、続きが気になると思ってくださった方、是非ブクマや評価(★★★★★)をしていただけると、作者の励みになります。




