77.戦獣奪還戦(8)
「お前さ、どう思う?今回の作戦……」
これは少し前の話。
ウスズミ達の脱出により少なくない犠牲者を抱えたアカツキの兵士二人が、通路の壁に凭れて愚痴を交わしている。
もうじき、彼等も出兵する。会話を投げ掛けた兵士の視線も下を向き、弾倉マガジンの数を数えては頻りに突撃銃クズリュウのグリップを握る。いずれ来る『番』に対しての怯えを堪えようとしているのだろう。
一人は腰を掛け、人差し指と中指の間に挟んだ煙草の燻った火を、ただただ見つめている。
「……なぁ、聞いてんのかよ?」
「答えた所で、意味なんてねぇだろ。……俺等は繁栄の為の歯車だ」
「ったく…そうじゃなくてさ。お前個人はどう思ってんだよ?」
呆れたのか、乱暴な口調になる兵士。遂に下を向いていた視線はもう一人の兵士に注がれ、数えていた弾倉マガジンをその手に突き出した。
「馬鹿らしいだろ。俺達には隠されてたお国の都合を取り返す為に、その命散らせってのはよ。忠義がどうこう言ってる割には、アッチが忠義を果たしてねぇ!!」
「………………」
「俺の死にたくねぇよ……。戦争で活躍出来るようなタマじゃない、俺は選ばれない側の人間だ!
ただただ人の心が分からない、俺達なんてどうでも良いと思ってる連中に殺されるんだ…!! それを拒否する事も出来ないなんて…ふざけた話があって溜まるかよ!!」
━━誰も、彼等を見ない。何故なら、兵士は歯車だったのだから。
「……俺も、死にたくねぇな」
「……だよな?」
「どんな国に生まれようがな。此所で親の腹から生まれたからにはそうそう死にたいなんて、思えねぇだろ?
だから、『ふざけんな』よりも、悲しいってのがデカいかな」
歯車は周りを気にしない。壊れれば止まる、壊れなければ我先にとも我関せずともならず、ただ流れに身を任せて役割を果たすのみ。
そんな中で、名も知らぬ彼等は至極、人間だった。
結局、彼は煙草を一服する事もなく、地面へと落とした。
━━なんの因果か、その直後に『出兵』を知らせる号令が奏でられた。
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刃が交差に火花を咲かす。一手と一手が交錯し、息つく間も無く攻防は続く。
『やせ我慢』など、とんでもない。目の前に対峙する優男は━━
「(両腕に腕が少しでも掠めればそれだけで致命傷だッ…!そもそも野郎…手加減してやがるッ…!?)」
鬼気迫るスオウを、涼しく凌駕していた。両腕の青い揺らめきに照らされた彼の表情には、疲弊も焦りもない。動きも、戦闘のスタイルもスオウの物とは異なっている。それも確かにあるだろう。
だが、彼はスオウに対して、何故だか手心を加えている。本来の彼であれば、例え突き出された武器が『錬鉄』であろうとも両断する事ができる。
「……アタシはもう、テメェの知ってるスオウじゃない。
敵にまでなって手加減なんてしてんじゃねぇ。 『戦う時は侮辱しながら』がテメェのやり方か!?」
そこにどんな道理があろうとも、戦場でこのような形の『情け』を掛けられる事は、彼女にとっては侮蔑でしかない。屈辱でしかない。首を捉えた斬撃の末に起きた鍔迫り合い、その耳元で彼女はアサギへと糾弾した。
「いちいち吠えるな。……僕は僕の考えの元、こうして戦っている」
「あぁ…!?」
「気にするな。それよりも新しいお仲間がいるんだろう? …精々死に、急ぐなよッ!!」
払い除けられる。力任せに太く弧を描くアサギの一振によって、軽々とスオウは宙を舞う。だが彼女とて破綻者としての誇りは捨てていない。
宙を足場として『跳躍』を繰り返すスオウ。五回程袈裟を刻んだかと思えば、既に着地して上がる息を整えていた。
「はぁ……はぁ……っ」
「━━加勢の必用は?」
「要らねぇ…。 アニシモはそのまま労働力の指揮だ。上で何が起きてるかも分からねぇし、情報は欲しいから偵察にも行って欲しい」
「注文が多いわよ…。━━分かったわ、任せて」
背後の影。快活ながらも同じく鬼気迫る時を過ごしている者の声がすぐ後ろから聞こえた。視線の先に立つアサギを見据えながらアニシモへの要望を伝えた彼女は、再びカマイタチを強く握る。
アニシモ自身もそれを了承。見据える先は同じく、青い揺らめきを手に宿す剣鬼。スオウが脚力にモノを言わせて突貫したと同時に、その姿を戦場の背景へと眩ませた。
『来る……来ちまうっ…!!』
『ちくしょうっ……寝返りやがって……!!』
「…………」
景色が、ゆっくりと見える。
弾倉を突撃銃に装填する手が震えている。見張った目からは涙が溢れている。
最前で自身を捉える兵士の後ろで怯え、どうにか生き長らえようととする、かつて同じ国の下で暮らしていた者達。
その赤い髪は、今となっては敵として迫る可視化された『死』にしか見えていないのだろう。繁栄と為とはいえ、やはり皆同じだ。『肉』となって死ぬのは嫌なのだ。
『イタイのは悲しいこと』、スオウも草臥れる程聞いたトクサの言葉が唐突にフラッシュバックしたからか━━
「………手加減は侮辱でしか無かったんじゃないのか?」
「っるせぇ、アタシの親友が止めたんだよ」
首に到達する手前、突き出した筈のカマイタチの切っ先は力無げに地面を見つめていた。皮肉交じりの一言が互いの頬を掠める。決して藹々(あいあい)としているわけではない。
けれども、『血』をこれ以上流さないと、彼女は宣言した。宣言の末に描いた一文字は、相対する中心の埃の全て払い除けた。
「━━サシで勝負だ。これは、この時に限っては殺し殺されの戦争じゃねぇ。果たし合いだ。勝敗は必ず、すぐにでも付く。……だから兵士等は、好きな方を応援しろ」




