67.研磨を経て英雄となる
硝子で隔てられた先、剥がされた『ツギハギ』のような何かがあった。渇き、くすんだ色味をした濃淡の分かれた赤色の合間、僅かばかりの見えたのは何処か見慣れた薄橙。
放逐されている? 晒されている?
用途、目的、そんな理屈が分からなくなる程、拒絶したくなる程。『肉』を感じさせる物だった。
何故拒絶したがるのか?
それは恐らく、きっと。あの残骸、残滓の元が『人の形をしていた』事実を、それを見つめる少女は呑み込めてしまったからだった。
「………」
硝子の上をなぞられる指が薄く膜を作った。抱くべきではない憐憫を抱き、血染めは対称的な彼女の青い瞳に反射する。
そこには彼女以外誰も居ない。反響の一つもない、耳の詰まる重い静けさの中。ふと右を振り向く彼女の視線の先には━━
「……元気そうで何よりだよ、こんなところで何をしているんだい?」
かつての同じ居場所で時を過ごした友達が居た。…だが、今は違う。彼女は彼の、『クロガネ・ホーマ』の犯した罪を知った。
「…クロガネさん、正直に答えて。
これを貴方は『望んでやった』んですか?」
血染めの乾いた塊は、『破綻者』と呼ばれた存在の成れの果て。生まれ持った血筋に組み込まれた『生態』の軍事利用をこの国でも行っていた。それ故に生態実験、兵器転用等にも利用こそされていたが『こんな様』には絶対にしない。アカツキは後世に継続させるべく歯車の在り方を尊重するからだ。
そして、これを実行したのは。実行の手助けとして尽力したのは、かつての仲間であるクロガネ。彼は虚ろな瞳に隈を浮かべ、何処か不適に笑っていた
「こんな…使い捨ての素材にする為に、貴方は奔走していたのですか」
「……どうだろうね。でも、こうしないといけない気がしたんだ」
「そんな物はありません。……人の命まで利用して彼に力を貸した末、完成したのは怪物を越えた災害です。
━━何かなろうとする方法を、これ以上間違えないでください」
彼女自身の切願か。それとも彼女に『投影』された幾つもの影の願いか。 国に家族を殺され、自らの居場所を失った末。彼女に与えられた権能は、文字通り『全て』を見透かしていたようだった。
「…それは他人に判断される物じゃないよ。僕にとっては…意味のある事だから。君はなれたんだ。僕と違って。だからもう、二度と僕の気持ちは分からない。
トクサは兵器。スオウは破綻者。リンドウは年長者。……そして、君は『英雄』となった。僕だけだ。僕だけが何者でもないんだ」
彼は震える声で、ルリに訴える。流す涙はとうに枯れ、情緒のサイクルで己をひたすら焼き付くすように、彼は言葉の節々に皮肉と悔しさを滲ませていた。
「━━おめでとう、ルリ・ベルトロール。その腸に詰め込まれた優しさをそのままに、頑張って英雄としての務めを果たしてくれ」
静寂に、不安定で覚束ない声が走る。すれ違い様にルリの肩をクロガネは掴むが、そこに激励の感情はない。『一生誰かに尽くしていろ』という身侭な逆恨みが、彼女を裂く。
しかし、それと同時。それをかき消すかの様に『何かが、聞こえた』。
耳へと届いたそれは、ふざけた宣戦布告。或いは転覆、暴露の類い。嘲笑い、支配し、屈服させる悪意。何処まで本気なのかは知らないが、声の主はこの国の外へと進撃するつもりらしい。
━━既にクロガネは居ない。再び戻ってきた静寂の中、彼女は『強くされた』眼差しで扉を開いた。
「私が、止めなきゃ」
己の決断で与えられたモノは『英雄』と呼ばれる能力。彼女は自らの精神性を、剣として振るう者。




