63.似た者同士な二人(2)
「……ワカバ、ワタシの名前は分かるのか?」
「うん。該当する名前。『トクサ・アグリース』…あってる?」
「うん。…ワタシははじめて聞いた。キミのなまえ」
「当然だよ。皆が君の事を知らなかったように。只君も僕を知らなかっただけ」
単調な会話。少女の内包する特異性や、自身が何を保有しているのか。行使出来るのかといった意外性はなく、かといって日常的でもない。問い掛けにただ返答を送る、機械的な会話だった。
近い内に人が死ぬ。クレランス、アカツキ、ローライト、国を問わず、絢爛を着飾った者も武勲を経歴に刻んだ者も、ただ毎日の中、自らと隣人の向かえる明日の無事を願う者も。
これから迫り来る理不尽への対抗を免罪符に、全て。彼女達が主体となって殺すだろう。
そう考えると、共通の境遇にある二人の淡白な会話には、何処か儚さを帯びるものもあった。
「ワカバ、『ソラ』を知ってるか」
「……知識はある。どんなものかは知ってる。けど、君のいう空は恐らく。もう見れなくなったモノだよ」
悟ったようなワカバの瞳も、トクサと同じ色をしている。しかし、彼には強い陰が確かに存在した。輝きを失っていないだけで、何もかもを透徹して見つめる彼は現在しか導き出せない。
曇天が、天井に鎮座する現実だった。僅かな切れ目も無く、常に雷雲のような黒灰の壁が横に続く、外側の世界にとっての『空』だった。
「違う。…ソラはある。あの白い天井ですら、ワタシにはみえなかったモノ。 あくまで見れなくなっただけ、ならば見に行けるトコロまで、行けばいい」
首を振るトクサ。 現実を前にしても。少女の翡翠色の瞳は、依然としてその先にある碧色の果てを映し出している。語るものが絵空事を否定しようとも、彼女に諦念も喪失も発生しなかった。それがトクサとワカバを大きく隔てる違いだった。
「……僕にとって。感情や言葉はツール。希望的観測は無駄。会話によって賄われる情緒や知識ではなく、予め登録されたデータベースに沿って言語を解する。ある種、会話は僕にとっての検索結果を伝える為の手段」
「━━それなのに。今、僕は。合理的ではない君の考え方を、キレイだと思った」
希望は現実から最も遠いモノ。対極にある単なる願望。ワカバにとってそれは手を伸べる必要の無い、言うなれば『割れたガラス』のようなモノだ。
何故、無価値なモノに執心する?不必要だと切り捨てずにいる? おかしな事に、ワカバはトクサに糾弾する事が出来なかった。ベースが同じで、疑問の種は十二分に足るというのに。
━━何処か乾いた、『見てみたい』という好奇心が。彼の合理性を上回った。
「きっと。キレイなんだろう。キミのいう『ソラ』は」
彼は絵空事を見たことが無い。それは彼のみならず、この世界において殆どの人間にいえる事だ。誰も知らない雲の向こう側に、何があるのか。 たった一人の少女の願いはその友人に伝わり、また一人。空の碧さを切に願う者を増やしていた。
トクサのたった一度の頷き。その後、再び二人の間には沈黙が走る。
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「……アイツも連れていくか?」
「可能なら、皆で見に行きたいね。……でも、それは敵わないだろう」
耳を側立てていたウスズミとスオウ。彼女の中の蟠りは、沈黙の中へと霧散していた。…空への願いが芽生えた彼を『異物』とは思えなくなっていた。




