61.特異性を保有する少年
駐屯地の門を潜り、薄暗い廊下を渡った先にある一室。扉を開けると、二人の先客が既に着席していた。
「あーら、お疲れさん。……ホントに連れて帰ってくるとは思わなかったね、俺」
顎髭の先を指の先で撫でながら、くすんだ瞳で一行を見つめるビウス。目線は常に客人…特にトクサとスオウに向けて注がれている。
もう一人はトクサに目を合わせたと思うと、軽く微笑んで会釈をした。…それは裏返せば、『トクサ』にしか興味が無いことの表れだった。
「お前性別さえ女なら何でもアリかよ……。んな事より潜入任務の報告ァ上がってるか?」
「ん?あぁ、とびっきり酷ぇのが上がってる。一先ず目は通しときな」
「(…聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする)」
アカツキの潜入任務、それに関する書類。かつて『呑気』だと退屈を体現したような形でラヴと語っていたビウスですら、深々と目を通したかのような口振りをしていた。 …それとは別に、なるべく二人を彼には近付けないようにしようと、ウスズミは決意する。
「━━オイオイ、笑えねーな。ホントによ…。
なぁウスズミの兄弟。アンタは知ってたか?『コレ』」
「コレって……?」
手渡される報告書を、反射的に受け取ってしまう。元々所属していた軍とはいえど、彼は一介の兵士だった。
書類には再度、アカツキの現在の内情が記されている。 ……報告書には『最終連絡通達』と綴られ、潜入任務に従事した者達の最後の『足掻き』が記載されていた。
「……『アカツキ内部分裂、アマテラス指揮官『キナリ・シュレッド』の独断で、戦獣奪還の命令確認。開戦の予兆有り。アカツキ軍部内にて、一部の人工破綻者データ紛失。所在も不明であり、捜索・サルベージを実行中。
我々は発見された。………これが最終の連絡通達になる』……」
同情はしない、事実として受け入れる。……それでも、ウスズミは絶句せざるを得なかった。根差した故郷を、『故郷』だと思いたくなくなってしまった。
「仕出かした事は一先ず置いといて考えてみようぜ? アマテラスってのはアカツキの防衛隊で、キナリってのはその頭目。他にもツクヨミとスサノオがあるにも関わらず、今回の宣言はヤッコさんの独断ときた。
権限がデカすぎる。作戦指揮が可能な立ち位置とはいえど、開戦……進軍の用意まで進んでるだと?」
「繋がってるね。きっと。 …そのキナリって人はその内、『人』の枠を越える。恐らく」
静かな声は、更に周囲の沈黙を際立てた。クレランス陣営、ウスズミ陣営。双方の視線が、くすんだ若葉色の髪の毛をした青年…否。『少年』に向けられる。
一方の彼は柔らかい表情のまはま、その視線の全てを見据えている。…しかし、ただ一人。沈黙を払い、少年の双眸に対して、少女が問い掛けると、期待に花を咲かせたかのような微笑みを少年は浮かべた。
「……シュレッドは、どうなる?」
「分からない。けど、人とは呼べなくなる。あくまでも計算、演繹の範疇。事実と比較した場合。正確性には欠ける」
「問題ない、教えて欲しい。……あれは一応、ウスズミのトモダチだった男だ」
ウスズミは思わずスオウの方を見て、彼女と目があった。 それは、スオウも同じだった。面と向かい合う、背丈や髪色から何処か面影を重ねたような二人に、気圧されていた。
トクサの声は、弓の弦よりも強く張っている。聞いた事のない、今にも千切れそうな緊張を帯びていた。
「人でもない。獣でもない。不足したデータの中、該当するのは、『異形』。 災害や現象が、悪意を纏った。人の形を伴った何かに。彼はいずれ侵される」
形容不可。それが悪戯な一過性の言葉であれば良いが、その緊張は依然として継続する。 …何も言わない。言わないが、沈黙は彼の言葉の信憑性を証明していた。
「…やっぱり。同じことをかんがえてる。 ワタシは君をしらない。なのに、何処かリンクする。…キミのなまえを教えて欲しい」
継続した沈黙を翻したトクサ。部屋にいる全員を置き去りにする二人。彼女の問いに、少年はただ自らの名前を返答として投げ掛ける。
「━━僕はワカバ。『ワカバ・ヘッグホーク』。情報の類似性でいえば、君の弟だよ」




