60.錬鉄の街から見える空
「━━━━━」
目の前の解像度の低さに、ウスズミは言葉を失った。
錬鉄国家ローライト。彼らの目指したアカツキの向こう側。ゴールであると同時に、それは新たなスタート地点でしかなかった。
建造物は狭苦しく立ち並び、常に動き続ける歯車の音が四方八方を埋め尽くす。油と火薬の臭いに充満した空気中は、煤か蒸気のどちらかでモヤが掛かったように濁っている。
「なんか……あまり変わらねぇというか。 ……アレが『空』、なのか?」
トクサ、そしてウスズミの両名がそれを否定する。天井を見上げても、驚きの声は上がらない。無感情のまま、ただ崩れない常識だけが居座り続けていた。建物の隙間から見える先は、やはり窮屈で息苦しいものだった。
あの世界と地続きの空。一行は依然として、灰塵の世界の中に居た。
「(アカツキの表層から見えた空は、まさにこんな感じだったな…。)…いつもこんな感じなのか?」
「えぇ、でも仕方ない事なの。私達より前の世代の人達が、未来を省みなかった結果なんだから」
「そして、『今もなお』な。…本来、俺達とアンタ達は、あちこちを巻き込んで戦争してた間柄だ。『灰塵世界大戦』だなんて大層な名前を語ってな」
二人の語り口は、何処か『悔恨』を帯びた物だった。
「奪われりゃ取り返される。取り返された側は『奪われた』となって、また繰り返す。…虚しいよな、これは俺達にも止められねぇ人間の本能というか、生態みてーなモンだ。
報復、復讐、発展、拡大。どれか一つでも拍車が掛かっちまうと、簡単に狡猾へと走り出す。んで行き着く先は正当化の押し付けあいさ。その結果、『この有り様』よ」
彼自身も青空に焦がれているのか、それとも『空』を見たいが為に此処まで来たウスズミ達への憐憫か。ラヴは空を仰いでいた。 果てしなく続く仄暗い雲海。それは世界に根差した人間の『生態』によって生み出されてしまったと、彼は語った。
「…かつて、国は一つだったと。友人だった男は語っていた。掛け合わされた事で知識が毒となり…飽和したと」
「━━『種の融溶』の歴史はアカツキにも伝わってたか。まぁ、同じように旗を掲げて分離した大国の一つだからな。
飽和したモノの中に、恐らくは雲海を生み出した何かがあるんだろうが、それは全て思考の海に融溶した。…今となっちゃ、名前も何もわからねぇ」
誰かが考えて、誰かが残した物。毒として淘汰されたその残り香が今もなお、この空を覆っている。ウスズミの中、『アイスケ』もまた瞳を介して、空を見つめていた。
「……曇天があるなら、晴天もある筈だよな」
「あら、まるで見たことあるかのような口振りね?」
アニシモの問い掛け。ウスズミの側で少しばかりふらつく足を抑えながら、トクサが肯定の意を示す。
灰塵世界での空は、今視界に見える『それ』が全てだった。その中で『晴天』は意味を為さない、強いて言うならば文字通り『絵空事』を意味する空想の存在だった。
アイスケはその、空想の世界━━、青空の広がった世界から、此処に根付いた。故の確信が彼にはあったのだ。
「雲が地続きで続いてるとは思わない。きっと何処かに…『切れ目』みたいなものはある筈だ。 ……僕達の目指す場所は、その切れ目かもしれない」
それは、希望でしかない。憶測でしかない。晴天の意味が示す、絵空事への盲信に過ぎない。 …だが、それでも目指すと、彼はラヴと同じく雲海を見据えた。
「━━ま、好きにすりゃいいさ。それまでお互い、死なないように頑張ろうぜ?兄弟。
それより、そろそろ着くぜ。ローライト駐屯地、俺達の領域だ」




