33.決別(3)
「……特秘兵器…プロトタイプ…?」
ふと沸いた疑問の直後、キナリの突き付ける銃口の距離が縮まる。冷たい圧が緊張感へと変わる。
固まった小首を少し傾げた。彼はそれすらも許すつもりはないようだ。
「それ以上、何も話さないで貰おうか。ウスズミ。
彼女の存在……というよりも正体は、本来であれば外部に漏れてはならない情報だからね。━━今教えたのは、君の咎を合理的に清算する為の手段に過ぎない」
僕を処分しようと、彼は僕との間合いを詰めなかった。部屋の明かりが点いているのにも関わらず、彼の顔には不思議と影が差しているように見える。
恐らくは『まだ』詰めないだけだ。僕の回答を待っているのか、拳銃を突き付けていても尚、その表情には余裕が見えた。
…であれば、僕にもまだ『余地』がある。目を張らせながら奮起し、負けじとキナリを見つめる。
「…彼女は人間だ。トクサ・アグリースという、この国の兵士で、絵空事に憧れる少女だ。
特秘の兵器…?プロトタイプだと?破綻に破綻を重ねるなッ…!」
「あぁ、人型にはしたよ。ただあくまでも『表面』だけを整えた状態で、勝手に本質を晒して学習したのはソレだからねぇ。お陰で目立つ肌色と呼びづらい名前に定着してしまったし、困ったものだ」
「彼女が人を喰らったとでも言うつもりかッ!!」
上等兵と中将。天と地、或いは雲海と泥沼。立場の境界を擲って、彼に対して強く咆哮する。全身を強く打つ麻痺感が、今抱く息苦しさが『怒り』である事を知らしめてくる。
「━━━━━っ」
「……そうだけど?そんな怒る事でも無いだろう。兵器が命を奪うのは普遍で当然の責務であり、許される唯一の用途だ。逐一つまらない事に目くじらを立てないでくれ」
一閃。冷たく炸裂する、一度の破壊。目の前が一瞬だけ白んだかと想えば、聞き馴染んだ残響が僕に差し向けられていた。
それは僕の身体を傷付ける事なく、壁を穿った。状況認識は間も無く終了する。至極分かりきった結果はそれ故に質が悪い。受動的な恐怖が、僕の身体を金縛りにした。
「……君は今、見えたか?壁を砕いた鉛弾の軌跡、弾丸の色を。少し軌道が君に向いたとして、避けられたかい?」
…避けられる訳が無いだろう。と、壁に空いた穴とクモの巣状のヒビを横目にしながら、脳裏で悪態を付く。キナリはというと拳銃の弾倉を開き、弾数を数えている。
「僕達は『弱い』んだよ。ソレと違って人を喰らう事も出来なければ、破綻者のように何か特異性が有るわけでもない。白刃に晒されらば斬られて死に、的に晒されれば蜂の巣になって死ぬ。飛び降りれば勿論、落ちて潰れて、死ぬ」
間髪なく、キナリは続けた。
「ならば必然的に、抑止力とも交渉材料ともなる力が必要になる。僕達が銃と刃で武装するように、国を防衛する為の力や手段が必要となる。
自己改造型蹂躙戦獣トクサは、この国を守る為の力なんだよ。━━『プロトタイプ計画』、君に味方をする者は誰一人として居ない。無惨に晒されて死ぬのと、此処で本来の責務を果たす事。君はどちらを取る?」
弾倉を閉じた彼の足元には、空薬莢が一つ。舌鋒に圧倒され、装填していた事を気に止めていなかった。明かされる計画の名前には、幾層にも重なる『理不尽』が感じられた。
幾つもの命が、『有効活用』の大義名分に散らされた可能性が脳裏を過る。その手段がどういったモノであれ、上手く秘匿に隠れていた陰謀に、彼も荷担しているのだと。そんな屍の上にトクサが立っているのなら、キナリは僕には想像出来ない罪や咎を背負っている事になる。
━━けれども。
「………例えそうだとしても」
「僕は彼女と空を見に行く」
けれども、選択の答えは決まっている。それはただの強がりであり、最も重要視するべき使命であり、僕の怒りを鈍らせる麻酔薬とも言えた。
責務よりも感情の優先された、下層の中で交わした約束。それが僕とキナリとの対極を隔てる、決定的な軋轢となる。
……友情もまた、尊いモノだ。
しかし彼はそれすらも『必要ない』と、口にした。
その否定は、彼にとって『友人』の存在がいかに打算的であるかを示しているようだった。
「━━そんなの夢想だよ?」
嘲笑する顔すらも、一切歪む事はない。くしゃりとシワを寄せた笑顔も、瞳孔を開いたしかめ面も、此度のような優位に立った状況であっても。
━━依然として彼は、一切の表情を変えなかった。
『不可能』だと、改めて拳銃を突きつけるキナリ。次は外すまいと、僕の頭蓋を撃ち抜く軌道に銃口を合わせる。
「(……やはり、ダメか。勢い任せの無策では此処までが限界……)」
「やめろ、シュレッド」
……息を詰まらせる一瞬、目の前に介入する影。茫然自失に陥り掛ける僕を正気に戻す、一呼吸未満の合間に投入された援軍のような頼もしさが、少女の…『トクサ』の背中から見て取れた。
「━━シュミの悪い目覚ましに、ウスズミのピンチ。起きないワケないです。
ウスズミから、おしえて貰った。空は青色なんだ。黒色にも、赤色にもなる。そしてそれはずっと、みえるモノだって。
ずっとみえるモノに、憧れやユメを抱くのが、オマエ達にとって滑稽なコトですか?」
沈黙の末、キナリは拳銃を降ろし、口を開く。落胆とも驚愕とも言えない、矛盾した笑みから感じられるのは━━
「………おはよう、トクサ。その問いに答える必要はない。
記憶を『再訂』すれば良いからね」
彼女を押さえ付けようとする、懐柔の皮を被った『調和』だった。




