32.決別(2)
「……否定しないのか」
「まぁまぁ、取り敢えず彼女は降ろしなよ。身体に負担を掛けたままじゃ、冷静になる事すらままならないだろう?」
追求が酷く的外れだったのか、『面白い』と一蹴したキナリは少しだけ顔を伏せつつも、顔色を変える事はなかった。この違和感は、彼の中では然程大きな問題ではないというのだろうか?
…いや、そんな事は無い。一部隊に所属する年端も無い女。しかも歩けなくなる程衰弱している状態である彼女を此処まで連れて来るのはやはり不自然だ。
ましてや目の前に居るキナリは、『戦争』を理由に戦犯を生かす様な男なんだ。
「話を反らさないでくれ。君は一体、何を隠して…」
「隠してなんかいないさ」
喰い気味な回答に口を詰まらせる。……僕の知るキナリからは、想像も出来ないプレッシャーが肩を重くする。
「面白いのは事実だしね。まさか寡黙な君が、此処までユーモアを語れるクチだとは思わなかったよ」
「…………」
喉の奥を鳴らす彼からは、怒気を感じられない。しかし、その裏には間違いなく『毒気』のような何かがある。それは冷たく、気泡を潰すように僕の背中を蝕んでいく。
何処か相反している、心地の悪い空気を纏うキナリ。表情は変わらず、その視界には僕とトクサを収めている。
「一応、これだけは聞いておこう。うん、是非の判断はそれからだ。
だから彼女を降ろして欲しいな。ソファーが怪しいと思うのなら床でも何でも構わない。この部屋には特段仕掛けがある訳でもないが、なんというかね。僕が落ち着かないんだよ」
「…………」
決して納得はしていない。けれども、最後の『僕が落ち着かない』という節には、所謂『既視感』があった。その部分だけは、彼の面影を見出すことが出来た。
僕は彼女をソファーに寝かせ、その場から離れない。そんな様子に溜息をつくキナリは重そうに腰を上げ、落ち着いた歩調で僕に対峙する。
……恐らく先程重なった既視感は、彼への認識を変える境界線だったのだろう。
「ホントに頑固だねぇ」
「そういう君は自己中心的過ぎる」
「……じゃあ、聞こうかな。君は『何処まで知っている?』」
━━━━少しばかり口端を上げた後、気が熟したと言わんばかりに。等身大の深淵が露呈した。
『深さ』を推し計る事が出来ない。その問いが僕の知る彼の偶像を破壊した。
肌を切り裂く緊張感はより鋭さを増して、内側から感覚へと集約する。
「……『何処まで』という事は、彼女の裏には根深い『何か』がある。そういうことになるな?」
「君らしい返答だ。……とても賢く無い。沈黙は時として金以上の価値があるというのに。何故其処まで知りたがる?
一兵に過ぎない、支援を司る勾玉を構成する、歯車の一部に過ぎない君が、何故其処までして彼女を解放したがる?」
問われた言葉に唾を飲む。今僕のいる場所は、軍の中枢。その一角。
此処で僕が逃げようと、助けを乞おうと、『都合の悪い存在』と判断されてしまえば他愛無く、足跡も声もかき消されてしまうだろう。
━━違う。だからといって、僕が此処で黙して命を得れば、その先にはもう何も残らない。
夢で見た幻想も、描かれた絵空事も、全てを輝かしく見つめていた、たった一人の少女の瞳から『光』を奪ってしまう。
「━━黙して得る金よりも、尊いモノを知ってしまったからだ」
━━そんなモン、クソ喰らえだ。『僕/俺』はキナリを否定する。『友人』という建前をかなぐり捨て、敵として目の前の男を見据える。
「……あまり巻き込みたくは無いが、君はそういう急いだ生き方を望んでいる訳だね?」
一言一句が猛毒を帯び始める。肌を切り裂く緊張感は、より鋭さを増していく。……此処で退いてはならない。例えホルスターから拳銃を抜き、これ見よがしに僕に対して見せつけようとも、僕はトクサの前から離れない。
…優位に立つ彼の表情はずっと変わらない。まるで仮面を彷彿とさせる程、眉も口角も動くことはなかった。
「なら僕が提示出来る回答は一つ。……此処で君が本来受ける筈の咎を清算する。すなわち『行き止まり』だ。……けれども、折角助かった命。此処で無駄死にを選ぶ程君も愚かではないだろう?
考えを改めるのならば、僕達の協力に残りの寿命を尽くすという選択肢が生まれる。僕直属でも、ロマネスク中将に付き従うでも構わない。君が幾ら賢く無くとも、友人である事には変わりがない。折角の縁を此処で途切れさせるのは……なんというか、惜しい。そう思わないか?」
「……同意を求めて貰っても困る。既に僕は、君とは対極の位置に在る」
静寂。沈黙。『目立つ音が何もなく、ただ静かである様』を形容する言葉は数知れない。それでも、激しい心臓の鼓動のみが連鎖を続けるこの現象は、既存の言葉では表し難かった。
僕は彼と決別した。かつての同期、友人とは真逆の位置に居ることを示し、縁を断ち切った。
であれば……、彼にとって、僕は『敵対者』だ。
キナリから見えないように自らの手をホルスターの近くに寄せる。
「…かつて、国という概念は一つだった」
「…?」
「民族・文化・歴史・技術。境目を必要とせず、全てが一つとなった世界には争いは訪れなかったという。その中で生まれた知識は活用され、また新たな知識を生み出し…遂には飽和した。知識とは、僕達や僕達の先祖にとって、薬であると同時に劇薬だった」
「飽和した知識は止め処なく溢れ、器は崩壊した。境界を越えた。知識と知識を兼ね合わせ、また新たな知識を生み出し続けた。愚かである事にすら気付く事が出来ないほど、知識に侵された。
だから、その昔。国はそれぞれ掲げる概念の元、毒ではなく『知識』としての価値を保持する為に、分裂した。この国アカツキは…『繁栄』を掲げる歯車として動き続ける機構国家となった。それ以外にも『進軍』を志す愚者や…『砲身』として在り続ける変わり者もいたっけな」
━━突如、語られる歴史の授業。内容はこの世界と、この国の成り立ちに関する歴史。
あまりにも突飛の無い、脈絡の無い一方的な言葉を耳に、呆然と困惑を隠し切れない。咄嗟過ぎて、口を挟む事が出来ない。それでも彼の手に握る拳銃はゆっくりと僕に対して面を上げ……
その光景に突如として、記憶が重なる。
「(これは…まずい…ッ!)」
『宇涼』の記憶が警鐘を鳴らしている。彼はこれに似た映像媒体を視聴したことがある。とある男が聖書の一説を読み上げ、男を射殺する。…そんなシーンのある著名な映画らしい。
状況を喉に押し込められた瞬間、目が覚めた様に身体が反応を示す。素早く抜いた拳銃を両手で構え、臨戦態勢を整える。
「僕達は繁栄の為の歯車だ。国が国として、このまま存続を繰り返す為の消耗品だ。先人の『そうあれかし』という願いを数珠繋ぎに先へ先へと送り続けた結果、僕達の身体の中にある不可視の『ブラックボックス』に刻まれた。」
「君の考え、行動は、先の時代から紡がれ続けてきた願いを否定する物だ。繁栄を妨げるガンだ。歯車に『尊さ』に準えた感性は必要ない。考えを改めないか?それがアカツキ国に住まう、軍人としての在り方だ」
…今まで見てきた彼は何だったのだろうかと、ふと脳裏を過った。喜怒哀楽の薄い奴だとは思っていたが、此処まで無感情に微笑みを浮かべるような人間ではなかった筈だ。
「キナリ…彼女は…トクサは何者なんだ…?何を君がそうさせた?」
拳銃を突き付けながらも、気がつけば脳に飽和した言葉は、ただ口から漏れ出していた。
「彼女?…あぁ、『ソレ』に対しての感情は捨てた方が得だよ」
「……何だと…?」
彼の口振りが変わる。今まで抱いていた『友人』という肩書すらも払拭する程、途方もなく『不信』に満ちた声。本来あるべき姿だと、この側面が彼の本当の顔なんだと、声なんだと。寸分も信じて疑わなかった。
「ソレ、『兵器』だからさ。軍の特秘とする『自己改造型蹂躙戦獣』。
生命のブラックボックス……『継承記憶体』を喰らって己を造り替え続け、取捨選択し、学習する。今この軍が運用する、戦獣兵器全ての元になった『プロトタイプ』なんだよ」




