34.覚悟
記憶。絶対不可侵である領域を再訂すると、彼は躊躇いもなく言ってのけた。彼の調和は決して秩序立ったモノではない、『統率』や『調教』で取り繕った邪なモノだ。
どうあってもトクサを手中に収める。兵器として、切り札として、道具として。収めた上で、人としての彼女をキナリは━━━
「……させると思うかよ、外道が」
そんな事が許せる訳がない。彼女はもう『人間』だ。人の記憶をどうこうする、ふざけた倫理観を許してはならない。『俺』はウスズミの片手を叩いて、立ち位置のバトンを受け取る。
吐き捨てると同時に拳銃を抜く。拮抗状態を作らなければまずやられる。今はトクサが良くも悪くも『盾』として、俺の前で奴に牙を突き立てている。
が、それでも奴には『中将』という肩書きと、それに連なる権威の壁が存在している。命を互いに晒す状況でやっと、対等になるだろう。
「冗談キツイなぁ。拳銃を突き付ける意味、一つでも分かってるかい?」
「早ェ段階で抜いたのはお前だ。俺はそれより後に抜いた。それだけの話じゃねぇか。……伊達に修羅場を潜ってねーぞ、此方も」
……と、啖呵こそ切ったが、嫌な汗は容赦なく背中に滲む。まるで今の『俺』が分かっているかのような、琴線に無理矢理触れるような感覚に襲われる。…一歩でも動けば、間違いなく奴は引き金を引くという確信がある。
『━━その確信の裏を突こう』
「(……!)」
━━聞いた事のある声。いや、覚えや慣れの領域を越える、そっくりそのまま自分の声が幻聴のように脳内から聞こえてくる。
…自分の境遇は分かっているつもりだ。であるならばこれは幻聴ではない。……俺は知らぬ間に口に笑みを浮かべ、側に感じた『ウスズミ』の手を掴む。
「━━━トクサ、来いッ!!!」
「………!!」
叫ぶと同時に突き出した右腕は僅かに重い。それでも振り回されるのを堪え、硬い引き金を目一杯強く引く。
━━支えていたつもりだが、右腕は反動に耐えられない。衝撃によって痛みを通り越し、感覚が消え失せ、硬直する。
されども、放った炸裂榴弾は壁の一部と扉を、物の見事に吹き飛ばした。故に生じた、奴の『隙』は見逃さない。
「ッッつ………行くぞトクサ!!」
「分かった。…シツレイするぞ、シュレッド」
「言ってる場合か!」
銃撃の音の所為で少しばかり耳が遠いが、周囲のけたたましさは分かる。衝撃と熱で異常発生を知らせる警報が鳴り響いている。此処までやらかしておいて長居する程、気が触れてる訳でもない。
俺は左腕でトクサの手を掴み、まだ少し燻る扉の残骸の隙間を走り抜けていく。
「━━愚かとは言うまい。君達の旅に、祝福を」
部屋に残るキナリは、その姿を見ながら、表情を変えずに。そう呟いた。
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「(……これしか方法が無かったとは言え……やはり榴弾は苦手だ。いくら小型化しているとはいえ、消音器が意味無くなる位の発射音だ。まだ聞こえずらいぞ……)」
足音と警報が、遠くからくぐもって聞こえる。鼓膜に与えられる衝撃は覚悟していたが、それでも不安要素を残す位には自身の感覚に爪痕を残した。右腕もこんな短時間で治る訳もなく、僕の手には未だにオニビから手を離すことが出来ない。
この連絡通路を渡り切りさえすれば、元来た道を辿って第8班まで戻る事は出来る。後少しで……
「正気か?」
予想していなかった声に、ふと足が止まる。出入り口のすぐ横へと目線を移すと、腕を組んだロマネスク中将が壁にもたれ掛かっている。
トクサはいつも通りの調子で挨拶を交わすが、彼は言葉を返さない。沈黙と同時に、僕との距離をゆっくりと詰めてくる。その様子はトクサにとっても見慣れないモノなのか、彼女は再び僕の前に立ち塞がる。
「お前達の仕業だろ、この騒ぎ。……何やったのか知らねェが、大方手元に連れてるソイツ絡みの厄介事だろ」
少しばかり飄々とした彼の印象を裏返す、透徹した彼。僕達二人から目を離さない声は、遠巻きに聞こえる警報をかき消すようだった。
……意識が彼に集中すると、不思議と口が開き始める。
「……その通りです。けれど、此処で止まるつもりはありません。申し訳が立ちませんが、どうか道を引いてください。
……もし、貴方も『国を守る為には兵器が必要』だと宣うのなら……僕も腹を括りますよ」
晒け出す。自ら露呈させる。刮目せよと言わんばかりに、二人目の中将へと対立を示す。開いた左腕に拳銃を移し、右腕を支えに突き付ける。
けれども、震える右腕に視線を移した彼は、溜め息と沈黙の後に続ける。
「それの何がおかしい?人は間違っても強い生き物ではない。武器の威を借りて強者だと語るのは傲りでしかない。
守る立ち位置にある存在は兵器であれ知識であれ備えている物だ。対象が大きければ大きくなる程、それらが無ければ守りは儘ならない」
「救えるのか?限られた選択肢しか存在しないお前が、国に等しい秘匿の塊を。……何処まで渡ろうが、辿り着く先は灰色しか広がらんぜ?」
宣戦布告と受け取られても可笑しくない失言に対して投げ掛けられたのは、『問い』だ。『僕はトクサを救えるのか』と。
僕が彼らに対して、まだ何かを隠していると踏んでハッタリを噛ましているか、無策のまま狂行に及んだ事を叱責し、嘲笑う事が目的か。
「……きっと僕では救えない。けれども此処で引いてしまえば、彼女は二度と空を見る事は出来ない」
「幾ら蹂躙に特化していようが、交渉材料になろうが、たった一つの願いを抱いて使い物にならなくなるのなら、もうそこで計画は終いだ。その時点で彼女はただ空を見たいだけの少女なんだから。
僕は何があっても、その願いを尊重すると決めた」
━━答えはNO。彼の人と為りにはキナリのような、渦に巻かれた不気味さを感じなかった。追い詰められている筈の僕にすら、彼の言葉は澄んで染み渡るようだったから。
拳銃を降ろす。なんとか動くようになってきた右手でホルスターへと仕舞おうとするが、未だに実感が失せ掛けている。案の定、音を立てて拳銃は床に落下する。しかしそれをトクサが拾い、僕のホルスターへと仕舞う。
…回収する事なく見つめるロマネスク。先程とは異なった声色…少しばかり抑揚の付いたトーンで僕へと返答する。
「……なら決定して後悔する事だ。選択には責任が伴う。理想を簡単に通してくれる程、この世界を包む灰は薄くない。
今日まで苦楽を共にした仲間が敵に変わる。その身体がかつての同胞の血飛沫に染め上げられる事もある。
『空を見る』…その行為の為に何人の屍が重なるか。その言葉が一種の呪詛となることを忘れるな」
「………!」
…それは中将なりの激励か。それとも敵として見据えられたか。回答を得る間も無く、深紫の髪色は、警報の音と共に奥へと溶けていった。
4歩目 終




