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19.理想の玩具箱




━━━━━━━━━━



 反響する複数の靴音。ゆっくりとした歩幅で、戦根を担ぐ男は僕達を先導する。


 彼は『僕達を人通りの多い区域へと案内する事』を約束した。腑に落ちた様子では無い物の、彼の味わった痛みはそう易々とは消えないのだろう。今も尚、彼はその手に握る戦根を僕達に振るう事は無かった。



 「………………」



 トクサは先程から顔色が優れない。……もしかしたら裂傷から何か入り込んだのかもしれない。



 「トクサ、背中を貸そうか?」


 「………問題ない。体調面、オールグリーン」


 「には見えないが……」



 図星を突かれ、というよりもすぐに切り返され、ほんの少しだが彼女はたじろいだ。



 「……トリオン、クジャ、サルベント、スオウ、クロガネ、ルリ、リンドウ。 ……みんな、心配」



 そして、彼女の抱く不安が表出する。抱えた言葉を口にした瞬間、『オールグリーン』と口にした彼女の顔は少しずつ、青ざめていた。



 「……きっと、大丈夫さ」



 僕は彼女を励ます事しか出来ない。直接トクサのみを送り出す手段は無いのだから。







 「後数分で着く。そこでアンタ等とはおさらばだ」


 「あぁ、すまない。恩に着るよ」



 彼の態度から透ける悪態を受け流しながら、人為的に作られた急斜面を登る。周囲の環境には急激な変化が見られた。


 使い込まれた布地のシートが所狭しと壁際に並べられ、コンテナとドラム缶の上には飲み掛けのボトルや吸殻の入った灰皿が、無秩序に野晒しとなっている。そんな生活の痕跡が、宛ら『脱け殻』の様に物寂しさが奥まで続いていた。


 鼻に届く僅かな他人の匂いも、飽和する湿り気の混じった砂の匂いにかき消される。歩く度に繰り返し、繰り返し。人と土の匂いが交差して僕の鼻腔を埋め尽くす。



 「これは…?」


 「『根城』さ。……落ちぶれたならず者のな。半分はアンタ等に捕まった。残り半分は出稼ぎで…俺等は周辺警備ってところだ」


 「………I=O=A、とやらの拠点か?」



 僕の問い掛けは、どうやら彼の肝を潰してしまったようだった。頭を掻き、回答に困った表情を浮かべながら、男は続ける。



 「……いいや、もう言っちまおう。俺も逃げた奴等もI=O=Aじゃねェのさ。単なるゴロツキが『反国家組織』の名前を借りてエラい顔して振る舞ってたってだけさ。


 でも、恥ずかしいなんて思っちゃいないぜ?そうやって生き長らえて此処に……」



 ゴロツキが発言を止める。目線の先には、黙して手を挙げるトクサの姿があった。



 「えーっと…。何?」


 「I=O=Aって、なんだ」


 「おいおいおい! 軍人サマが反国家組織を知らないのはまずいんじゃないの?」



 吹き出したかと思えば、消沈した彼の気概が僅かに活気を取り戻したようだった。置いていかれた彼女はキョトンと、頭上にはもれなく『?』が一つ、ふわりと浮かんでくるような表情で僕の方を見つめていた。



 「彼女はまぁ…色々と訳アリなんだ……。許してやって欲しい。


 それに、反国家組織は表層区街では陰すらも見えない。僕も名前を聞いたのは初めてなんだ」



 『問題』として向き合った事はあったが、その実は明確な存在として『反国家組織』と遭遇した事は無かった。『I=O=A』という名称も、彼等の口から聞いた事で情報は合致した。


 『自由と平等を求める解放軍』を自称する、国に仇成す犯罪集団。"よくある『反乱軍(レジスタンス)』の像だなと、かつては実像の見えなかった存在故に気に掛けることはなかった。しかし、地下居住区においては大きな力を保有していると察する事が出来た。現に虎の威を借る形であっても、それ程までの信用と畏怖を確立しているのだから。



 「んー…まぁ良いか。(そっち)の内情に興味有るワケじゃないし」



 此方に振り向いていた彼は再び前を向き、歩を進める。彼の言葉通り、物の3分程で『営み』の音が聞こえてきた。


 

次第に姿が露になる。…かと思えば視界は様々な色で埋まり『白』に帰結する。


 全てが極端で、0と100しか其処にはない。決して目には見えない表の世界に抱く希望を、幻想を描いたキャンパスを繋ぎ合わせたかのような、都合の良い形を願う世界。


 『理想の玩具箱』、それがこの世界を形容出来る言葉だった。



 「━━━━━」


 「わぁ……。凄い、きれい…。…キラキラしてて、こんなの初めて」



 極彩色が、彼女の瞳の緑を侵す。侵した上で爛々と輝き、虹色になる。…きっと、その時の僕の瞳も、虹をその瞳に写し出している事だろう。


 しかし、何故だろうか。『僕』にも『俺』にも、この街の在り方は偽物にしか思えなかった。虚飾が膨満した視界をメッキと読んでも差し支えの無い偽りだと、根拠の無い確信が支配していた。



 「案内するのは此処まで、後はアンタ等で頑張って探してくれ」


 「…分かった。ありがとう。ええっと……そういえば、名前を聞いてなかったな」


 「名前なんてねェよ。……落ちぶれた俺等には、『勿体ない』んだとさ」




 意味深な一言に、疑問の芽が顔を出す。その真意を聞こうとする前に、彼の姿は洞窟の奥へと消えていった。


 飄々としたニヤケ顔は何処へやら、それすらも彼を彩る仮初めだったのか。『勿体ない』と恨めしく吐いた男の目付きには、対比したかの如く『何も感じられなかった』。


 『営み』の喧騒は僕達を引き止め、引き立て、引き寄せようと止むことはない。それなのにも関わらず、不思議と静寂を強く感じる。そんな僕は外の華やかさに見惚れるトクサとは対照的に、僕何故だか後ろ髪を引かれ、言葉を失っていた。





━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━


━━━━━


━━





 「ふぅーーっ…………」



 『K-Nit』と書かれた箱を握り締め、艶やかに地下を照らし続ける街明かりを眺める。紙筒を口に加えるその姿は、実に退廃的だと、僕自身も思う。


 身体の疲労は精神の磨耗で誤魔化し、華やかな光の大きな陰となった建物の裏手で、僕はこの世界の嗜好品であるタバコを吹かす。胡蝶の夢の『宇涼(うすずみ)』は煙草を嗜む事はなかったが、それは単純に値段が高かったからだ。


 ……けれども、このタバコも紛い物だ。彼方の世界では専用の植物の名前がそのまま嗜好品の名前となったが、此方の世界の『タバコ』は、過去の時代に融溶した情報の残骸として宛がわれただけの名前だ。味だって、草よりも紙に近しい。



 「………。(けど…この陶酔感からはどうにも逃げられないな……。やれやれ……)」


 「ウスズミ。美味しいのか、それ」


 「……トクサにはまだ早いよ」



 歩こうとすれば身体は震える。


 支えているのは唯一つ。僕の精神力だけだ。

頭も、少しだけ冴えたようだった。彼の言葉の引っ掛かっていた箇所を、何とか削る事が出来た。



 「(少なくとも、この地下にも僕達と同じ『軍人』は存在する。こんな街中なら、確実に巡回している者が居る筈だ)」

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