18.I=O=A(2)
「悪いが…僕達は何も持ち合わせていない。生憎、望んで此方にやって来た訳では無いのでね」
『爆発に巻き込まれて落ちてきた』と馬鹿正直に伝えた所で、銃口を差し向ける男達はそんな世迷言を聞き入れる事は無いだろう。 理由は簡単だ。彼等は経緯をではなく僕達の所持品を欲しているのだから。僕とて生命線となる道具を渡すつもりはないが、少なくともこの状況を打破する為には彼等を僕の『レール』の上に乗せなければならない。
「はぁ? 関係無いよ。腰のホルスターにしまってる拳銃。手前やガキの着ている軍服。全て此方じゃまぁまぁな金になる。ルートによっては相場の二倍、三倍にもなるかもしれねぇ。 此方こそ生憎ってヤツだ。手前が考えている程此処は潤っちゃいねぇんですよ。軍人サマ」
男の薄ら笑いが剥がれる事は無い。が、『何も持ち合わせていない』という発言に対して彼はあからさまに恨み節と皮肉を鱈腹乗せてきた。
ここまでは狙い通り。少なくともこの三人は『軍』に対して良い印象を持っていない。僕達とは対称の位置に在る。
目の前の男の隙を伺い、背後の二人も目視で確認する。ライフル銃自体が二人の表情を隠していて確認は出来ないが、それは彼等に照準を下ろす意思がない事を示していた。…志は同じということだろう。
「……まぁいい。取りあえず立ってみようや。言っとくけど抵抗しようとか思わないでね? 街はずれとは言えど殺すと色々と面倒なんだよ。死体の処理とかさ」
今の今まで、彼の口から僕達に対しての明確な殺害予告はされなかった。武器を携えようとも、僕達の心臓の根っこを掴みながら恫喝していようとも、彼の求める物を差し出せば命を奪う事はしなかっただろう。
しかし、その化けの皮は今剥がれようとしている。暗に示唆するのではなく、明確に。少なくとも僕に対しては『殺す』と明言した。それはきっと『これ以上怒らせるな』という警告と苛立ちの表出なのだろう。
「………どうしよう」
「分かった。分かった……。君達の言う通りにしよう」
トクサは、見えない白刃を首と眼前に突き付けられている僕を不安そうに見つめ、それに後押しされたかのように名前を告げる。が、そんなトクサを後目に彼女の発言を遮る形で僕は立ち上がる。
両手を天井まで伸ばし、男達に対して抵抗の意が無い事を示す、降伏の様相。…銃を取り扱っているのであればこの動作の意味位は知っているだろう。
「おーけーおーけー。話が早くて助かっちゃうねぇ。んじゃ━━」
今、男との距離は肩まで手を差し伸べれば簡単に掴む事が出来る。彼は二~三歩、後ろに向けて歩みを進め、
━━僕を見据えると、その身を翻した。
「……………」
「一先ず…そこに武器ィ置いてもらおうか?」
鈍重な質量を持つ戦根が、目の前で振り下ろされた。冷たい空気の隆起が、目の前の現象とは対称に優しく、僕の顔を撫でる。
男は『そこに置け』と戦根の槌を矢印代わりに床を”コンコン”と指し示す。当たらない距離を計算したか、それとも武器の間合いを知っていたか。偶然か。僕自身にプレッシャーを与える為の戯れを見せつけられた。
ニヤけた彼の面は、次第に邪を帯び始めている。先程までは何処か淡々としていた筈なのに、僕に向けた敵意が滲み始めた彼の表情は、『威嚇』とも受け取れる程だった。
「…………」
刺激する事は得策では無い。彼の態度に一瞬だけ従属する。
腰に巻いたホルスターごと拳銃を取り外し、彼の指示通りに岩肌の床に置く。…目を引く物なのか、彼の視線は拳銃へと落とされる。
続けざまに右の手を鞘ごとファイティングナイフを差し出す。……結果は同じだった。この区域の治安や流通は詳しくないが、彼等の恍惚な表情で確信する。
「ほっほぉ…流石軍人サマはイイ物使ってんだねぇ…? ローライト産の錬鉄拳銃とナイフなんて、地下暮らしじゃ殆どお目にかかれない代物だぜ?」
錬鉄特殊拳銃と、同じく錬鉄を用いたファイティングナイフ。希少価値のある宝石や金銭の類を渡した訳でも無いのに、彼等の見開いた目は釘付けにされる。錬鉄を用いた軍の装備というのは地下居住区では大いに価値のある物なのだろう。
隣国の資源都市『ローライト』は質の高い鉱石の取れる、この世界では珍しい鉱山都市だ。アカツキはこの国と同盟を結んでおり、精製される純度、強度、共に申し分無い『錬鉄』を用いた装備を開発する事が出来ている。
彼等からしてみれば、入手するルートが限られている宝物が、突如として目の前に転がり落ちて来た事と同様なのだろう。
「………すまないな」
ならば、此処が好機だ。
「あ?」
一度目線が下に落ちた。その時点で拘束は意味を為さない。
一度宝物に身体が屈した。その時点で牙は意味を為さない。
定石から外れる行動は時に称賛されるが、少なくとも今回は悪手も良い所だ。
――僕は、釘付けになった男の顔を強く一蹴した。
「ぐふっ……!?」
強く肉を打つ…というよりも、骨と肉とが相反する音を互いに響かせ、その中間には彼の中から噴出したかの様な水気の強い音が聞こえてきた。…蹴り上げた手前言うのはおかしいと思うが、痛々しい音だ。
痛みに悶絶する男。戦根はその手から外れ、ガラガラと強い金属の反響音を洞穴に響かせる。たったの一撃だけの、『想定』から外れた戸惑いはすぐにその場を支配した。
…ふと、此方の命を握り締めていた銃口の一つが、僕を見放した。ならば今の内に『無力化』をするのは容易い。
鼻を抑える男の身体を拘束する。人間の身体構造を利用し『動く事を想定していない方向』へ圧力を掛けながら。肩へと跨り動きを封じた上でナイフの切っ先を首に突き付ける。
苦悶と激痛を表情に滲ませながら、男は必至になって足掻く物の、僕はその度に切っ先を強く、強く、彼の首に突き立てる。
「…別に軍人だから偉そうにするとかじゃないが、徒党組んで武器携えればどうにかなると思ったら大間違いだ。武器を捨てて逃げるならば、命までは奪わない。どうする」
柄にもなく声が荒立つ。ナイフを握る五指に力が入る。眼前の男二人は、少なくともまだ僕に向けてライフルを構えているからだ。
ライフル銃を構える内の一人も声を荒立て、僕に向けて吠える。
「ふっ…ふざけるんじゃねぇ!! 俺達『I=O=A』が軍の言う事に屈すると思うんじゃねぇ!!」
「…震えた腕。恐らく弾薬に余裕の無いライフル銃。当たれば万々歳だが…仮に。ソイツが外れて弾が切れた後、君達は他に何か出来るのか?」
冷静に、冷静に。淡々と事実と推測を交互に述べる。
決して情に訴える事は無く、『これ以上戦っても勝てない』という自覚に気付くまで、僕は彼等の戦力を言葉で削ぎ始める。
「そっ…そそそッ…それならば二人掛かりでッ…」
「二人程度なら武器が無くても対処出来る。素手なら尚更だ。…もう一度通告する。徒党組んで武器携えればどうにかなると思ったら大間違いだ」
その時の僕がどのように見えたのか。鏡や水面が無い以上それを確認することは出来ない。
しかし、二人に視線を移した瞬間。彼等は震えた腕からライフル銃を手放し、僅かな狼狽を見せたかと思うと、その場から洞穴の奥へと、二人して我先に消えていった。
「……君も災難だね。先に逃げられるなんて」
「たっ…助けてくれっ……もう…腕がっ…」
「大丈夫だ。約束は約束、命は補償する。……ちなみに聞きたい事があるんだけど、それに答える気はあるかい?」
「やっ…約束するっ…早く…」
男の顔には鼻血と涙とが交互に滲んでおり、腕の痛みも相まって既に身体の許容出来る痛みを超えているかの様だった。諸々の意思を喪失していたように見えた。
先に手を出してきたのは彼等だが、かといってこうなってしまった男一人の尊厳まで踏みにじる進程僕も落ちぶれてはいない。彼の身体から降りて、地面に落ちた鞘にナイフの刀身を収め、ホルスターと共に正しい場所に再度、装備する。
━━これでやっと、少し前進出来そうだった。




