青鱗の龍と地下水道からの脱出
モーターボートが地下水道を進み、霧を突き抜けていく。
「牙城ちゃんから言伝よ。ドラゴンの卵は順調、運がよければあなたたちも孵化に間に合うかもだって」
「そりゃいい。孵化の瞬間をみんなで眺められたら最高だ」
「でもー、そのためには早く霞龍を探さないとですねー」
「そうよね……あ、そうだ。そう言えば私、この街についていろいろと洗い直してみたのよ。そしたら街の外にも小規模な霧が出来てたって記録を見つけたわ」
「街の外ってことは、霞龍は霧で隠れながらこの遺跡に入ったってことか」
「そうみたいね。それで目撃した人に問い合わせてみたんだけど、霧が出来ていたところだけ草や花が枯れていたんですって」
「枯れてた? そりゃあ妙だな」
魔鳥の声が這崎に切り替わる。
「霞龍の吐く霧に毒性はないはずだ。踏みつけられて潰れたり折れたりはあるだろうが、枯れるなんてことはあり得ない」
「毒性を持つように進化したとか?」
「霧が街を包んでから三日だぞ? それなら体調不良や死人がたくさんでてる」
「たしかにそうだな……となると、霞龍じゃない?」
「だが、ほかにこんな霧を発生させるようなドラゴンは――そうか、わかったぞ。俺はなんて間抜けなんだ」
「正体がわかったの?」
「あぁ、霧って言葉に惑わされていたが、霧も雲も同じなんだ」
「くもー? 空に浮かんでるほうのですかー?」
「その通り。街を覆っているのは霧じゃなくて雲――あぁ、いや同じことだが、とにかくそれを発生させているのは氷龍だ」
氷龍の名は前の現場で候補に挙がっていた。
「植物が枯れていたのは冷気に耐えきれなかったから」
「正解だ、日下部。氷龍は冷気を操り、大気中の水分を氷晶に変えて雲を作る。主に身を隠すための行為だ」
「産んだ卵を守るために、だろ?」
「あぁ、そうだ」
視線が自然と下がり、卵へと目が移る。
「街のどこかにある卵から危険を遠ざけるために、雲で街を覆い尽くしたんだ。今も探してる、下から順番に」
「地下水道を調べ尽くしたら街に上がってくるわ。それだけは阻止しないと」
「わかってるよ、小糸」
やるせない思いがこみ上げたが、切り替えた。
「まずは氷龍をここから連れ出す。どうすれば見つけられる」
「気温だ。低い方に向かえば氷龍がいる。雑嚢鞄に温度計があるはずだ」
「これか」
雑嚢鞄から温度計を取り出し、蔵木に数字を伝えていく。
低い方へ低い方へ、僅かな変化も見逃さずに誘導し、次第に肌寒くなってくる。
「相手は霞龍じゃなかったけど、作戦はそのまま使えるはずだ。二人とも準備はいいか?」
「はいー」
「えぇ」
「よし、もうすぐだ」
周囲に冷気が漂い、時折モーターボートに氷の塊がぶつかる音がする。
氷塊は次第に数を増やし、ついに水道をふさいでしまう。
ここからは徒歩だ。
「すぐに発進できるようにしておいてくれ」
「わかっていますよー、気をつけてくださいねー」
「えぇ、すぐに戻るわ」
卵を抱えて氷の道を行く。
狐火の道しるべを灯しつつ進んでいると、ドラゴンの息づかいが響いてくる。
警戒心を跳ね上げ、慎重に進むとその先に氷龍の姿を見た。
氷の鎧を身に纏う、無骨なフォルムをした青鱗の龍。
常に冷気を纏い、吐息は白く、壁には霜が這う。
氷龍は卵を探すように周囲を見渡していた。
「はぁー……よし、行くぞ」
「えぇ」
意を決して姿を晒し、卵を掲げる。
「捜し物はこれか?」
「ギャアアァアァアァアアアアァアアアッ!」
返事は咆哮で返された。
「よし、十分だ。急げ!」
卵を見せたら即撤退。
来た道を戻り、全速力で駆け抜ける。
「氷龍は?」
「付いてきてる」
「よし、作戦通り」
とはいうものの、ドラゴンと人間では足幅に絶望的な差がある。
ドラゴンの一歩は人の五から十歩。五から十倍の速度で追いつかれてしまう。
だが、当然、その対策も出来ている。
「結界を張るわ」
水道を遮断するように一枚の透明な壁がせり上がる。
氷龍はそれに正面からぶつかり、結界には蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
あの破損具合からして二度目の突進は耐えられない。
だが、それでいい。
「ちょうどいい強度だ」
「それはどうも」
突進に何度も耐えるような強度だと、氷龍が俺たちを見失ってしまう。
遺跡からの誘導が今の目的である以上、適度なところで破ってもらわないと困る。
「ギャァアアァアアアアアッ!」
二度目の突進によって結界が砕け、氷龍が再度俺たちを追いかける。
しかし、その頃にはすでに十分な距離を開けていて、少し先にモーターボートが見えていた。
「こっちは準備万端ですー!」
「よし、それじゃ、せーの!」
二人同時に氷の地面を蹴り、モーターボートに飛び乗った。
衝撃で大きく揺れたが、タイミングと位置を合わせたから転覆の心配はない。
「蔵木!」
「全速前進ですよー!」
エンジンがフル稼働し、モーターボートは最高速に向けて加速する。
だが、このままでは霧が邪魔で視界が確保できない。
だから俺は卵をおいて身を前に乗り出し、右手を伸ばした。
発動するのは風龍のスキル。
手の平に風の渦を発生させ、それを前方へと拡散させる。
それは突風となって周囲を包む霧をすべて吹き飛ばした。
「作戦通り!」
「これならフルスロットルで行けますよー!」
モーターボートは更に加速し、最高速に乗る。
そのまま分かれ道で舵を切り、大きな波を作りながら右折した。
「わお! 俺もそこにいて風を感じたかったよ」
「見てる分にはいいけど、大変なんだぞ。こっちは」
蔵木の腕を信じていない訳じゃないけど、心臓はバクバクだ。
「ギャァアァアァアアアアアアッ!」
俺が視界を確保し、蔵木が水道を駆け抜け、日下部が足止めを担う。
この手に卵があるからか、氷龍は目立った攻撃をしてこない。
それが好都合となって、あっという間に遺跡を駆け抜けられた。
「出口が見えましたー! このまま外に出ますよー!」
「日下部!」
「わかってる!」
卵を拾い上げ、適当な所に捕まり、衝撃に耐える。
モーターボートは一度として止まることなく遺跡から飛び出した。
瞬間、内蔵が浮くような浮遊感に襲われ、すぐに着水の衝撃を受ける。
飛び出たのは街からすこし離れた湖だ。
陸地まで進んだところで氷龍もこの湖に落ちてくる。
水面が派手に弾けて水飛沫が上がり、それが散る前に凍てついて固まった。
波の形をはっきりと水面に残し、氷龍は這い上がる。
「いよいよだな。でも、その前に」
抱えた卵を地面に置き、ゆっくりと距離を取る。
氷龍を見据えつつ後ずさり、丘の影に隠した車を目指す。
だが、それよりも早く氷龍が卵の元に辿り着く。
舌で舐め、匂いを嗅ぎ、悟る。
卵の中に命はないのだと。
瞬間、鋭い視線が俺たちを射貫く。
「走れ、蔵木!」
蔵木が駆け出すのと共に、氷龍も地面を蹴る。
「ギャアアァアアァアアアアァァァアアァアアアッ!」
怒り狂い、暴れ狂い、悲鳴とも怒号ともとれる咆哮を叫びながら、氷龍は牙を向いた。
「私たちが卵を壊したと思ってる」
「あぁ、それもしようがない」
斬龍のスキルを発動し、和装を纏い、刀を握る。
そのまま前に躍り出て刀身に魔力を込め、虚空を経って魔力の斬撃を見舞う。
対して氷龍は自らを分厚い氷の鎧で包み、受けにかかる。
魔力の斬撃は氷の鎧を深く切り裂いたが、青鱗にまでは届かない。
「チッ」
氷の鎧が弾け、身軽になった氷龍の食らいつきが迫る。
それを転がるように躱して事なきを得ると、牙をかみ合わせる硬い音が響く。
すぐに体勢を立て直して振り返ると、こちらを睨み付ける氷龍と目があった。
「でも、順調だな」
刀を構えつつ、深く息を吐く。
注意は引けた。蔵木は車に辿り着いている頃だ。
これで退路を守っていた日下部も攻勢に転じられる。
「ここからが本番だ」
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