地下水道と意識の投影
「地下水道はこちらです」
作業員の人に案内され、地下へと続く階段を下る。
地下も当然のように濃霧に満ちていて、一段一段確かめながら底に足をつく。
遺跡を流れる水は浄水の必要もなさそうに見えるほど綺麗に澄んでいた。
「この先へはモーターボートを使ってください。四人乗りです」
「おー、可愛いですねー」
縁に停められたモーターボートを見て、蔵木の声が跳ねる。
一足先に駆け寄って、その形状に目を輝かせていた。
「蔵木ってモーターボートも運転できるのか?」
日下部に近づいて聞く。
「乗り物ならなんでもってこの前言ってた」
「へぇー、そりゃ凄い」
モーターボートに乗り込み、座席につく。
揺れるかと思ったが、案外しっかり俺たちを支えてくれた。
「これが地下水道の地図です。と言っても、すべては記されていませんが」
「途中で途切れてる?」
「いえ、太い道はすべて載っています。ですが、細い道までは我々も把握できていないんです。この地下水道はまるで血管だ。動脈はわかっても毛細血管までは」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえ、それではお気をつけて」
作業員の人に見送られ、モーターボートは発進する。
「出発進行ー! おー!」
濃霧の地下水道へと繰り出した。
「道しるべだ」
狐龍のスキルで霊符を一枚作り、狐火を灯して放り投げる。
それは空中に漂う人魂のように浮かび、帰り道を示す道しるべになった。
「助かりますー。来た道はすべて憶えていられるんですけど、この霧ですからねー」
霧に包まれた現状、周囲の様子はあまり窺えない。
うっすらと壁が見え、縁が見え、天井が見える程度。
「ぼーっとしてたらここが遺跡だって忘れそうになるな」
「おいおい、ドラゴンの痕跡を見逃さないでくれよ」
「わかってる」
モーターボートは太い水道を巡っていく。
霧の中でドラゴンやその痕跡を探すのは至難の業。
困難を極めると思われたが、不意に日下部が指先をぴんと伸ばした。
「美紀、あそこになにかあるわ」
「はいー」
指差された位置にモーターボートが寄せられ、なにかの輪郭がはっきりしてくる。
そして十分に近づくまでもなく、そのなにかの正体に察しがついた。
この鼻がもげそうになるような不快な匂いによって。
「あぁ……マジかよ」
「はっはー、こいつはアレだな」
例のあれが水道の縁に横たわっている。
それは半ばほどから消失しているようで、縁からはみ出たものは水で流されでもしたに違いない。
いっそのこと水洗便所のようにすべてを洗い流してくれればよかったのにと思わずにはいられなかった。
「天喰、出番だぞ」
「俺はいつからアレ係になったんだ?」
「だってレディにそんなことさせられないだろ?」
「はぁ……わかったよ。蔵木、もう少し寄せてくれ」
「お任せをー」
座席から縁へと飛び乗り、雑嚢鞄からゴム手袋を取り出す。
それを両手につけながら気が進まない足取りで、ドラゴンが残していったアレに近づいた。
「あー、やだやだ」
アレに触れて土をならすように平らにしていく。
出してから時間が経っているのか、温度を失っているのがせめてもの救いだ。
「ほら、できた。どうだ? なにかわかるか?」
「そうだな……アレを見れば食ったものがわかる。見たところ、こいつを捻り出した奴は魚を食ってないみたいだ」
「ってことは水龍じゃない」
「あぁ、魚は水龍の主食だ。まず候補から外していいだろう」
「なら、霞龍か炎龍のどっちかか」
「炎龍の線もほぼない。街を覆うほどの水蒸気が発生する火力だ。ここまで遺跡を進めば流石にこの中の誰かが熱気に気づいてるはずだ」
「たしかにな。ってことは今回は本命が当たりそうかな」
霞龍の線が濃くなった。
「アレに混じって魔物の骨も見えるから、霞龍の可能性は十分にある。鱗でも落ちていれば確定できるが、周辺にはなさそうだな」
「霞龍が相手なら対策が必要ね。無策で仕掛けたら逃げられるか不意を打たれる」
「だな。一度、地上に戻って作戦会議にしよう」
ゴム手袋を脱いで使い捨ての袋に入れて厳重に縛る。
それからモーターボートに飛び乗り、蔵木に目配せをして俺たちは帰路についた。
§
「天喰くん、ちょっといいかしら?」
地下水道から出て浄水場の駐車場まで戻ってくると、小糸に声をかけられる。
「あぁ、どうした?」
「えっとね。生態研究所の牙城って人が意見を聞きたいらしいのよ」
「凛――牙城が?」
「えぇ、そうよ。たしか這崎くんの元同僚だっけ? まぁ、とにかく至急だって言ってるんだけど、繋いでもいい?」
「わかった、繋いでくれ。這崎も一緒に」
「あぁ、頼む」
「わかったわ。じゃあ、はい」
そうして研究所の牙城と通信が繋がる。
「あぁ、よかった! 大変なの!」
ずいぶんと慌てた様子の牙城の声が聞こえてくる。
「どうかしたんですかー?」
「随分と慌ててる声だけど」
「いや、悪い。こっちの話だ、あとで説明する」
二人にそう言ってバギーカーに乗り込んだ。
「天喰くんのお陰でせっかく活性化してたのに、なぜか急に沈静化し始めちゃったの! バイタルも低いし、鼓動の回数も減ってるし、私はもうどうしたらいいか」
「落ち着け、凛。いいか、深呼吸しろ。研究者が慌ててどうする」
「そ、そうね……ふー……よし、いいわ。天喰くん! どうすればいいの!?」
落ち着けと言うだけ無駄らしい。
「しようがない。俺が研究所のほうにいく。小糸、ここは任せた」
「えぇ、わかった」
どうやら這崎は座っていられなくなったらしい。
「孵化装置の温度は?」
「いじってないわ。そのまま百十二度のままよ」
「なら、どうして……」
たしかにあのドラゴンの卵が欲している温度に調整したはずなのに。
「もう一度、研究所に行ければいいけど。俺はいま龍害の現地だからな」
龍害をほったからして戻る訳にもいかない。
「あら、行けるわよ」
衝撃的な言葉が小糸の口から出た。
「え? どうやって」
「天喰くん。ちょーっと指を出してもらえる?」
「指を? こう?」
言われた通りに指を突き出すと、魔鳥が嘴を開けて食らいついた。
「いっ!? ちょっ、食われたけど!」
「大丈夫よ、痛くないわ……うん、よし。それっ」
瞬間、目の前の景色が変わり、気がつけば研究所の中にいた。
瞬間移動かと思ったが、そうではなさそうだ。
自分の体が透けて見える。
「うわ、凄いな。どういう原理?」
「魔力で作った擬似的な肉体に貴方の意識を投影してるのよ」
「さっぱりわからないけど、きっと凄いんだろうな」
半透明な手を通して、その先のものが見える。
摩訶不思議な感覚だ。
「凛! って、天喰!?」
ちょうど這崎も来たみたいだ。
「こっちよ!」
牙城の声が聞こえて、すぐにそちらへと向かう。
孵化装置の前までくると、大量のモニターと次々ににらめっこをする牙城がいた。
「凛!」
「あぁ、来たのね。さっきからあらゆる数値が下がりっぱなしで――わぁ!? 天喰くん貴方、半透明になってる!?」
「まぁな。それより卵のほうだ」
「そ、そうね」
細かいことは後回しにして、孵化装置と向かい合った。
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