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二人の関係と浄水場


「あら、貴方が天喰くんね」


 研究室に入ると白衣を身に纏った若い女性に声をかけられる。

 栗色の髪を一纏めに括った人で、かつかつとハイヒールの音を鳴らして近づいてくる。

 年齢は這崎と同じくらいで、その表情はにこやかだった。


「はじめまして、私は牙城凛がじょうりん、よろしくね」

「あぁ、よろしくどうも」

「それから……今回はありがとう」

「あぁ、いや、なんでもないさ。これくらい」


 這崎と牙城が言葉を交わし、すこしの沈黙が過ぎる。

 意味ありげな間だ。


「そうだ。早速、卵を見てもらえる?」


 間を取り繕うように振る舞い、俺たちは卵の前まで案内された。


「これがドラゴンの卵と、その孵化装置」


 俺も初めて見るドラゴンの卵は、想像以上に大きなものだった。

 体全体を使わなければ持ち上げられないような直径をしている。

 それがすっぽりと収まっている機械が孵化装置で、見ようによっては電子レンジのようにも見えた。

 その周囲には大量のモニターがあり、常になんらかの情報が表示されている。


「これを見て、心電図よ。こんなに力強く脈打ってる」


 表示されているグラフには一定間隔で鼓動が示されていた。


「何度か検卵もしたけど異常なし、もう体も完全に出来上がっているはずよ。なのに、殻を破ってくれないの」


 お手上げとばかりに牙城はため息をついた。


「もう貴方だけが頼りよ、どう思う?」

「そうだな……」


 モニターを見てもなんの情報だか俺にはわからない。

 だからそれらは無視して、卵にだけ集中する。

 そうすると俺の内側にあるドラゴンの力が共鳴したのか、卵からなにかが伝わってきた。


「……なぁ、この孵化装置の温度は?」

「六十三度よ、種類にもよるけどドラゴンの体温がそれくらいだから」

「たぶん、まだ足りない。もっとあげられるか?」

「えぇ」


 牙城が孵化装置に駆け寄り、内部温度を上昇させる。


「どのくらい?」

「俺がいいって言うまで。あと湿度をすこし下げてくれ」

「わかった」


 順調に温度は上がっていく。


「もう八十度よ。ねぇ、本当に大丈夫?」

「まだまだ、もっとだ」


 牙城の視線が這崎へと向かったのがちらりと見えた。


「なぁ、天喰。目玉焼きにならないか?」

「ドラゴンの卵だぞ、それくらい平気だ」

「そ、そうか」


 なおも温度は上昇し、百十度を超えたところで周囲のモニターが一斉に音を鳴らした。


「ストップ!」


 合図を送り、孵化装置の温度が百十二度で保たれる。


「凄い、活性化してる」

「あぁ、こりゃ凄いな」


 相変わらず表示されている情報にはぴんとこないけど、二人は感心してるみたいだ。


「研究者じゃ孵化は無理ね。内部温度を百十二度まで上げるなんて、私には無理」

「あぁ、貴重な卵だ。目玉焼きになるリスクは冒せない」


 二人の世界に入り、卵を見つめている。

 二人はどうも親密な関係にありそうだった。


「もしもーし」

「あ、ああっ、ごめんなさい。私ったら」


 取り乱した牙城は咳払いをして仕切り直す。


「ありがとう、天喰くん。お陰で先に進めたわ」

「どういたしまして。またなにかあったら連絡して」

「えぇ、お願いするわ」


 孵化が楽しみだ。


「おっと、あと五分しかない。俺は行くぞ、這崎」

「あぁ、行ってくれ。本当に助かった」

「いい店、期待してる」


 そう言い残して、俺は駆け足で研究所をあとにした。


§


 城門を抜けるとそこは何もかもが曖昧な薄灰色の世界だった。

 窓から見える道路も、建物も、空でさえ、塗り潰されて区別がつかない。

 唯一、目と鼻の先にあるもののみが、かろうじて輪郭を保っている。


「本当に霧が濃いな。蔵木、大丈夫か?」

「平気ですよー。気をつけていればぶつかりません。それに道路を走っているのは私たちだけみたいですからー」

「みんな車をスクラップにしたくないだろうからな。とりあえず、貰い事故の危険はなさそうか」


 ゆっくりとした速度で慎重にハンドルが切られ、バギーカーは街を進んでいく。

 何度か角を曲がって辿り着いたのは浄水場だ。


「この街の生活水はすべて地下水道からくみ上げているみたいよ」


 魔鳥から小糸の声がする。


「地下水道って下水じゃないのか?」

「下水処理施設は別にあるの。寧ろ、遺跡を汚さないようにしてるみたい。この辺りは降水量も少ないから、地下水道が生命線なのね。言わば大きな井戸ってところ」

「これから井戸に入るって思うと、すこしぞっとするな」

「怪談に井戸は憑き物だしね」

「あぁ、幽霊よりドラゴンのほうがよっぽどやりやすい」


 そんな風に話しているとバギーカーが停車する。

 降りてみると二台分の枠に跨がるように停まっていた。


「よーし、それじゃあ行きましょー!」


 今回は蔵木もバギーカーを降りて同行する。

 元気のいいかけ声で俺たちは足を動かした。


「あ、そうだ。這崎に変わってくれるか」

「えぇ、這崎くん」

「あぁ、なんだ? 天喰」


 魔鳥の音声が這崎のものに切り替わる。


「牙城って人とどんな関係?」

「はっ!? おまっ」


 慌てた反応をするあたり、ただの同僚って訳じゃなさそうだ。


「大丈夫だって、前の二人とは距離を取ってる」

「そっちはよくてもこっちには小糸がいるんだぞ!」

「どうかした?」


 小糸の遠い声がする。


「い、いや、なんでもない。こっちの話だ」

「そう? なにかあったら呼んでね」


 うまく誤魔化せたみたいだ。


「はぁ……いつ気づいた?」

「最初から。なんかギクシャクしてたし、あといい雰囲気になってた」

「あー……そうか……そうだったか」


 本人は上手く隠していたつもりらしい。


「ただの同僚……って言っても信じないよな」

「当然」

「わかった、降参だ。誰にも言うなよ……実は前に付き合ってた」

「やっぱり。そうだと思った」

「声が大きいって」

「おっと、そうだった」


 視線を前方の二人に向け、霧で見失わない程度に距離を保つ。


「なんで別れたんだ? 美人なのに」

「いろいろとあるんだよ。お互いに仕事で忙しかったし、すれ違いも多かった。極めつけはこの部隊の誘いを受けたこと」

「あー、職場が別になってとうとうってことか」

「そうだよ……あぁ、くそ。表に出さないようにしてたのに」


 魔鳥越しに這崎の様子が見て取れるようだった。


「でも、またお互いに未練たらたらって感じだったけど」

「未練? ないよ、そんなの。今だって彼女が二人いる」

「へぇ、二人。ってことは将来は一夫多妻か」

「さぁな、その二人にもほかに彼氏がいるし、その辺は時が来て話し合わないと――そう考えると憂鬱になってきた。あぁもう、恋愛が複雑化したのって絶対重婚が合法になったからだよな」

「天変地異で人口が半分以下になったんだ、やむを得ないだろ。子孫を繁栄させないと」


 一夫多妻がはじめに合法化して、その後に多夫一妻も認められるようになった。

 多夫多妻は違法。

 家系図やら親権関係がややこしくなるからって理由だったよな、たしか。

 すでに十分ややこしくなっているけれど。


「とにかく、だ。俺と凛は別れて、終わったんだ。それだけ」

「わかった、このくらいで勘弁しとく」

「覚えてろよ、天喰。その時が来たらお前の恋愛話を根掘り葉掘り聞いてやるからな」

「その時が来たらな」


 小さくしていた歩幅を大きくし、前をいく二人に追いついた。

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