ドラゴンスキルとドラゴンエッグ
風の渦が手の平で逆巻いて、マグカップを上昇させる。
重力と拮抗するように一定の地点で浮き沈みする様子を眺めつつ、風力を調整していく。
そうすれば上下の幅が次第に小さくなり、やがて重力との釣り合いがとれるようになる。
マグカップは見えない台座に置かれたように制止した。
「わお、こりゃ凄い」
声に釣られると目を丸くした這崎が待機室の出入り口にいた。
「それが風龍のスキルか?」
「あぁ、この前のバーベキューの時に。今は練習中」
風の渦を消して、落ちてくるマグカップを掴む。
「次は中に飲み物を入れて挑戦する」
「ここではするなよ。このカーペットは高級品だ」
「あぁ、俺も服を汚したくない。となると、風呂場だな」
「プールサイドもいいぞ。それを披露すれば失敗してもきっとモテる」
そんなことを言いながら、這崎はいつもの特等席に腰掛けた。
「そうだ、一つ頼みがあるんだが」
「あぁ、なんだ?」
マグカップをテーブルに置く。
「これは俺の古巣からの話なんだが」
「たしかドラゴンの生態研究だっけ」
「そう。そこの研究所にすこし前からドラゴンの卵があるんだ」
「卵? よく持ってこられたな」
「あぁ、ほかの龍狩り部隊が仕事中に見つけたらしい。親のドラゴンを討伐したあとのことだったみたいだ」
「なるほど。それで頼みって言うのは?」
「あぁ、それなんだが、どうもその卵が孵化しないみたいでな。研究所でも手を尽くしているが上手く行ってないらしい。俺も意見を求められたが、力になれなくてな。そこで天喰、お前の出番だ」
「ドラゴンに育てられたから?」
「あぁ、天喰ならなにかわかるかと思って。もちろん、礼はするぞ」
「んー……」
ソファーに深くもたれかかって腕組みをして考える。
ドラゴンの卵なんて滅多に手に入らない。
それを孵すとなれば更に希少価値はあがる。
そんな重大なことに関わるなら、相応の責任が伴うからな。
「頼む、この通り」
両手を合わせて頼み込む這崎を見て、決めた。
「わかった。今度なにか奢れよな」
「本当か!? 助かるよ。あぁ、いい店を知ってる。今度、暇な時につれていくよ」
「そりゃ楽しみだ」
話が纏まったところで入り口のほうからノックの音がする。
「おーい、龍害発生よ。すぐに来て」
「あぁ、わかった」
小糸に呼ばれてすぐに立ち上がり、足早に待機室をあとにした。
その足で大型モニターの前に向かい、空いているソファーに腰を下ろす。
「揃ったわね。それじゃあ、今回のお仕事はこちら」
小糸の操作で大型モニターに光りが宿り、一つの街が映し出された。
城壁の内側が灰色の煙のようなもので覆われている光景だ。
「三日ほど前から、この街では原因不明の霧に覆われてしまっているの」
濃霧に覆われた街か。
「突然発生して正確な原因は不明。自然現象って可能性もあるし、ドラゴンの仕業かもしれない。もし龍害なら潜伏場所は遺跡の地下水道ね」
「遺跡の上に街を作ったのか?」
「その逆、街の下に遺跡ができたの。地球上にドラゴンが現れるきっかけになった天変地異でね」
「へぇ、そんなこともあるんだな」
旧時代に終止符を打ち、ドラゴンと共に生きることを強いられる新時代を招いた、天変地異。
世界を揺るがし、地球という惑星そのものを変えた、大災害。
その名残は未だにこの世界にとどまり続けている。
「被害はどうなってる?」
「はい、隊長。行方不明者が何人かいるみたい。あとは自動車関係ね。濃霧で交通事故が増えてるわ。なにかとぶつかったり、横転したり、店先に突っ込んだり」
モニターに次々と写真が写され、最後に商品棚がなぎ倒された悲惨な店内の様子が見えた。
「お陰で今じゃ誰も車に乗らないわ。環境にはいいことだけど、不便よね」
「交通事故はともかくとして、行方不明者ってのが気になるな」
這崎の言う通り、気に掛かる。
「ここで言ってもしようがない。とりあえず、以前と同じと行こう。天喰、日下部、蔵木はこの街へ。残りはここでサポートだ。二十分で支度しとけ、以上」
藤堂隊長の指示を受けて、おのおのが動き出した。
§
エレベーターが上昇する。
「なぁ、なにもこんな時じゃなくても」
「しようがないだろ。連絡したら今すぐ意見を聞きたいって言うんだから」
出発まで時間がないのに、そのわずかな時間を塗って俺たちはドラゴンの生態研究を行うフロアへと向かっていた。
「龍害の対処も大切だけど、卵の孵化作業も大事なことなんだ。協力してくれ」
「あぁ、わかったよ」
卵を見捨てたってことになると後味が悪い。
「ついたぞ」
そうこうしているうちにエレベーターが停止し、目的の階につく。
扉が開くと同時に見えたのは、生い茂る木々や大量の水、砂漠に火山と行ったあらゆる環境を再現した光景だった。
それを背景にして溶け込むようにガラスが張られ、その奥に小型のドラゴンが入っている。
ここはドラゴンの動物園のようだった。
「凄いな」
「あぁ、飼育に成功したドラゴンの半分はここにいる。それぞれにあった環境を再現してたらこうなった」
通り過ぎる間にガラスの向こうを観察すると、あらゆるドラゴンと目が合う。
そしてそのたびにドラゴンは口を開いて鳴いていた。
「なんて言ってるか俺にもわかるぞ」
「へー、じゃあこいつらはなんだって?」
「はやく飯をよこせ」
「大正解。どうしてわかったんだ?」
「ちょうど飯の時間だからだよ」
這崎がそう言うと強化ガラスの向こう側に魔法陣が浮かぶ。
淡い光を放つそれが効力を発揮し、餌が転送されてくる。
それを見たドラゴンは一目散に飛びかかり、無心で食らいついていた。
「なるほどね」
飼育は完全に成功しているみたいだ。
「そうだ。この間に時間を有効活用しよう。今回の件、候補はなんだと思う?」
「俺が思うに霞龍、そいつが本命だ。狩りの際に濃霧を発生させて獲物の視界を奪い、不意を打つ。あとタコやイカが墨を吐く要領で逃走の手段としても使われるな」
「それっぽい。対抗は?」
「水龍だな。過去に水龍が霧を発生させた記録がある。まぁ、今回みたいな大規模なものじゃなかったが、やってやれないことはないはずだ」
「あり得る。じゃあ、大穴は」
「そうだな……炎龍ってところだ」
「炎龍? なんでまた」
「この街の地下には地下水道の遺跡があるって言ってただろ? その大量の水を火炎で蒸発させたものが霧になったのかもしれない」
「あぁー」
「でも、火炎で街一つを覆うような霧を発生させるには苦労するぞ。火力を誤れば水蒸気爆発だ。それに……あー、これはどの候補にも言えることだけど、地下水道に潜伏する理由がない」
「たしかにそこは謎だよな。地上に出て人を食うでもなし、なにしてんだろ」
「事態の発覚を遅らせるため、ってことでもなさそうだしな」
そうこう話していると動物園の奥にある研究所にたどり着いた。
這崎が先頭に立って監視カメラに手を振ると、閉ざされていた入り口が開く。
「顔パスだ」
得意げに言って這崎は歩き出し、俺もその後に続いて研究所へと足を踏み入れた。
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