第六十六話 狂王の襲来(ヴェネットside)
「キ、キルティア王……様……?」
「嘘……どうして国王陛下がこんな所に?」
「もしかして、息子の活躍を応援しに来たのか?」
シェルミブイオス魔術学院の地下練習場にて、決闘を見守っていた生徒達にはどよめきが過ぎっていた。
吹き飛ばされ、地面に伏した姿勢から起き上がろうとしているウルティア姫。
その相手であり、握手しようと手を伸ばしたままのキルティアス王子。
そして、その彼の背後にいつの間にか現れ、心配そうに息子に呼びかけるキルティア王。
ガーディが生成していた結界も晴れ、決闘にも一段落着いただろうという時に、自国の王が直々に出向いて現れたのだ。恐れ多さはもとより、周囲の反応としては疑問の雰囲気が漂っている。
しかし、それはあくまでこの場にいる魔法の嫡子の生徒達だけの話。
(ウルティア! 怪我してない!? 大丈夫!?)
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
あまりに突然の出来事に、父親が居ることにも気づいておきながら敢えて無視して、キルティアスはウルティアの元へ駆け寄った。
同時に、霊体としての行動範囲も少しずらされたこともあってか、遠巻きに見ていたヴェネットも熟れた空中移動で近寄る。
立ち上がろうとする彼女に向かって手を差し出すキルティアスだが、ウルティアはそれを拒否するように払い除ける。
「大丈夫ですわ。殴られたというより、突発的な強風を腹部に集中して浴びせられた、と言った方が正しいと思います。この通り、外傷はありませんので」
「……そうかよ」
(良かったぁ……脇腹に風穴開いてたらどうしようかと……)
制服の上着だけを少し捲って、出血はもちろん衣服の破損もないことを示すウルティアだが、報告を受けたキルティアスは視線を逸らしてしまった。
反対に、実質的には自分でえる身体が傷ついていないことに心底安堵したヴェネットだったが、それ故に思わず本音を漏らしてしまい、聴こえていたウルティアは半目で見据えていた。
「はぁ、つれないのぉ……キルティアスよ。ワシがここに居るということの意味が、どういうことなのか分かっとらんのか? お前の活躍をこの目で見たいという親心が!」
「うっせーよクソ親父! いっつも玉座でふんぞり返って切れてるだけのやつが、変なところで父親面すんじゃねーよ気持ち悪い! 魔本に取り憑かれたまま城に引っ込んでろよ!」
後ろ髪を掻き毟るキルティア王に、キルティアスは本音で侮蔑する。
魔術学院に通うプアースの中で頭一つ抜けて才覚のある彼が、最も忌み嫌うものが実の父親にして国王であるというのも、彼の性格が歪んだ要因の一つとなっていた。
キルティアスが今よりもっと幼い頃から、彼の両親は他人に対して当たりが強い言動や行動が多かった。家臣のムスヒを始め、雇った家政婦に罵詈雑言を並べることは日常茶飯事。殴る蹴るの暴行が一度もない日はなく、新しく雇ってもわずか数日、時には数時間後には城から居なくなっていることも良くあった。
無論、ここはマギアゼテラ。魔法が発展した国らしい暴力────否、処刑にまで飛躍することもあった。
炎魔法による火炙り、氷魔法による凍傷、土魔法による生き埋め、爆発魔法による人間爆弾など、記憶には残っても記録として残されないものも数多く存在する。
そして、その多くは魔法の落胤達が犠牲になっており、謂れのない非難や侮辱を受けたからという被害妄想の暴走故に行われている。
もちろん、その様な傍若無人な振る舞いをする親に、我が子への愛情表現など微塵もなく、キルティアスはいつも専属の家政婦と二人で過ごすことが多かった。
家政婦の名はラムダという。彼女は最初こそ全く心を開いてくれないキルティアスとの会話に苦労したが、月日が経つにつれ互いに気を使わない関係にまで育まれていった。
ある日、そのラムダが王妃を殺害したという噂が流れるまでは……。
「あんたがラムダを謂れの無い罪で投獄したせいで、家政婦も大臣も本心であんたに従うことは完全になくなった。それでもあんたは外面だけは体裁を保って、身内には変わらず非道な振る舞いを繰り返した。最っ低のクソ野郎だよ! 今ここで洗いざらい暴露して、いつまでその面の皮を被ってられるかな!?」
「……その通り。いよいよお前以外の誰もが城から居なくなったと思った時、ふと彼女を牢屋に入れたことを思い出してね……それからは殺さずに使い倒しているよ。数日前には大失態をやらかしてくれたものだから、危うく殺してしまいそうになったがね……」
腕を振り払って訴えかけるキルティアスに詫びれることもなく、キルティア王は後ろに手を組んだまま回り込むように練習場を闊歩する。
(うわえっぐぅ……このオッサン本気で他人を下にしか見てないタイプの人種だわ…………きんもちわる)
「えぇ……同情の余地もありませんわ……」
あっさりと剥がれた化けの皮から現れた本性にヴェネットの顰蹙を買い、小声で答えたウルティアも冷めた目で軽蔑する。
「ねぇ……今の話ってホント?」
「分からんが……どうにも嘘を言っている雰囲気ではなさそうだな……」
「信じられない……まさか本当に……?」
プアースの生徒達にとっては、王が吐露したこともキルティアスが訴えることも、事情まで把握した上で理解しているものはいなかった。
だが、横で一緒に聞いている魔法の烙印の生徒達は違う。
拳を握り締める者。歯を食いしばりすぎて吐血している者。魔本を構えて既に臨戦態勢を取っている者。
ノータスの全員がそのような行動を起こしているわけではないが、少なからず思い当たることはそれぞれにあるため、会話の内容に感情を大きく揺さぶられている。
そしてキルティア王も、視界の端で捉えて把握した上で、敢えて煽るような物言いを繰り広げる。
「どうした、ノータスの生徒諸君。ここは栄えある魔術学院であるぞ? 君達の持つその魔本には『悪しき魔が差したもうなら、術を以て制し法の元に裁く。これすなわち魔の本質なり』という基本原理は記されておらんのか?」
「……う、うわああああああああ!」
ノータスの男子生徒が、蛮勇にも一人駆け出して魔本を構えた。瞳孔は開いており、やや蒼白な顔色もあって正気の沙汰ではない。
「馬鹿、やめろ! ノータスの魔術で敵う相手じゃねぇ!」
「無駄だ馬鹿息子! たった今一人の愚か者の死刑が確定したのだ! 罪状は無論、国家反逆罪!」
キルティアスの叫びも虚しく、男子生徒の詠唱は既に終わっている。
「デュダルフォンの雷よ……迸れ!」
左手に持った魔本を身体の前で横に薙ぐと、その軌跡に沿って雷の槍が形成され、更に右手で撫でるようにして振り払うとそれらは一斉に掃射される。
雷魔法【サンダー・ランス】。
「ほう……ノータスにしては見事。だが────」
バチッ
キルティア王に当たる直前に、視認できない何かと衝突し雷槍は弾けた。その刹那、王の周囲を覆う薄い膜のようなものが見える。
「────遅い」
その一言を言うやいなや、魔本を持つどころか素振りも見せず、キルティア王の魔法が放たれた。
しかも同じサンダー・ランスを、無詠唱で。
「こはっ!」
こちらは一つ残らず男子生徒に命中し、彼の腕や腹部を貫いて抉りとった。流れ弾となった魔法は、射線上にいたガーディがすかさず魔法で防御し、他に被害は出ていない。
喰らった男子生徒は即死しており、駆けていた勢いのままに前方に倒れ、摩擦で砂埃を立たせていた。
ガーディはやり切れない思いに目を背けたくなるのを堪え、奥歯を強く噛み締める。
「キルティア王……!」
「教師失格だぞ、ガーディ女史。自身の生徒を愚かにも国家反逆罪で死なせてしまうとは、貴殿の指導不足と言っても差し支えない。否……ここにいる全員、同罪で処刑してもよいのだが……」
思わせぶりな言動で死刑宣告を仄めかすキルティアだが、顎を擦りながら決めあぐねている間に、同期生の凄惨な死を目の当たりにした生徒達は、プアースもノータスも関係なく我先にと練習場を後にしていた。
「……あ、ちょっと! 待ちなさい! ……全くもうっ!」
ガーディも、生徒たちの身代わりの早さに驚きつつ、背後から狙われないように警戒しながら彼らの後を追ってこの場を去った。
出入口から遠く、キルティア王に退路を絶たれかねないウルティアとキルティアスを除いて、最終的にこの場に残留した生徒は僅か三人。
ノータス側はレメリーとイーハの二人。プアース側は……制服の着こなしこそ真面目なものの派手な印象を拭えない女子生徒が一人。
「……ノータスにも中々肝の据わった奴がいるようだ。本当に逃げなくて良いのか?」
「同室の子を見殺しにして逃げるなんて、死んだ方がマシよ!」
「……同室ではないが、概ね右に同じく。同胞の葬送は死神の手招きと言うからな。意味は知らんが」
(知らんのかい!)
レメリーは左手に広げた魔本を身体の前に翳すように、イーハは腰の後ろに装備している魔本を抜剣するかのように、それぞれ構えて態勢を整える。
「二人とも……ありがとうございますわ。私はこの数日で、良い友人を持てたことにとても感動しております。だからこそ……私もここで手をこまねいている場合ではありませんわ!」
(ウ、ウルティアぁ…………ど、どうか怪我だけはしないでね? ホントに頼むよ? 私の身体なんだからね? 命あっての物種だからね?)
「……何だか段々と腹が立ってきました」
(うぅ……)
我が身可愛さに過剰に息災を催促するあまり、余計に苛立ちを募らせてしまいウルティアを怒らせてしまったヴェネット。
あわやすぐ近くに居るキルティアスにも聞こえてしまうのではないかと思うほど、繕っていた小声の声量も大きくなりかけている。
ヴェネットの弁明の言葉はなかった。
「さぁどうする、息子よ。ノータスの子らはこの通り、ワシと本気で殺り合う気のようだが、お前は続かんのか?」
「…………」
キルティアスは答えない。
否、答えられる心境ではなかった。
「……俺のせいで……死んだ……また一人……」
キルティアスにとって、ノータスの生徒に親しい間柄の人は居ない。合同で行う授業の度に挑発したり揶揄ったりして弄び、最後には実力で圧倒して立場を分からせることを多々してきており、むしろ嫌われることの方が日常的であった。
そのため、先程実の父親の手にかかって殺された男子生徒について名前すら知らない。ましてや、学院内で擦れ違うこともないので授業でしか会わない完全なる赤の他人である。
そんな人物の死に、キルティアスの心は古傷を抉られていた。
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