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道化師は止まらない  作者: しみず みし
18/21

第六話の五

 続き


「嘘だろ……まさか、こんなモンがあるなんて…………」

 レイは驚愕した表情を浮かべたまま口にした呟きは、ヴィッチ達の耳にはっきりと聞き取れた。


「どうしたんじゃ、レイ? お主がそこまで驚いた表情を見たのは、初めてじゃが?」

「……どうしたもこうしたも、自分が知っているのに近い食材が出てきた事に驚きを禁じ得ない状態に陥ってんだけど」

 少々・・・と言うには、少しばかり多きな度合いでレイは答える。


「そんなに驚く程のモンなのかい?」

「そうじゃのぅ。そんなに驚く程のモンかいのぅ?」

「驚く程のモンだから驚いてんだよ、ヴィッチのじっちゃん。 この手の具材はいいトコ、セイロン島(注:国としてのスリランカは、二〇世紀後半の成立です。なので、代表的な島を挙げてます)近辺の東南アジア辺りまでで、そこから西側には殆ど伝わってないはずだ」

「……ほほぅ、それは興味深いの。この食材の作り方を教えてくれた者は、先祖がルソンとかシャム(注:今のタイです)の辺りの()と言っておったわ。確かに、近くといえば近くじゃの……食材一つから、よくそこまで分かったのぅ。そういう推理が出来るレイの知識が、実に興味深い」

「へぇ~、そうなのかい、村長さん? コレ貰った時に、何かの魚の切り身の燻製ってのは聞いてたけど、どんな魚を使った食材なんだい?」

「ぅん~~と……確か、モ、モル…モル何とか……」

「多分、モルディブフィッシュだろ、ヴィッチのじっちゃん?」

「おぉ!それそれ、それじゃよ!」

「この食材がモルディブフィッシュで、原料になる魚は歯鰹(ハガツオ)なんかの(かつお)だ。 ただ、ハガツオなんてインド洋辺りから東にしか生息してないはずだから、似たような魚を使ったんじゃないか?」

「うむ。レイの言う通りじゃ。カツオが何の魚かは知らぬが、モルディブフィッシュの原料の魚に近い外見をしとるという事で、最初はツナとかボニートゥを試しに使ってみたんじゃ。 どちらもまぁ、成功と言えば成功じゃったので、ツナに比べて使用途が狭いボニートゥの方を選択してみたんじゃ。それに、ボニートゥの方が良く釣れるしの」


「……お~い、ユウ。ツナはマグロって分かったけど、ボニートゥって何の魚だ?」

「鰹の事だ」

 レイの質問に、ピザ生地を放り投げてクルクルと伸ばしている作業をしながらユウは答える。

「なるほど……んじゃ、ユウ」

「ホイよ」(ピロリロリン♪←翻訳魔法を修正した音)


「さすがはユウだ。手が早い」

「それはいいから、レイはサッサと話の続きをしとけよ。もう少ししたら、ピザ生地が出来るぞ」

「そうは言うけどユウ、荒節が出てきたんだぞ!コレが驚かずにいられるかよ!?」

「気持ちは、少しは分かるが、肝心の醤油がなければあまり意味ないぞ。 あと昆布……鰹節も昆布もシイタケも、醤油がなければ画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くってモンだよ」

「……まぁ、ユウの言いたい事は分かるけどなぁ……でもコレ、ものゴッツうエラい事なんだけど?」

「醤油だ。醤油がなければ、俺の中では完全に喜ぶ事は出来ない」

「ユウは、どんだけオーロラソースと醤油に嗜好がが偏ってんだよ!?」

「……全部、レイのせいじゃねぇかよ。食えれば何でも良いと思ってた俺が、お前と連むようになって美味いモン食べるようになってから、こうなっちまったんだろうが!レイの作る料理は、美味すぎんだよ!? 特に醤油を使った料理……」

「そ~か~?普通に、自炊してる時の料理を振る舞っただけなんだけど?」

「それが、美味すぎるんだよ。自分でも作ろうとして、レイに作り方を教えて貰ったりしてたけど、未だにレイのレベルまで追いつけん」

「いや、充分過ぎる位、腕は上がってるけど……」

「全然だ! 以前レイが食べさせてくれた『鯨肉のオーロラソース掛け』とか『鶏のから揚げオーロラソース漬け』とか『焦がし醤油風味の炒飯』とか『生醤油かけた冷や奴』とか、未だに同等の味が出せないんだけど……」

「最後のは、たまたま手に入った素材が良かっただけの料理なんだけどな」

「とにかく、取り敢えずオーロラソースはさっき堪能(たんのう)したんで、残りの醤油が味わえなければ、どんな美味しい料理が出ても感動が今一つにしかならないのは自覚しているよ」

「う~ん、気持ちは分かるような分からないような。 まぁ、そのうち領主のおっちゃんにでも頼んで取り寄せて貰うとか、何かしらの手段を考えてみヨかぁ……それはとにかく、このモルディブフィッシュ、ナイフで切れそうな位柔らかいんだけど、未完成品なの?」

「いや、そうではないぞ。さすがに堅いままだと食べるのに難儀するのでな。乾燥させる期間を短くしてある程度柔らかいままにして、食べやすいように改良してあるのじゃ。すぐに食べられぬ食材など、飢饉の時に活用できぬからのぅ」

「そうして出来たのが、このとっちかと言うとなまり節みたいなモルディブフィッシュって訳かな、ヴィッチのじっちゃん?」

「そうじゃよ」

「ん~~~~~、状況を聞くと正しい対処なんだろうけど……ヴィッチのじっちゃん、このなまり節みたいなモルディブフィッシュを作ってる人に、連絡できる?」

「まぁ、今までも行商人に頼んで、手紙のやりとりはしておるがの」

「できれば早急に、全部じゃなくても良いから、カチカチになるまで乾燥させて作ったヤツが欲しいんだけど?」

「……分かった。明日にでも手紙をしたためて、ラルゴ様に謁見した際に早馬で届けて貰うよう、掛け合ってみるかの」

「ヴィッチのじっちゃん、お願いね☆ 取り敢えず今回は、このなまり節みたいなモルディブフィッシュ……面倒だからなまり節で良いや……が食材として使えるかどうか……」


 レイはなまり節をナイフで数片切り取り、スープの入った鍋の中に入れてかき回す。

ある程度までかき回した後、おもむろに木匙で具材ごとスープを掬いだし、口に入れて味を確かめるように咀嚼(そしゃく)する。

「………………ん~~~~、味が薄いのが功を奏しているのかな? 取り敢えず、塩コショウで味の輪郭を整えてやれば、なまり節と鶏肉がケンカしない程度には(味が)まとまるか……よし、このスープは、最後に卵料理に使おう」

「む?何ぞ、珍しい料理なのかの?」

「ちゃんとした材料じゃないから『なんちゃって』風になるけど、大分昔に流行って廃れちゃった料理。だけど、近年復活してきた食感が楽しい料理だよ。ただ、作る時にコツがいるんで、俺も時々失敗するけどね」

「一体、どんな料理じゃ?」

「まぁ、それは、その時になったら分かるよ、ヴィッチのじっちゃん……取り敢えずは、米となまり節でちょっと食欲的な意味で興奮しちゃったけど、ケチャップの話に戻ろうか? 米がインディカ米だったらパエリア風にしようかと思ったんだけど、ジャポニカ米みたいな米だから、もっと手軽に出来るヤツにするわ」


ヴィッチ達に言い聞かせるように説明しながら、レイはおもむろにから揚げを数個まな板の上に載せ、乱切りにしてから米の入ったフライパンに放り込む。


じゃあぁぁぁ・・・


 レイは更に、細かく刻んだタマネギ、同じくみじん切りにしたニンジンとキャベツを少量。ほんの少しだけ油を追加して火力を強め、米を炒めていく。

「……こんな感じで具材を混ぜて、木べらか何かで全体的に攪拌しながら、食材に火を入れてくんだけど」

 ここまでで一旦言葉を句切り、レイはおもむろにマヨネーズを掬ってポッテリとフライパンに落とし込む。

「マヨネーズは半分以上が油だから、バターや油代わりに代用が効くし、米の表面が油でコーティングされるからべとつかないでパラリと仕上がるよ。それにほとんど油のせいだけど、卵の風味も少しは混じって味がまろやかになるからね。 コレは、炒めたり焼いたりする時にいろいろ応用できるから、覚えておいて損はないヨ☆(ジャッッジャッジャ……←フライパンを揺すって、食材を攪拌させてる音) んで、食材に充分に火が通ってから、ここで、お待ちかねのケチャップを投入♪(ブチュ――――←ケチャップを投入してる音)」


ジュワアアアッ・・・


「おおぅ!何じゃ!?物凄く良い匂いがしてきおったぞ!!」(←ヴィッチ)

「うわあぁぁ!!ケイトお姉ちゃん、凄く良い匂いなの!?」(←マルガ)

「そうね。 少し酸っぱいような甘いような……でも、凄く美味しそうな匂い……」(←ケイト)

「コレがケチャップに火を加えた時の匂いかい?……何とも言えない、食欲をそそる匂いだねぇ……」(←ハンナ)


「ホンで、全体にケチャップが混じったらできあがりなんだけど、今回は個人的趣味でパルメザンチーズみたいなチーズがあるから、(シャシャシャシャ・・・)こんな感じで摺り下ろして全体にまぶしてチーズの風味付けをするヨ。

仕上げにメロン型(注:オムライスなどで使う、金属製の(アレ))なりがあれば綺麗に盛れるんだけど、見当たらないから適当に盛る……(カッカカッカッ←皿に盛りつけてる音)……ホイ!チキンライスの一丁上がり♪」


 レイが少し大きめの皿にこんもりと盛ったチキンライスを、ヴィッチ達の前に差し出す。

早速味見をしようと、ヴィッチ達各々が木匙を手に持ち、チキンライスを凝視する。

ゆらりゆらりとたゆたうチキンライスの湯気に孕んだ芳香が、空気に乗ってヴィッチ達の鼻孔に入り、各人の食欲を大きく刺激する。

「何とも、芳しい匂いじゃのぅ……」

ヴィッチは、チキンライスの匂いに思わず呟く。

「あ、そうだ!?」

 ヴィッチの言葉に誘発されたかのように、レイは何かを思い出したような声を上げる。

「ヴィッチのじっちゃん達、悪いんだけど、最初に食べるのは、マルガにしといてくれるかな?」

「? どういう事かのぅ、レイ?」

「トマトケチャップの持つ『味の実力』ってヤツを目で見て感じて貰うのに、マルガ位の子供の表情が一番分かりやすいから」

「そうなのかの?」

「そうなんだよ、ヴィッチのじっちゃん」

「そうか。 では、ケイトにハンナ、最初の一口はマルガに食べて貰う事にするとしよう」

「はい」「分かったよ、村長さん」

ヴィッチの言葉に、素直に承知するケイトとハンナの二人。


「ではマルガ、レイの言う通り、最初の一口を食べてみなさい」

 ヴィッチに促されて、マルガは木匙でチキンライスを掬うと、大きく口を開けてパクリと口に放り込んだ。


 瞬間、マルガの目は驚愕に見開かれる。

「んんん!!()()し~い!!! 何、コレ!?何となく甘いようなそうじゃないような、でももっと食べたいって思っちゃう味なの!!」

心からの言葉を迸らせつつ、マルガは再度木匙を動かし、二口目のチキンライスを口に放り込む。

「んんんんんん~~~♪」

今度は目を閉じ、肘を支点にして腕をパタパタ上下させて口に広がる味の美味しさを身体で表現しているマルガは、暫し口の中でチキンライスを咀嚼し続けてからゆっくりと飲み込む。


「……スっっっっごく美味しかったの!?」

 少し赤みが差し興奮したような様子のマルガを見て、他のヴィッチ達三人は木匙でチキンライスを掬い取り、急いで口に入れる。


「ほほぉ!これは……」(←ヴィッチ)

「あら?こういう味は、マルガが好きそうな味ねぇ。人の好みによるけど私は、お米料理の中ではこれが一番好きな味かも知れないわ」(←ケイト)

「……米とタマネギの他に感じる甘みは、トマトの甘みかねぇ。 チーズのコクと野菜の歯触り、から揚げの美味しさがケチャップで一つにまとまって、ちょっとしたごちそうだよ!しかも、最初に感じる軽い甘さと……旨味ってやつかい? 確かにケイトの言う通り、マルガとか……子供が好きそうな味だねぇ。最初に食べたマルガの反応が、如実に物語ってるよ」(←ハンナ)


「……マルガを先に食べさせた理由が分かってくれたかな?」

「そうだねぇ。マルガの美味しそうな顔を見たから、よく分かったよ。これが、レイの言うケチャップの『最大の特徴』ってヤツかい?」

「まぁ、そうだね。火の熱でケチャップの酸味がとんで味の角が取れて旨味が前面に出てくると、今のチキンライスみたいに美味しいモンが出来る訳だ。あと、応用編だけど……」

 言いながらレイはマイバッグの中をゴソゴソ漁って、手の平よりも大きめな細長い瓶を取り出す。

「これは、簡単に言うと唐辛子(レッドペッパー)を潰してから、塩と酢で作ったホットソース(注:有名どころで一九世紀後半に商品化されたタバ○コ。ちなみにタ○スコは商標登録されているので、大人の事情で伏せ字にしてます)というソースだ。慣れない人にはメチャメチャ辛いんで、こんな感じで(ピピッ!←数滴振り掛けた音)隠し味的に(チキンライスを混ぜ混ぜ・・・)使う場合が多いけど……まぁ、試しに食べてみて頂戴♪ ちなみに俺は、チポトレ(注:燻製にした唐辛子の香辛料。匂いが鰹節に似てると言われる)のホットソースが好きだけどね」

 言われて差し出されたチキンライスの皿から、再び木匙で掬って口に入れる面々。


「! んおぉっ!これは!!」(←ヴィッチ)

「辛っ!……美味しいんだけど、ちょっと辛いの。 お口の中が、少しピリピリするの」(←マルガ)

「あら凄い……味が凄く締まって、こっちも美味しいわ。 味の締まり具合なら、こっちが上ね。それに、子供にはちょっと辛いかも知れないけど、これ位の辛みなら良い味のアクセントだわ」(←ケイト)

「凄いねぇ……この前に食べたチキンライスも美味しかったけど、このチキンライスは更に味が締まって美味しい……と言うより、奥行き?……というか味の深くなった気がするよ。凄く美味しいねぇ」(←ハンナ)


満足そうにコメントする面々を見ながら、レイは口を開く。

「……まぁ、今食べて貰ったように一回火を入れてやると、ケチャップの旨味をよく感じれるようになったと思う。 ホンで、次に合わせ技でケチャップの旨味を味わえるヤツを作るからな」

 そう宣言するレイの目の前に、丁度ユウができたてのピザ生地をポスンッと作業台の上に置く。

「ホイよ……小さいけどピザ用の焼窯らしきモンがあったから、(魔法で)火は入れといたぞ」

「サンキュー、ユウ。 お礼に、チキンライスをあげよう♪」


 そう言うと、レイは大きめの木匙でチキンライスを掬い、ユウの口の前に持って行く。

ユウはさも当たり前のように口を開くと、パクリと木匙ごとチキンライスを口に入れた


「(もぐもぐ……)うん?米の甘みが少ないような……まっ、及第点な出来だけど、この村で作れるようになるんだったら、時々は食べたい(めし)だな。そのうち、オムライスまで食べられるようになると嬉しいんだけど……」

「まぁ、村には『今後に期待』ってトコだな。 ホイじゃ、ユウ、パスタのスパゲッティの話なんだけど、半分は茹でる時に麺を水に重曹を1.2%(水1ℓに対し大さじ1(12g)の割合)位の濃度に溶かして長めに茹でてチョ☆ んで、茹でてから、お湯で洗ってヌメリを取っとくれ」

「……何で?」

「できあがった後、試食してみりゃ分かるよ」

「分かった。 レイの言う通りにやってみるワ」

 レイに答えたユウは、スパゲッティを茹でる作業に入っていった。


「んじゃ、次の料理に移ろうか?………ケチャップライスを食べながらで良いから、見といて」

「(もぐもぐ・・・)すまないねぇ、レイ。ホントに、手が止まらない美味しさなんだよ」

「まぁ、ハンナ達が気に入ってくれて、嬉しい限りだけどね。 今回は、チャチャッと終わるから、『まぁ、こんなモンか』程度に見といて……正式にはトマトソースから作ると良いんだけど、今回はケチャップから作る方法を見せるわ。 んじゃまず、適当なボウルにケチャップを適当に入れて(ぶちゅ~~~♪)、そこにお好みでバジルやオレガノの細切れ、塩コショウを適量入れて、適当に混ぜ込むっと……(カッカッカッカ・・・←混ぜ合わせる音)。 んで、今回は、このケチャップに甘味と食感を足して適当に濃すぎる味を薄めるカタチにするんで、あらかじめ摺り下ろしておいた用意しといたタマネギのペーストを適量投入。ついでに、風味付けでニンニクも潰すか摺り下ろしたヤツを適当に投入した後、混ぜ合わせていくよ(混ぜ混ぜ・・・)

全部混ぜ合わせたら、結構適当だけど、ピザソースの完成♪

これを、ピザ生地の上にザザッと塗り込んで、その上にお好みの具材を載せる……今回は、俺の独断でシンプルに、水で戻したドライトマト、バジルの葉っぱ、正式にはモッツァレラチーズを使うけど今回はカッテージチーズを全体的に配置して、その上に適当にあったゴーダチーズっぽいチーズの薄切りを被せるように載せて……後はそのまま、焼窯へ投~入~☆」


 チキンライスをすっかり平らげたヴィッチ達四人を前に、レイはピザがすっぽり入る程度の薄い鉄板(恐らくピザ用に使用していた物と思われ、やっとこ(注:先が平らになった、ペンチの親分みたいな工具)が側に置いてあった)に載せると、そのまま焼窯へと突っ込んだ。


「焼窯にピザを突っ込んだら、あとは焼き上がるまで暫し……ユウ、頼んで良い?」

「ホイよ」(ピロリロリン♪←魔法を使った音)

 レイの依頼に、竈でスパゲッティを茹でているユウは鍋に視線を固定したまま魔法をかける。

瞬間、焼窯の中からポンッ!という音が似合うような蒸気の塊が、焼窯の外へと飛び出してきた。

「で()た、で()た♪ 簡単な『なんちゃって』風だけど、マルゲリータピザの完成~☆」

 喜んで呟くレイは、手にしたやっとこを使って焼窯の中からピザを取り出す。

 作業台の上に載せられたピザは、ピザの上のチーズがジュウジュウと(ささや)くような音を立てて細かく泡立ち、半ば暴力的なまでに香ばしい匂いを沸き立たせ、ヴィッチ達の耳を、鼻を直撃していた。

「おおぉぉ!匂いだけで、美味しそうじゃの」

 『待ちきれない』と言わんばかりのテンションで、ヴィッチが嬉しそうに呟く。

「ヴィッチのじっちゃん、もうちょい待ってな。 切り分けるから……」

レイは手に持ったナイフを立てて、スゥッ、スゥッと切れ目を入れて六等分にする。


「へぇ!ピザをそんな風に切って分けるなんて、初めて見たよ」

ハンナが感心したような声を上げると、切り分け終わる直前のレイの動きがピタッと泊まる。

「……初、め、て?」

「そうだよ、初めてさね。ついでに、ピザにトマトソースを塗るのは、昔小さい頃、祖父さんに一回食べさせて貰った事があるから知っていたけど、チーズを載せるって発想はなかったねぇ」

「へ?……チーズ、載せないの?」

「チーズは、パン生地に混ぜてみたり、ラクレットチーズを溶かしてジャガイモ(注:ユウの翻訳魔法で修正済み。以降は気分で表記を変えます)に付けて食べたり、ワインやカルヴァドスで溶いてフォンデュで食べたりはしてるけど、ピザの上に載せて焼くって発想はなかったねぇ……」

「? どうしたんじゃ、レイ?何ぞ、『やっちまった』ような感じの気まずい表情は?」

「…………いや、何でもない。ちょっと、自分の無知さ加減を自覚しただけだ」

「無知? お主は、儂らの知らん事をいろいろ知ってそうにみえるのじゃがのぅ? それより、早くそのピザを分けてくれんかのぅ?匂いをかいだら、腹が減ってきおった」

「あぁ~~~……ヴィッチのじっちゃん達、できればこのピザ、この場だけのモノにしといてチョ」

「ん、何故じゃ? 美味しかったら皆も喜ぶし、村の名産品みたいになれば、他の地域にも拡販して資金が貯められるじゃろ?」

「いや、そうなんだけど……」

「……え~と、レイが言いたいのは、このチーズを載せたピザのレシピを広められると、レイ達に何か不都合があるって事なのかしら?」(←ケイト)

「正確には、あくまで『不都合があるって可能性』だけどね。ケイトの言う通りだよ。何ともない可能性もあるから、絶対ダメって言う事もできないし、かといって広まったら不都合が出る可能性もあるから、今は判断に困るんだけど……」

「せっかくいい事教わったんだし、研究して味が固まったら、私の店で販売しようかと思ったんだけどねぇ…………まぁ、細かい事ぁ聞かないけど、その『不都合な事』ってのが起きないって判断できれば良いって事なんだろ?」

「まぁ、そうだな。ハンナの言う通りなんだけど……」

「それじゃ、レイ達が大丈夫だって確認できるまで私らが広めないように黙ってりゃ問題ないんじゃないかい?」

「まぁ、そうだな…………どうしよっか、ユウ?」

 ちょっと悩んだ風のレイが、ユウの背中に視線を向けながら質問する。

 ユウは竈で茹だっている麺の状態を凝視しながら、レイに顔も向けず黙って肩をすくめるジェスチャーをしただけだった。

 どうやら、『俺に聞かれても、答えようがない。レイに判断を任せる』という意図のようだ。


「(まぁ、ピザソースにチーズの組み合わせは、ピザでは広めて欲しくないけど、ピザパンとかピザまんとかの代わりのヤツで大丈夫かな?)……分かったよ、ハンナ。取り敢えず今回のピザは、俺達が大丈夫と判断するまで秘匿しといて。 で、ついでに聞くけど、ハンナが知ってるピザって、どういうヤツ?」

「? ピザ生地の上にキノコとかハム、ソーセージ、アンチョビ、野菜なんかの好きな具材に、ニンニクや唐辛子で味付けしたオリーブオイルかけたり、ハーブをちらしたり……さっき言ったトマトを使ったピザは、トマトにニンニクとオレガノなんかをオリーブオイルと一緒にして焼いたモノだよ」

「あぁ、マリナーラピザか……」

少し納得したような声で、レイは頷く。




 ちなみにマルゲリータピザの登場は、史実では一九世紀末近くの後半。ピザを三角に切り分けるのは、アメリカでピザが普及し始めて(二〇世紀前半)からである。

マリナーラピザは、マルゲリータピザより前に存在した最も古いナポリピッツァの一つとされている。




 レイがハンナの言葉で焦りを見せたのは、知らなかったとはいえレイが()()()()()()にマルゲリータピザやピザをカットして食べる食事法がまだない事に気付かされたからだった。

まだ仮説とは言え、『歴史の復元力』に影響があるか否か判断できない状況において自分の行動がどのような結果に結びつくか判断でき出来ない事態に、レイは取り敢えずこの場にいる面子に口止めする以外に選択肢はなかった。


「まぁ、取り敢えず食べてみてよ。このピザは熱いうちに食べないと、美味しさが半減するんだ」

「そうか……では、頂くとするかの」

 ヴィッチの言葉に、他の面子も少しゆっくり目の動作でピザに手を伸ばしていく。


「ほおぉぉ!ピザの切れ端からチーズが伸びていくのぅ!?それに熱されたチーズとトマトの匂いが合わさって、堪らなく食欲を刺激してきおる(ぱくっ!←食べた音)…………ふもおぉぉぉ!!何じゃ、この美味しさは!!!! 素晴らしい!実に素晴らしい味だ!! 特にこの、チーズの濃厚さをトマトの味がスッキリさせて、次から次へと食べたくなるのぉ!」(←ヴィッチ)

「んんんっ!!(ふぉ)味し(ふぃふぃ)~い!? (ふぁふ)(ふぇ)(ふぉ)……(ごっくんっ←飲み込んだ音)物凄く美味しい~!! 食べ物なんだけど、飲み物みたいに食べられちゃうの!」(←マルガ)

「ホントに美味しいわ☆ カッテージチーズのさっぱりした味わいとゴーダチーズの濃い味わいが合わさると、足した以上の美味しさになるのね!!しかも、チーズで口の中が濃くなるところを、トマトの酸味が全体の味をうまくスッキリさせて、チーズのコクが後に残るけどさっぱり食べられるわ!しかも、オレガノやバジルがいいアクセントになって、鼻に抜けていく香りも申し分ないわね!!」(←ケイト)

「驚いたよ!ケイトの言う通りだし、それに加えてピザソースに入っているタマネギのほんのりした甘味がトマトの酸味を和らげて、ハーブの他にニンニクが風味を一段階上げているのに成功していて、味わいが深くなっているよ! そして、表面に出来たチーズの焦げ。この焦げがピザのいろんな匂いをまとめ上げて、物凄く香ばしい匂いになって食欲を刺激しているよ! 店で売り出せないのが、凄く残念だよ……」(←ハンナ)


「まぁ、ハンナの言う事は、後日、何らかの代替(だいたい)メニューを教えるから、それで勘弁しとくれ。 今味わってるピザは何の為に作ったかというと、旨味の説明をする為だ。チョト注意深く味わってみて頂戴……チーズの味が普段より美味しく感じない?」

「ふ~~む……言われてみれば、そうかも知れんのぅ」

「何となくだけど、チーズだけに限らず、それぞれを単体で食べている時より美味しさの度合いが強く感じるような気がするわね……そんな気がしない、ハンナ?」

「そうだねぇ……気のせいだと言われちまえばそんな気がする程度だけど、確かにチーズだけの時よりチーズの美味しさが強く感じるねぇ。 これが『旨味』って事かい、レイ?」

 それぞれの答えをする面々。

ちなみにマルガは、『熱い熱い』と言いながら、ピザを食べるのに夢中になっていた。


「? なあ、レイ、ヴィッチさん達の何となく薄いリアクション見てると、そんなに旨味を感じてないような気がするんだけど、俺の気のせいかな?」

「いや、ユウ。多分、その感想はあってるよ。『旨味』ってのは、常態的に摂取してないと、感覚が鋭敏にならないからな。 多分、今のヴィッチのじっちゃん達の『旨味』を感じる度合いは、旨味の総量が一〇〇したら二〇程度しか感じられてないはずだよ」

「何か、やけに具体的な数字だな、レイ?」

「何かの資料に書いてあったデータだけど、旨味を俺とユウみたいなのが八〇程度感じられている時、西洋人は二〇程度が感じられるってな。結構前の資料だし、その後和食ブームで出汁とか素材の味重視の料理が取り入れられるようになってからは、西洋人もかなり旨味を感じる感覚が鋭くなって変わらなくなってきたけどな」

「あぁ、ラーメンとかカレーライスとか和菓子とかきな粉とか餡子とかの人気が定番化したって感じのニュース関連の話か……」

「そう言う事☆」

「……レイ、すまぬが、セイヨウジンとは何じゃ?」

「説明が長くなって面倒臭いからパスさせて貰うよ、ヴィッチのじっちゃん。 とにかく、鍛えればヴィッチのじっちゃん達も、もっと旨味を感じて美味しく料理が食べられるようになるって事だけ覚えとけば良いよ」

「……何かよく分からないけど、私達の味わい方のやりようによって、もっと美味しく食べ物が食べられるって事かい?」

「まぁ、ハンナの言う事で、当たらずとも遠からずってトコかな?旨味の多く含んだ食べ物を食べ続けていると旨味を感じる感覚が養われて、もっと旨味を感じて美味しく食べ物が食べられるようになるっつう事だ」

「ほほぅ、かなり興味深くて素晴らしい話じゃのぅ。では、どのような事をすれば、食べ物を美味しく感じ……」

「悪いけどヴィッチのじっちゃん、説明長くなるんで、その辺の話もパスね♪………まぁ、そんな訳で、ホンじゃ、旨味の掛け合わせ技の説明をするよ」

「旨味の掛け合わせ技?……って、何だい、レイ? それを説明するのに、ピザを食べさせたって事かい?」

「ハンナの推測で、大体合ってるよ。俺なんかが大雑把に『旨味』『旨味』って言ってるけど、その旨味には何種類か種類があって、それらをうまく掛け合わせると、旨味が何倍にも何十倍にも増幅されるんだヨ」

「……………………いきなり言われても、ピンと来ない話だねぇ」

「まぁ、普段食べている食材にはそれぞれ旨味が含まれていて、経験則的に無意識に組み合わせている場合もあるけどね。 ハンナやヴィッチのじっちゃん達に分かりやすい例で言うと、今回のチーズとトマトの組み合わせがそのパターンに当て嵌まる訳だ。 組み合わせ方によって、旨味が数倍から数十倍に増加するんヨ☆ 他に、ヴィッチのじっちゃん達に馴染みの食材で言うと、牛肉と野菜を煮込んだフォンドヴォーとかあるでしょ?アレは、肉の旨味を野菜の旨味を掛け合わせたシロモンだよ」

「……ふむ、旨味の種類とかが分からぬとどの掛け合わせが好ましいか分からぬが、レイの言わんとする事は、大体分かった。 食材の掛け合わせで『旨味』という味が増加するという考え方は興味深いの」

「そうだねぇ。村長さんの言う通り、考え方としては面白いし、実例としてピザも食べたから納得するけど、どうやって良い掛け合わせを見つけるんだい?」

「それは試行錯誤して頂戴♪ 教えるのは簡単だけど、それは単なる知識の伝達であって、試行錯誤しなけりゃ、独自のノウハウは貯まらないよ」

「何だか、似たような失敗をしでかしたような物言いだねぇ、レイ?」

「いや、俺自身はそんな事はないけどね。まぁ、『歴史に学ぶ』ってヤツで、失敗した例の知識を持ってるからだけど……」

「ふむふむ」(←ヴィッチ)

 ヴィッチは我慢を堪えきれないような興味津々の目を向けながら相槌を打って、レイに続きを促す。


「ある国があったんだけどね……その国は数百年、周りの国とほとんど交渉を断っていたんだけど時代の趨勢ってヤツで開国する事になったんだけどね。だけど数百年引き籠もってたおかげで、先進国どころか周りの国と比べても国力が劣っていたんヨ。 んで、当時の為政者は『こら、アカン。何とかせな!』って思って、『富国強兵』をスローガンにして先進国を目指して邁進した訳だ」

「……ふんふん」(←ヴィッチ)

「元々の文化的素養というか、国民性……ヴィッチのじっちゃん達に分かりやすいように言うとその地域の気質ってヤツかな? そういうのが上手く作用してわずか数十年で世界で五本指、部分的には三本指に数えられる位までに追いついた訳だ。メチャクチャな歪みを抱えながらだけどね」

「話の腰を折るようで悪いが、『メチャクチャな歪み』というのが気になるのぅ……」

「まぁ、簡潔に説明する事出来るから言うけど、昔、ローマ帝国がやった拡大政策の矮小劣化版みたいな事をやった訳だ。特に新たに領土化したトコに湯水の如く投資して、大都市を除いた国内より発展させちゃった訳だ。その代わり、国内の小さな都市とか地方都市なんかはその煽りを受けて、飢饉で餓死者が出るわ、糊口をしのぐ為に子供や老人を間引きするわ、家族の誰かを身売りするわ、国力がついて増長して戦争起こして、あげくに戦争に負けた後も数十年間、都市部に出稼ぎに行かないと生活が成り立たなくなるような生活をしなきゃならないわって位、メチャクチャな歪みだったんだけどね。んで、周りに追いつこうと足掻いていた当時を象徴する言葉で、『ジャパゆきさん』っていう言葉があった位だ」

「一体、どういう意味なの?」(←ケイト)

「あんまり女子供に聞かせる話じゃないけど……『ジャパゆきさん』の『ジャパ』は、その国の略称。『ゆき』は、その国の代表的な女性名の一つ。『さん』は敬称だな。国内にも多かったけど、主に国外の……まぁ、売春宿だな……そこに、その国の身売りされた若い娘が多かったんだよ。その娘達の別称……蔑称と取ってもいいような呼び方が『ジャパゆきさん』な訳だ」

「自分の国の民を放っておいて、占領した地域の発展に良い顔してたって訳かい?ずいぶん酷い国もあったモンだねぇ。レイの言う通りの国が本当にあるんだったら、そんな自分の国の民を大切にしない国なんか、例え滅んじまったって、誰も悲しまないだろうさね」

 ハンナが、感情を出し気味に言葉を吐き出す。

ハンナに限らずユウとレイ以外のこの場にいる面子は、近年あった魔族討伐やその後の混乱を経験しただけあって、一様に軽蔑と侮蔑の混じった不快な表情をしていた。

良くも悪くも混乱の中、ラルゴやルナ達のバルガ領主が『極限に近いギリギリまで、領地は捨てても領民は捨てない』行動を取っていたが故に、それを直接間接的に見ていたバルガ領の領民は、他の国の領民達を見捨てる国や領主達に軽蔑や侮蔑、侮辱の感情を持つ事は当然の成り行きと言える。


「まぁ、解釈の一つとしては、ケイトの言う通りだな。とにかく、他にもいろいろあるけどそういう歪みを抱えて発展して、ある意味増長した結果、大きな戦争で敗れた訳だ。 で、そういう経過があった上でのここからが本題。敗れたとは言え、他の国から見ていろいろ優れていると評価された文化や技術があった訳で……それを今度は他の国に賠償金なんかと併せて支援として伝播するように、戦争に勝った国や支援が必要な国から働きかけがあった訳だ」

「ふむ、当然と言えば当然の報いじゃの。そんな国の為政者に虐げられていた国民は可哀想じゃが、負けた国が勝った国にいろいろ搾取されるのは世の常じゃからのぅ」

「……まぁ、そんな訳で近隣の国を中心にいろいろお金やら技術を支援したり、その国に招いて現場で技術を習得したりして貰った訳なんだけど……逆に支援して貰ったパターンもあったけど、今回は関係ないんで省略ね☆ とにかく、数十年後にはその国の得意分野だった産業が支援した国に追い上げられて潰れる直前まで追い込まれる位までいろいろな技術なんかを流出と言って良い位に支援してたんだけど、成功したトコと失敗したトコが出てきて、特に失敗したトコが酷い状況になったんヨ」

「……ふむ。それが、レイの言いたい事なのじゃな?」

「そうだよ、ヴィッチのじっちゃん。失敗したトコは、『支援を受けて当たり前』……と言うより、『支援を受けるのが当然』という感覚になっちゃったんだよ。国体制度の変革とか社会情勢の変化とかいろいろな内的、外的要因はあったけど、そういう感覚が無意識に定着する事によって『新しい技術や使える知識は、他(注:複数の一部地域を指す場合が多い)からタダで貰える、貰えなければ盗んでくるのが当たり前』『他から持ってきた技術を組み合わせれば、それは自力で開発した技術と堂々と言える』っていう考え方が主流になって、本当の意味での『自力で新しい事を考える』という力が大きく退化したんだヨ。勿論、そんな感覚を突き破って全く新しい技術や知識を考え出す人もいるけど、圧倒的多数の大勢によって潰されて、結果的に居ないも同然の状態になる。簡単に言うと、『悪貨は良貨を駆逐する』ってヤツだな。 つまり、『試行錯誤もせずに、答えだけ教わる事に慣れる』と、『新しい事を考える思考』が出来なくなって『他人が考えた事をパク(真似す)る事が新しい事を考える事だ』って言う思考になる……ヴィッチのじっちゃん達にはそういう風になって欲しくないんで、敢えて『ヒントは出すけど、答えは出さない』ってスタイルになるべくしていくんで、よろ()く♪」

「ふ~む……『ただ教わるだけでは、試行錯誤によって養われる基礎力やノウハウが蓄積されぬから、敢えて直接答えぬ』ようにするという理解で構わぬかの、レイ?」


「概ねそんな感じの捉え方で構わないと思うよ。 まぁ、時々、ポロッと答えを見せ付ける時もあるだろうけどね。

まぁ、お嬢の話を聞く限りでは、風呂に関しては満足できそうな感じだけど、ケチャップに限らず俺やユウの好みの味付けした料理も食べたいし、清潔なトイレも使いたいし、休暇的な意味で享楽的に自堕落なプチ贅沢……と言うか、プチブルジョア的な生活もチョットは送りたいしね☆ それが許される位に豊かな生活が送れるように、早くなって欲しいからな……」

「何だか、凄く自分勝手な都合よね?……もうチョット、綺麗事の建前を言うとか利他的な言葉に言い換えるとか……今の言葉だけ聞くと、凄く利己的で我が侭な発言にしか聞こえないから、人によっては反感買うわよ」

「ケイトはまだ、良くも悪くも世間に擦れてないな。どんなに巷で偉人聖人と呼ばれるヤツでも、本心から利他的な綺麗事をほざけるヤツは、本当に極一部だ。原則、どんな綺麗事を吐いていても人ってのは、本音じゃ利己的で我が侭なモンだよ……あっ、お嬢は別な。そんな長い付き合いじゃないけど、会って間もない頃から死んだ兵士の事やら領民の食事事情なんかについて、いろいろ言ってたしな。どんな経験してきたかは知らないけど、少なくともあの年齢で自分のトコの領民の心配が先に出てくるってのに感心して、それがお嬢の誘いに乗ってこの村に来た理由の一つの訳だし……」

「………………」

「? どうしたん、ケイト? 一瞬睨み付けるような目つきになったと思ったら、すぐに気の抜けたような顔になって?」

「……レイがどう言おうと、姫様達は利己的な人じゃないって反論しようと思ったんだけど、その後の言葉で反論するタイミングを逸しちゃったのよ」

「あ、そ? まぁとにかく未来の事は分かんないけど、このままの思想を持ったまま成長していけば、お嬢はそこそこ良い名君になるんじゃない? とは言え、人の言う事を素直に信じ過ぎるきらいもあるから周りの人間がしっかりフォローしてやんないと、人が良いだけの無能な為政者になるからな。そこだけは注意して、盛り立ててやってチョ☆」


「レイは、チョイチョイ話の本筋から逸れて、マジメっぽい言葉を吐くわねぇ……」

「まぁ、ケイトはそう受け取るかも知れないけど、お嬢との約束があるからな。必要と思った事は、チョイチョイ小ネタを挟みながら言ってくよ」

「ハイハイ、分かりましたよ(←呆れた口調で)。 で、美味しい料理が次々出てきたからうっかり忘れてたけど、ここまで料理を見せて『旨味』の概念ってのを何となく説明してくれたのは分かったけど、最初にハンナが頼んだソースの件とどう繋がってくるの?」

「ん? 旨味の概念を少しでも知らないと、この後の説明でハンナのソースで足りない要素ってのが分かって貰えないと思ったから、段階的に寄り道しながら順番に説明してたんだけど?」

「そうなの?」

「まぁ、チキンライスは少し余計だったかも知れないけどな。 熱を加えたらケチャップの酸味が取れて旨味が前面に出てくる例としては、次に見せる料理の方がヴィッチのじっちゃん達には分かりやすかったかもな」

「チキンライスはチキンライスで凄く美味しかったけど、何でチキンライスを作ったの?」

「……単純に、『米があるなら米を使った料理を食べたかった』の一言に尽きる。米は俺にとって、魂の食べ物と言っても過言じゃない」

「どれだけ米に入れ込んでるのよ、レイは。米は本来、もう少し南の暖かい地方に行かないと育ちにくい植物なのよ。おじいちゃんの知り合いだったクートゥさんがくれた籾種がまだ寒い所でも育つ品種だって言ってたからいいけど、それほど思うような収穫があった訳じゃないのよねぇ。クートゥさんは『麦の数倍の収穫量が見込める』って言ってたんだけど、貰った二種類の米のどちらもそこまでの収穫はなかったんだけど……」

「? 今、何か気になる事をケイトが言ったような気がするけど、忘れてなかったら後で聞くワ。それより、次は麺を使った料理なんで、さっさと始めるヨ。次は……」

「何じゃ、コリャァァ!!」


 レイの言葉を掻き消して、ユウが大きい声を上げる。

目を見開いてレイの方に視線を向けたユウの口元には、食べかけのスパゲッティの麺が少し見えていた。

「おぉぅ……丁度、麺の仕込みが終わったようだな。サンキューな、ユウ♪」

「サンキューもヨンキューもあるかよ!レイに言われた通りに重曹入れて茹で上げた方の麺、味が『ラーメン』みたいになってるじゃんか!? 何だよ、コレ?」

「? スパゲッティだけど?」

「そりゃ分かってるよ!何でラーメンの麺みたいな味がするんだってのに驚いてんだよ!!まぁ、本物の麺と比べると味は劣るけど……逆に風味が弱い分、蒸し麺として使うにはもってこいの加減だ」

「え?ユウ、知らんかった? わりかし有名なネタだけど?」

「知らないから驚いてんだろ!」

「まぁ、ユウが驚くのはちょっと意外だったけど、理屈は簡単だよ」

「何処が?」

「ラーメンの麺には、小麦粉と水、つなぎを使う場合は卵なんかを使うけど、ラーメンの麺の独特な風味に重要な役割を果たしているモノは何だ?」

「………鹹水(かんすい)?」

「正解。んで、その鹹水は、酸性?それともアルカリ性?」

「アルカリ性」

「正解。んで、重曹の水溶液もアルカリ性な訳だ……ユウなら、ここまで言えば分かるな?」

「鹹水の代用として重曹を使ったって事か?」

「正解。要はアルカリ性の溶液で麺の表面をアルカリ性にしてラーメンの麺っぽい風味を出してやった訳だ。ただ、あくまで代用の方法だから、本物の麺の味と比べたりなんかすんなよ。ラーメンとか焼きそばを食べたいけどパスタの麺しか手に入らない状況になった時に、試してみなよ」

「そんな状況、滅多に……俺じゃなければ、結構あったな………まぁ、機会があったら試してみるワ」

「ユウにレイ……サンセイとかアルカリセイとは何じゃ?」

 ヴィッチの質問にユウとレイは静に視線を向けると、緩やかに微笑み声を揃えて答えるのだった。


「「説明すると長くなって面倒臭いから、パス♪」」


 モルディブフィッシュは、スリランカ地方で作られている日本の鰹節(注:より正確には荒節)に似た独特の調味料です。日本近海に来る鰹の近縁種にあたるハガツオから、塩茹で→燻製→カチカチになるまで乾燥の手順で作られて、日本のように削り器ではなく、石臼などで細かく砕いて料理に使うそうです。味は鰹節に近いとか・・・作者は食べた事がないので、食べた事のある方が教えてくれると助かります。

今回出たモルディブフィッシュは、食料不足解消の目的でヴィッチさんが手を加え、乾燥期間を短くしてなまり節に近い固さの状態にとどめたモノです。


 酸塩基化学で用いられる酸性とかアルカリ性は、一九世紀後半から二〇世紀にかけて定義されたものから成立化してきた言葉で、ハンナの店の中で酸塩基化学的な会話が通じるのはユウトレイだけで、ヴィッチ達はチンプンカンプンな会話にしか聞こえてないです。


 おかしいな……この後、山登って道化師コスゲット→主な村人紹介→出汁のウンチク→姫様、食いしん坊万歳!!→俺TUEEEEEEEE→食材集めツアーinバルガ領→……となっていく予定だったのに、話が進まない(汗)

ウケ狙いの俺TUEEEEEEEEネタを早めに入れるようにしていこうかと・・・。


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