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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十三章 娘達Ⅱ

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第九十七話 宿敵の母親

クロエとアスラがどういう関係なのか。


その話は、もう聞いている。


敵。


宿敵。


何度も殺し合った。


互いを捕らえ、肉ダルマにし、拷問した。


その過程で、それぞれ一人ずつ娘が生まれた。


ネイラとルヴァナ。


どちらも二人の娘。


二人で育てている。


普段はネイラがアスラの家にいることが多く、ルヴァナがクロエの家にいることが多い。


だが、どちらか一方だけの娘という意味ではない。


互いの家へ普通に行く。


四人で食事もする。


遅ければそのまま泊まる。


互いの家には相手が眠る場所まである。


それでも夫婦ではない。


恋人でもない。


宿敵。


以前、リーゼたちはそこまで聞いた。


そして結局。


「何なんだ貴様らは」


と聞いたリーゼに、クロエとアスラは二人そろって、


「知らん」


と答えた。


だから、もう同じことを尋ねる必要はなかった。


問題は。


実際に娘二人を呼んでみたら、その話が本当だったことである。


「クロエ母さん、これどこ?」


ルヴァナが朝から館の廊下で声を上げた。


クロエは自分の電装工作室から顔だけ出した。


「何が」


「着替え」


「昨日渡しただろう」


「どっかやった」


「一日でなくすな」


「姉ちゃん知らない?」


少し離れた大部屋では、ネイラが机の上へ何かを書いていた。


「寝台の左側にありましたよ」


「マジ?」


「昨夜、自分で置いていました」


「よく覚えてんなー」


「あなたが覚えていなさすぎるんです」


ルヴァナが走っていく。


その直後。


「走るな!」


クロエとアスラの声が、別々の部屋から同時に飛んだ。


「走ってないって!」


「今のは走っていました」


ネイラが冷静に追撃した。


リーゼは少し離れたところで、その光景を見ていた。


「……普通だ」


シズクが隣に立つ。


「何がです?」


「親子としてだ」


クロエは工作室。


アスラは魔術工房。


娘二人はその間に用意された大部屋。


三つの場所を行き来している。


昨夜、ネイラとルヴァナは初めて谷底で長時間過ごした。


接続も安定していた。


だから今朝からは、試験だけではなく、できるだけ普通に生活させてみることになった。


その結果。


朝から、かなり普通だった。


「ルヴァナ」


今度はアスラの声。


「何?」


「髪」


「え?」


「跳ねている。こっちへ来い」


「あー、いいって」


「よくない」


ルヴァナが魔術工房へ引っ張り込まれる。


少しして、アスラが娘の髪を整えながら出てきた。


リーゼは目を疑った。


あのアスラが。


昨日までクロエへ肉触手を仕掛けていた魔術忍者が。


娘の寝癖を直している。


ルヴァナは面倒そうな顔をしながらも、逃げてはいない。


「じっとしていろ」


「もういいじゃん」


「まだ右が跳ねている」


「誰も見ねーって」


「私が見る」


「はいはい」


リーゼはシズクを見る。


「普通だ」


「先ほども仰っていましたね」


「だって普通なんだぞ」


「お母さまですから」


「それは分かっているのだが」


分かっている。


以前の聞き取りでも、娘の話になると二人は普通の親だった。


ネイラが賢い。


ルヴァナが強くなった。


可愛い。


大切に育てている。


それは聞いた。


だが、聞くのと見るのは違う。


クロエがネイラの机へ来る。


「何を書いている」


「昨日見た発電設備の構成です」


クロエの表情が少し変わる。


「見ただけで?」


「大体は」


紙を見る。


水車。


軸。


回転伝達。


発電部。


蓄電設備。


簡略化されているが、大筋は合っている。


クロエが少しだけ口元を緩めた。


「悪くない」


ネイラも少し嬉しそうだった。


「でしょう?」


「ただし、ここが違う」


クロエが指を差す。


「回転を直接この位置へ入れていない。途中で調整している」


「ああ」


ネイラがすぐ書き直す。


「だから昨日、回転数が変わっても出力が急に落ちなかったんですね」


「そうだ」


「後で実物を見ても?」


クロエが黙る。


ネイラが見る。


「分解しません」


「本当に?」


「今日は」


「今日は、を付けるな」


アスラが離れたところから笑った。


「完全に貴様の娘だな」


クロエが振り返る。


「ネイラはお前の娘でもある」


「分かっている」


「なら他人事みたいに言うな」


「賢いところが貴様に似ていると言っただけだ」


クロエが少し止まった。


「……ならいい」


リーゼが額を押さえた。


「そういうところなんだ」


シズクが聞く。


「どういうところです?」


「殺し合う時より娘を褒める時の方が話が早い」


朝食でも同じだった。


屋根付きの食事場所に九人が集まる。


ノアは風の通る位置。


エヴァはその近く。


シズク、リーゼ、ティセラ。


そしてクロエ、アスラ、ネイラ、ルヴァナ。


大きな聖者仕様の卓には、まだ余裕がある。


ルヴァナが料理を取る。


取る。


さらに取る。


アスラが見る。


「食えるのか?」


「余裕」


クロエが言う。


「アバターだからといって、感覚に任せて食いすぎるな。向こうの身体との差が出る」


ルヴァナが手を止めた。


「お腹いっぱいの感覚あるよ?」


「あるように調整している」


「じゃあいいじゃん」


「初日は様子を見ろ」


「クロエ母さん細かーい」


アスラが笑う。


「昔からだ」


「貴様は大雑把すぎる」


「ルヴァナが食いたいなら食わせればいいだろう」


「負荷確認中だ」


「昨日まで問題なかった」


「昨日と今日は違う」


ルヴァナは二人の間を見た。


そのまま料理を一皿戻した。


「じゃ、これくらいにしとく」


リーゼが驚く。


「言うことを聞くのだな」


ルヴァナが見る。


「母さんたちの?」


「ああ」


「そりゃ聞く時は聞くよ」


「聞かない時もあるのか?」


ネイラが答えた。


「多いです」


「姉ちゃん!」


「事実でしょう」


クロエとアスラも同時に頷いた。


ルヴァナが三人を見る。


「全員敵じゃん!」


エヴァが大笑いする。


「いい家族だな」


「エヴァに言われると雑に聞こえる!」


リーゼが叫んだ。


ティセラは食事をしながら、娘二人を観察していた。


ネイラが気づく。


「教授」


「はい」


「さっきから見ていますね」


「観察しています」


リーゼが止める。


「堂々と言うな」


ティセラはネイラへ尋ねた。


「向こうのご自宅でも、このような食事なのですか?」


これは、以前の聞き取りとは少し違う。


親二人の関係ではなく、娘から見た日常。


ネイラは少し考えた。


「四人で集まった時ですか?」


「はい」


「似ています」


ルヴァナが口を挟む。


「でも場所で変わるよ」


「どう変わる?」


シズクも興味を持った。


「アスラ母さんの家だと、アスラ母さんが作ること多い」


アスラが胸を張る。


「当然だ」


クロエが言う。


「味付けが濃い」


「貴様が薄い」


「ネイラは私の味の方が好きだ」


ネイラがすぐ訂正した。


「料理によります」


「そうか」


クロエが少し残念そうだった。


ルヴァナが笑う。


「クロエ母さんの家だと、クロエ母さんが作るけど、めんどい時は買ってくる」


「合理的だ」


リーゼが言う。


アスラは鼻で笑った。


「手抜きとも言う」


クロエ。


「貴様も私の家で食っているだろう」


「食うぞ」


「文句を言うな」


「味については言う」


「なら自分で作れ」


「作る」


ネイラが普通に言った。


「そのあと二人で台所を取り合います」


シズクが笑った。


「本当に普通のご家庭みたいですね」


ルヴァナが首を傾げる。


「普通の家族だよ?」


リーゼの手が止まる。


以前なら、ここで、


ではクロエとアスラも家族なのか。


と聞いていただろう。


もう聞かない。


答えは知っている。


娘たちとは家族。


二人同士は宿敵。


本人たちは、それで何も困っていない。


だからリーゼが聞いたのは別のことだった。


「二人が殺し合いを始めたら、貴様らはどうする」


ネイラとルヴァナは顔を見合わせた。


ルヴァナ。


「どのくらい?」


リーゼが止まる。


「程度があるのか?」


ネイラが答える。


「あります」


「あるのか……」


「軽い喧嘩なら放っておきます」


ルヴァナ。


「廊下とか庭でやってるくらいなら、避けて通る」


「避けて通る!?」


ネイラが続ける。


「家を壊しそうなら止めます」


リーゼが少し安心した。


「そうだろう!」


「壊した方に修理させるので」


「そこか!」


ルヴァナが笑う。


「前に壁ぶち抜いた時、二人で直してたよね」


クロエがアスラを見る。


「貴様が吹き飛ばした」


「貴様が避けたからだ」


「当たればよかったと?」


「避けるなとは言っていない」


「なら私の責任ではない」


ネイラが淡々と言う。


「こうなるので、両方に直させます」


リーゼが娘を見る。


「しっかりしているな」


「昔からです」


クロエが少し誇らしそうに言った。


「ネイラだからな」


ルヴァナが不満そうになる。


「あたしも止めるし」


アスラが聞く。


「どうやって?」


「間に入る」


四人が同時に止まった。


クロエ。


「やめろ」


アスラ。


「絶対にするな」


ネイラ。


「それは禁止です」


リーゼ。


「小官も同意する!」


ルヴァナが目を丸くする。


「何で!?」


クロエが即答する。


「危ない」


「母さんたちの攻撃くらい避けられるって」


アスラ。


「だからと言って入るな」


「でも止めるなら早いじゃん」


ネイラが妹を見る。


「あなたはそうやって先に身体を出すから怒られるんです」


「姉ちゃんは?」


「電源を落とします」


クロエがネイラを見る。


「何の?」


「クロエ母さん側の装備」


「やめろ」


「それで止まるでしょう」


アスラが笑い始める。


「いいぞ、ネイラ」


クロエ。


「貴様も煽るな」


ネイラがアスラを見る。


「アスラ母さんは魔力供給を切ります」


アスラの笑いが止まった。


「待て」


「公平です」


リーゼが吹き出した。


「なるほど。娘の方が強い」


エヴァが頷く。


「親は娘に勝てねえな」


クロエとアスラが同時に不満そうな顔をした。


その顔までよく似ていた。


食後。


館の案内を続ける。


ネイラは当然、クロエの工作室へ行きたがった。


ルヴァナは当然、外へ行きたがった。


結果。


まず工作室を短時間だけ見る。


その後、外へ出る。


という順番になった。


クロエの工作室へ入ったネイラは、最初の数分こそ手を後ろに組んでいた。


「触らない約束ですよ」


シズクが念を押す。


「分かっています」


机の上。


工具。


金属片。


配線。


発電設備用に作った部品。


ネイラの目だけが忙しく動く。


ルヴァナは三十秒で飽きた。


「外行こ」


アスラが言う。


「まだ三十秒だ」


「何する部屋か分かったし」


ネイラは逆だった。


「この工具は?」


クロエ。


「切削用」


「これは?」


「測定用」


「これは?」


「開けるな」


「聞いただけです」


「手が伸びている」


ネイラは手を引っ込める。


「無意識でした」


「一番危ない奴だ」


リーゼは笑った。


その後、外へ出る。


館。


畑。


水路。


生け簀。


物干し場。


遠くには新しい水車。


ルヴァナは全部に反応した。


「あれが水車?」


「そうだ」


リーゼが答える。


「あれであたしたち動いてんの?」


「正確には、その回転から作った電気と、魔力設備だ」


「見たい!」


「後でだ!」


「近くまで!」


「身体が安定してから!」


ルヴァナは不満そうだった。


その隣でネイラが地図室の方を見る。


「地図もあるんですよね」


リーゼの顔が少し明るくなる。


「あるぞ」


「見たいです」


「いいぞ!」


クロエが見る。


「随分対応が違うな」


リーゼは胸を張った。


「地図を見る娘は歓迎する!」


アスラ。


「工作室へ行きたい娘とは何が違う」


「地図は勝手に分解されない!」


ネイラが静かに言う。


「書き加えることはできます」


リーゼが止まった。


「勝手には書くなよ」


「分かっています」


ルヴァナが笑う。


「姉ちゃん、信用ねー」


「あなたに言われたくありません」


二人が並んで歩いていく。


クロエとアスラが、その少し後ろ。


リーゼは四人の背中を見た。


以前、親二人へどれだけ聞いても分からなかった。


敵。


宿敵。


親。


共同養育者。


互いを殺す。


互いを助ける。


四人で食事をする。


その全部が同時に成立している。


娘二人が来ても、その答えが変わるわけではなかった。


ただ一つ。


分かったことがある。


リーゼはシズクへ言った。


「この四人、関係を説明しようとするから分からなくなるんだな」


シズクが首を傾げる。


「では、どう見るのです?」


「普通に暮らしているところを見る」


前ではアスラがルヴァナへ走るなと怒っている。


クロエがネイラへ工具へ触るなと注意している。


ネイラがルヴァナの服の乱れを直す。


ルヴァナが姉の腕へ絡みつく。


クロエとアスラがまた何かで言い争う。


娘二人は気にもしていない。


シズクが笑った。


「普通のご家族ですね」


リーゼは少し考えた。


「……本人たち同士が宿敵なだけでな」


前からクロエとアスラの声が同時に飛んだ。


「そこは重要だ!」


「そこは重要だぞ!」


リーゼは顔をしかめた。


「聞こえていたのか!」


ネイラが小さく笑う。


ルヴァナは大声で笑う。


リーゼはとうとう肩をすくめた。


親二人へ聞くことは、もう何もなかった。


どういう家族なのかは、娘二人が来たことで十分見えるようになっていた。

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