↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十二章 娘達Ⅰ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/193

第九十四話 また後で

水車は、二晩回り続けた。


途中で軸受けの調整をした。


魔力蓄積槽の偏りも直した。


アバター二体分を想定した疑似負荷を掛けても、電力も魔力も落ちなかった。


朝になっても、水車は変わらず回っていた。


クロエは計器を見た。


アスラは魔力槽へ手を当てた。


二人とも、しばらく何も言わない。


リーゼが待ちきれずに聞いた。


「どうなんだ」


クロエが答えた。


「いける」


アスラも頷いた。


「こちらも問題ない」


「では」


リーゼが中央の大部屋を見る。


まだ誰も使っていない部屋。


クロエの電装工作室と、アスラの魔術工房。


その間に設けられた、娘二人のためのアバター室。


そこに今、一体だけ人型が横たわっている。


まだ動いていない。


クロエとアスラが作った仮の身体。


谷底で手に入る材料だけでは足りず、クロエ自身の持つ技術で形成した部品と、アスラの魔術で補った部分が入り混じっている。


見た目だけなら、眠っている成人女性だった。


リーゼは寝台の横へ近づいた。


「これがネイラになるのか」


「接続に成功すればな」


クロエが答える。


シズクも少し離れて見ている。


「ご本人は、今も向こうにいらっしゃるのですよね」


アスラが頷いた。


「ああ。こちらへ落として呼ぶわけではない」


「それは安心しました」


ノアも同じだった。


「失敗しても、向こうの身体に危険はない?」


クロエは即答する。


「それを最優先で組んだ」


アスラも続ける。


「接続異常が起きれば、こちら側を切る。本体へ逆流させない」


ノアが頷いた。


「ならいい」


エヴァは寝台の脇から人型を覗き込んだ。


「もう起こしていいんじゃねえか?」


クロエとアスラが同時に言った。


「触るな」


「触るな」


エヴァが手を引っ込めた。


「何だよ」


リーゼが少し笑う。


「珍しく息が合っているな」


「娘だぞ」


クロエが言った。


「当然だ」


アスラも言った。


それだけだった。


普段なら、そこから一言二言は罵り合う。


今日はない。


クロエはアバターの頭側へ座る。


アスラは反対側。


ティセラは測定用の魔術具を並べている。


リーゼは電力計を見る。


ノアは少し離れた場所にいた。


新しい屋根付きの食事場所と違い、ここは館内だ。


長時間いるつもりはない。


扉と大きな窓は開け放ってある。


シズクもそれを確認していた。


「風は通っています」


「ありがとう」


ノアが答える。


クロエが部屋全体を見た。


「始める」


アスラが頷く。


「接続術式を開く」


床へ刻まれた魔法陣が淡く光った。


同時に、部屋の壁際に置かれた電装設備が低い音を立てる。


水車から送られてきた電力が流れる。


蓄積していた魔力が術式へ入る。


クロエの銀髪がわずかに浮いた。


細い神経線が装置へ接続される。


アスラの足元から幾重もの魔法陣が広がった。


リーゼは計器を見る。


「電力、入った」


ティセラも言う。


「魔力消費、開始。安定しています」


クロエの瞳の奥に、細かな光が走る。


「経路確立」


アスラ。


「向こう側を探す」


数秒。


何も起きない。


エヴァが口を開きかける。


リーゼが腕を掴んだ。


「黙っていろ」


「まだ何も言ってねえ」


「言いそうだった」


さらに数秒。


クロエが小さく言った。


「見つけた」


アスラの顔が変わった。


「ネイラか?」


「ああ」


「本人確認は?」


クロエはしばらく目を閉じた。


「取れた」


アスラが息を吐く。


それから、妙に静かな声で言った。


「繋げ」


クロエが頷いた。


「接続する」


アバターの指が動いた。


ほんの少し。


シズクが息を呑む。


次に、胸がゆっくり上下した。


実際に呼吸が必要なのかは分からない。


人間として自然に動くために、その動作まで再現されているらしい。


瞼が震える。


そして。


目が開いた。


誰も声を出さなかった。


起き上がった女性は、しばらく天井を見ていた。


次に自分の手を見る。


握る。


開く。


反対の手も同じように動かす。


指を一本ずつ曲げる。


手首。


肘。


肩。


首。


いきなり周囲を見るのではなく、まず自分の身体を確認している。


リーゼが小声で言った。


「……冷静だな」


クロエが答える。


「ネイラだからな」


女性が上半身を起こした。


一度だけ身体が傾く。


すぐに手をつき、姿勢を戻す。


「重心が少し違う」


最初の言葉だった。


アスラが吹き出した。


「第一声がそれか」


女性が顔を上げた。


クロエを見る。


次にアスラ。


数秒。


その整った表情が、ようやく崩れた。


「……母さんたち?」


アスラが笑った。


「ああ」


クロエも答える。


「久しぶりだな、ネイラ」


ネイラは二人を交互に見る。


手を伸ばした。


最初に触れたのは、すぐそばにいたクロエの腕だった。


指で何度か触れる。


次に握る。


「触れる」


「そのための身体だ」


クロエが言う。


ネイラは今度はアスラへ手を伸ばした。


アスラがその手を取る。


「感触はどうだ」


「ある。少し遅延してる」


「どの程度?」


「気になるほどではないけど、私の身体とは違う」


ネイラはそう言いながら、アスラの手を離さなかった。


アスラも離さなかった。


クロエだけが少し不満そうに言う。


「こちらはすぐ離したな」


ネイラがクロエを見る。


「何ですか。妬いてるんですか?」


「違う」


「そうですか」


「口は変わらんな」


アスラが笑った。


「元気そうで何よりだ」


ネイラはようやく周囲を見る。


知らない女。


知らない男。


巨大な部屋。


巨大な扉。


巨大な家具。


ただし自分が小さくなったわけではない。


アバターの身体感覚から、それくらいはすぐ分かる。


「……ここが谷底?」


クロエが頷く。


「そうだ」


ネイラは天井を見る。


「大きい」


リーゼが言った。


「館が聖者仕様だからな」


ネイラの視線がノアへ向いた。


二メートルを超える巨体。


黒い角。


金色の目。


ノアは距離を保ったまま軽く手を上げた。


「ノア。二人からは聖者って呼ばれてる」


ネイラが少し姿勢を正した。


「ネイラです。母たちがお世話になっています」


リーゼの顔が明るくなる。


「礼儀正しい!」


ネイラがリーゼを見る。


「はい?」


「いや、何でもない」


エヴァが横から言う。


「大尉は、お前がまともそうで安心してる」


「エヴァ!」


ネイラは少し考えた。


「母さんたちは、こちらでも何かしたんですか?」


全員がクロエとアスラを見る。


クロエ。


「していない」


アスラ。


「大したことはしていない」


リーゼが叫んだ。


「初対面の娘に嘘をつくな!」


ネイラは目を細めた。


「やっぱり何かしたんですね」


アスラが話を逸らす。


「他の連中を紹介する」


「そうですね」


ネイラは寝台から降りようとした。


クロエが止める。


「待て」


「歩けるか確認します」


「転ぶかもしれん」


「だから確認するんです」


アスラが笑った。


「やらせてやれ」


クロエが嫌そうな顔をした。


「貴様は娘に甘い」


「貴様もだろう」


ネイラは慎重に足を床へつけた。


立つ。


少しふらつく。


それでも転ばない。


一歩。


二歩。


三歩。


途中で止まる。


「足裏の感覚はある。関節制御も問題なし。視野も普通。聴覚は少し広い?」


クロエが答える。


「調整できる」


「後でお願いします」


リーゼがネイラを見る。


本当に落ち着いている。


知らない場所。


知らない身体。


知らない人々。


普通ならもっと混乱してもおかしくない。


「貴様、怖くないのか?」


ネイラがリーゼを見る。


「母さんたちが二人ともいるので」


あっさりした答えだった。


リーゼが黙る。


ネイラは続ける。


「この二人がそろっていて、それでも危険なら、私が慌てても仕方ありません」


エヴァが笑った。


「信頼されてるな」


クロエとアスラは、ほんの少しだけ得意そうだった。


シズクが前へ出た。


「私はシズクと申します」


ネイラが丁寧に頭を下げる。


「ネイラです。よろしくお願いします」


「はい。こちらこそ」


ティセラ。


「ティセラです。魔法科学を研究しています」


ネイラの視線が、ティセラの持っている測定器へ向いた。


「その装置は?」


ティセラの顔が明るくなる。


「魔力測定用です」


「構造を見ても?」


クロエが即座に言った。


「駄目だ」


ネイラが振り返る。


「まだ触ってません」


「見るだけで終わらないだろう」


「構造を覚えるだけです」


アスラが笑い出した。


「出たぞ」


リーゼがクロエを見る。


「本当に最初からこれなのか」


「言っただろう」


ネイラは少し不満そうだった。


「戻せます」


クロエ。


「それも聞いた」


「なら問題ないでしょう」


「問題ある」


「何が?」


「他人の物だ」


ネイラはティセラを見る。


「分解していいですか?」


ティセラが口を開いた。


リーゼが割り込む。


「教授、許可するな!」


「まだ答えていません」


「顔が許可する顔だった!」


ネイラは少し笑った。


その様子を見て、アスラも笑う。


本当にいつもの娘らしい。


接続直後。


知らない世界。


仮の身体。


それでも、すでに他人の機械を分解したがっている。


クロエは頭を押さえた。


「まず身体の確認だ」


「はい」


「次に接続状態」


「はい」


「その後、館を案内する」


「はい」


「工作室へは勝手に入るな」


ネイラが止まった。


「工作室があるんですか?」


クロエは自分が失言したことに気づいた。


アスラが横を向いて笑いを堪える。


「クロエ母さん」


「何だ」


「何があるんですか?」


「後で見せる」


「今では駄目ですか?」


「駄目だ」


「何故?」


「まだ接続試験中だからだ!」


リーゼが笑った。


「委員長系ではなかったのか」


アスラが答える。


「見た目はな」


ネイラがリーゼを見る。


「何か問題がありますか?」


「いや。ない。たぶん」


クロエは計器へ視線を戻した。


電力。


安定。


アスラも魔力を見る。


こちらも安定している。


接続を開始してから、消費量は想定内。


異常な発熱なし。


魔力逆流なし。


通信断なし。


クロエがネイラへ聞いた。


「気分は?」


「普通です」


「頭痛」


「なし」


「吐き気」


「なし」


「本体側は?」


ネイラは少し目を閉じた。


「横になってる。接続も維持できています」


アスラ。


「無理はするな」


「分かっています」


「本当に?」


ネイラが少し呆れた顔をする。


「私を誰だと思ってるんですか」


クロエとアスラが同時に答えた。


「私たちの娘」


「私たちの娘だ」


ネイラが黙った。


「……そういう時だけ息が合いますね」


リーゼが勢いよくネイラを指差した。


「分かるか!」


「はい?」


「小官もずっとそう思っている!」


「そうですか」


「その反応まで冷静だな!」


しばらくして、最初の接続試験を終える時間になった。


クロエが言う。


「一度切る」


ネイラが少し残念そうな顔をした。


「もう?」


「最初から長時間はやらない」


「電力は安定していますよね」


「そういう問題ではない」


アスラも頷く。


「今日は接続が成立することを確認する日だ」


ネイラは二人を見る。


「二人とも妙に慎重ですね」


クロエ。


「娘だからな」


アスラ。


「当然だろう」


ネイラは少しだけ笑った。


「分かりました」


シズクが聞く。


「また来られますか?」


「そのつもりです」


ネイラはシズクへ頭を下げた。


「次は、もう少しゆっくりお話ししたいです」


「はい。お待ちしています」


エヴァが言う。


「今度、谷底の面白いもん見せてやる」


クロエが即座に止める。


「お前の面白いものは危険だ」


「鶏の木とか」


ネイラが止まった。


「鶏の木?」


リーゼが顔を覆う。


「そこから説明するのか……」


ティセラが言う。


「厳密には卵に酷似した果実を実らせ、鶏に類似した音を――」


「教授、今はいい!」


アスラが笑う。


「次に来る理由ができたな」


ネイラは頷いた。


「気になります」


クロエ。


「そっちより身体の調整が先だ」


「それも気になります」


「工作室は?」


ネイラは少し考えた。


「一番気になります」


クロエは目を閉じた。


アスラが大笑いした。


「やはり貴様に似たな!」


「うるさい」


接続を切る。


アバターの身体から、ゆっくり力が抜ける。


ネイラは最後に二人の母親を見た。


「また後で」


クロエが頷く。


「ああ」


アスラも。


「今度はもう少し長くな」


「はい」


目が閉じた。


魔法陣の光が消える。


電装設備の音も少し落ちる。


部屋が静かになった。


クロエは計器を見る。


アスラはアバターを見る。


誰もすぐには口を開かなかった。


エヴァが二人を見る。


「会えたな」


クロエが答える。


「ああ」


アスラも小さく頷いた。


「ああ」


二晩回し続けた水車。


何度も調整した発電機。


作り直した術式。


大きすぎる館の空き部屋。


全部が、たった今、一人の娘の「また後で」へ繋がった。


リーゼが静かに息を吐いた。


「成功だな」


クロエが首を振る。


「第一段階だ」


アスラも言う。


「まだルヴァナがいる」


エヴァが笑った。


「相変わらず慎重だな」


クロエは、眠ったように横たわるアバターを見た。


「当たり前だ」


アスラも同じものを見ていた。


「娘だからな」


その返事だけは、やはり二人そろっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。