第九十三話 耐久試験
朝食の時間には、全員が新しい屋根付きの食事場所へ集まった。
ノアも同じ卓にいる。
シズクが料理を並べている。
リーゼはすでに座っていたが、明らかに昨夜より静かだった。
エヴァは妙に機嫌がいい。
ティセラはいつも通り。
クロエとアスラが来ると、リーゼが二人を見た。
次に、二人が持ってきた洗濯物を見る。
「……貴様らもか」
クロエが聞く。
「何が」
「いや」
リーゼはそれ以上言わなかった。
シズクが普通に言う。
「今日は洗濯物が多いですね」
リーゼが茶を噴きそうになった。
「シズク!」
「何です?」
「今は量を報告しなくていい!」
エヴァが笑う。
「祝賀会だったからな」
「貴様も黙れ!」
ノアは事情がよく分かっていない顔で食事をしている。
ティセラが全員を見回した。
「昨夜は館内の活動音が長時間続いていましたね」
リーゼが卓を叩いた。
「教授まで分析するな!」
「生活記録です」
「記録するな!」
クロエは気にせず席へ座った。
「それより設備だ」
アスラも頷く。
「一晩、問題なく動いた」
ノアが顔を上げた。
「水車?」
「ああ」
クロエは状況を説明した。
回転は安定。
発電部に目立った異常なし。
蓄電も継続。
魔力側も大きな乱れなし。
水量変化も想定範囲。
リーゼの表情がすぐ仕事の顔へ戻る。
「軸受けは?」
「多少熱を持つ」
「どの程度だ」
「今すぐ問題になるほどではない。ただし連続運転なら改善した方がいい」
ノアが考える。
「摩擦を減らす?」
「そうだ」
リーゼも頷く。
「潤滑も考えたいな。水が近いから、流出するものは使いたくない」
ティセラが言う。
「周辺生態へ影響しないものを選ぶべきですね」
エヴァが肉を食べながら聞く。
「娘呼ぶの、まだ?」
アスラが即答した。
「まだだ」
エヴァが少し驚く。
「お前が言うのか」
「何だ」
「昨日まで会いたい会いたい言ってた奴が」
「言っていない!」
クロエ。
「言っていたようなものだ」
「貴様は黙れ!」
エヴァが笑う。
「じゃあ何待ちだ?」
クロエが答える。
「長時間負荷試験」
リーゼが聞く。
「具体的には?」
「まず今日一日、発電と蓄積を継続する。その間にアバター二体分に相当する疑似負荷を掛ける」
アスラが続ける。
「魔力側も同じだ。接続術式を実際の遠隔接続直前まで動かす。ただし娘たち本人には繋がない」
ティセラが興味深そうに聞く。
「本番と同じ消費量を再現する?」
「可能な限りな」
「良い方法です」
リーゼも頷いた。
「負荷を掛けて落ちるなら、娘たちを繋ぐ前に落とした方がいい」
シズクが少し不安そうに聞く。
「途中で電気が止まった場合、娘さんたちには何が起きるのでしょう」
クロエが答える。
「こちらのアバターが停止する」
「ご本人のお身体は?」
「向こう側にある。本体まで死ぬような接続にはしない」
アスラも言う。
「そこは最優先だ。接続が切れれば、こちらが止まるだけにする」
ノアが安心したように頷く。
「それならいいね」
クロエは続けた。
「ただし、感覚同期中に突然切れれば不快感や混乱はあるかもしれない。だからやはり、最初から安定させたい」
アスラが腕を組む。
「それに、初めて呼ぶ時くらい、途中で消したくない」
一瞬だけ静かになった。
エヴァが笑う。
ただし、今度はからかわなかった。
「そりゃそうだ」
シズクも微笑む。
「ゆっくりお話ししたいですものね」
アスラは少し顔を逸らした。
クロエは食事を続けた。
リーゼだけは二人を交互に見ていた。
「普段からその慎重さを持てないのか?」
クロエ。
「何の話だ」
リーゼは二人を指差した。
「昨夜だ!」
アスラ。
「昨夜は安全だったぞ」
「どこがだ!」
クロエ。
「互いに復帰手段もある」
「安全基準がおかしい!」
アスラが鼻で笑った。
「娘と宿敵を同じ基準で扱うものか」
リーゼは口を開きかけた。
閉じた。
確かに、この二人なら本気でそう考える。
朝食後、全員で水力設備へ向かった。
娘二人を呼ぶための試験なのだから、クロエとアスラだけで確認する必要はない。
リーゼは機械側。
ティセラは測定。
ノアは水路と水車。
シズクは記録補助。
エヴァは、何か壊れたり危険な生物が来たりした時のために周囲を見る。
クロエは発電機から館側へ送る電力を確認する。
アスラは魔力蓄積槽の前へ立った。
「始めるぞ」
クロエが頷く。
「疑似負荷、第一段階」
電力消費が増える。
水車の回転音が少し変わった。
リーゼが軸を見る。
「回転が落ちた」
「想定内」
クロエが調整する。
少し戻る。
アスラ側の術式も光を強めた。
ティセラが測る。
「魔力消費量、上昇。蓄積量そのものはまだ増加しています」
「なら次」
負荷をさらに上げる。
一体分。
二体分。
アバターを動かすだけではない。
感覚。
視覚。
聴覚。
会話。
身体制御。
向こう側との接続維持。
最低限、日常生活へ必要なものを想定して負荷を積む。
リーゼがクロエの横から計器を見る。
「まだ余裕があるな」
「ああ」
アスラも言う。
「魔力側もだ」
エヴァが聞く。
「じゃあ成功?」
クロエは首を振る。
「まだ」
「長いな」
「一瞬動くことと、一日動くことは違う」
リーゼがすぐ頷いた。
「その通りだ」
エヴァが嫌そうな顔をする。
「大尉とクロエ、こういう時だけ相性いいな」
二人が同時に言った。
「こういう時だけとは何だ」
「こういう時だけとは何だ」
エヴァが笑った。
「ほら」
時間が経つ。
昼。
午後。
水車は回り続ける。
一度、軸受けの温度が上がった。
ノアとリーゼが止めるか相談し、負荷を一段下げて調整する。
クロエは、その変化も記録した。
魔力側では、蓄積槽の一つに偏りが出た。
アスラが術式を修正し、ティセラが前後の数値を比較する。
何も問題が起きない試験ではなかった。
むしろ、小さな問題がいくつも見つかった。
それを一つずつ直す。
夕方。
疑似負荷を掛けたまま、装置はまだ動いていた。
クロエが計器を見る。
「これならいける」
アスラも魔力槽から手を離す。
「ああ」
シズクが聞いた。
「明日、呼ぶのですか?」
クロエとアスラは顔を見合わせた。
クロエが答える。
「もう一晩」
エヴァが呆れる。
「まだ待つのか?」
アスラが言う。
「今夜まで同じ負荷で動かす」
「早く会いたいんじゃねえの?」
アスラは一瞬黙った。
「会いたいからだ」
エヴァも黙った。
クロエが続ける。
「一日待てば安定する可能性が上がるなら、一日待つ」
普段なら、一日どころか一分も待てない二人だった。
相手を出し抜くためなら、危険な技にも躊躇なく飛び込む。
死んでも復帰する。
殺されても次がある。
そんな世界で生きてきた二人が、娘たちを呼ぶことだけは急がなかった。
ノアが静かに言った。
「じゃあ、明日の朝まで動かそう」
クロエが頷く。
アスラも頷いた。
「問題がなければ、その次だ」
リーゼが聞く。
「最初は一人ずつか?」
クロエ。
「ああ」
アスラ。
「二人同時に問題が出るより、一人ずつの方がいい」
「どちらから?」
二人は止まった。
クロエが言う。
「ネイラ」
同時にアスラが言った。
「ネイラだな」
リーゼが少し驚いた。
「そこは争わないのか」
アスラが答える。
「姉だからな」
クロエも頷く。
「それに、あの子なら何か異常があれば自分でも気づく」
アスラが笑う。
「気づいたあと、装置を分解し始めなければいいがな」
クロエの顔が少しだけ険しくなった。
「接続直後に工作室へ入れないようにする」
「絶対見るぞ」
「止める」
「口で?」
「必要なら拘束する」
リーゼが眉を寄せた。
「娘を呼ぶ話で急に忍者へ戻るな!」
クロエとアスラが同時に笑った。
水車は、その間も変わらず回り続けていた。
一日。
そして、もう一晩。
娘に会うためなら、その程度は待てる。
二人にとって、それが一番難しい耐久試験なのかもしれなかった。




