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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

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第九十話 娘たちの部屋

館の一角に、使い道の決まっていなかった大部屋が三つあった。


聖者仕様なので、一室一室が大きい。


普通の人間なら、寝室として使うには持て余すほどだった。


そこを、クロエとアスラが使うことになった。


左側。


クロエの電装工作室。


右側。


アスラの魔術工房。


そして、その間にある大部屋。


娘二人のアバター設備室。


リーゼは廊下に立って、三つの扉を見た。


「新築しなくても、全部入ったな」


ノアが頷く。


「館が大きいからね」


「今までこの部屋、何に使っていた」


「たまに木材置いてた」


「倉庫ですらなかったのか!」


「空いてたから」


「広さを無駄遣いしすぎだ!」


エヴァが横から言う。


「物置くには便利だったぞ」


「貴様は黙っていろ!」


クロエの工作室には、すでに細かな金属部品が並び始めていた。


ただし、人間用の机を置くと部屋の中で妙に小さく見える。


クロエは自分の身体に合わせた作業台を使いたがったが、ノアが作った台はやはり大きい。


「高い」


クロエが言った。


ノアが困る。


「僕に合わせて作る癖が」


リーゼが即座に言う。


「人間用の高さを覚えろ!」


「ごめん」


「だから謝るな!」


結局、作業台の一部だけ低く作り直した。


逆に、アスラの魔術工房は広い床が役に立った。


大きな魔法陣を描いても余裕がある。


床面へ何層も術式を重ねられる。


館の外へ直接出られるよう、使っていなかった大きな窓を出入口へ変更する案も出た。


「暴走したら外へ逃がす」


アスラが言う。


リーゼが眉を寄せる。


「何を暴走させる予定だ」


「予定はない」


「なら先にそう言え!」


中央の部屋だけは、空気が違った。


まだ誰も使っていない。


だが、明確に二人分の場所として作られている。


ネイラ。


ルヴァナ。


本人たちの肉体が谷底へ来るわけではない。


向こう側の身体は自宅にいる。


こちらへ作るのは遠隔で動かすアバター。


それでも、二人が日常的にこちらで過ごすなら、ただの機械置場では足りない。


シズクが部屋へ入って、左右を見る。


「お二人の場所は分けるのですか?」


クロエが答える。


「作業場所はある程度」


アスラも言う。


「生活する時は別に分けなくてもいいだろう」


リーゼが少し意外そうに二人を見る。


「貴様ら自身は別室にこだわるのに、娘たちは同室でいいのか」


クロエが当然のように答える。


「あの二人は普通に仲がいい」


アスラも頷く。


「私たちと一緒にするな」


リーゼは何か言いかけて、やめた。


この二人の基準を深く考えると負ける。


ネイラ側には大きな机が置かれた。


ただし、聖者仕様ではなく人間用。


クロエが自分で高さを指定した。


リーゼが聞く。


「勉強机か?」


「分解用」


「やはりか」


アスラが笑う。


「あの子は変な機械を見つけると、すぐ開けるからな」


「清楚な委員長系ではなかったのか」


「清楚と分解は両立する」


クロエが真顔で言う。


リーゼは納得できなかった。


「戻せるのか?」


アスラが答えた。


「構造は覚えたから問題ない、と本人は言う」


クロエの表情が少しだけ得意そうになる。


「私に似たな」


「そこを誇るのか」


一方、ルヴァナ側。


机より先に、家具の固定方法が検討された。


リーゼが壁を叩く。


「何故こちらだけ補強している」


アスラが胸を張る。


「力が強い」


クロエが補足する。


「この前、庭の石柱を持ち上げた」


リーゼは黙った。


アスラが嬉しそうに続ける。


「私に似たな」


「貴様ら、娘の危険なところばかり自分に似たと言って喜んでいないか?」


クロエが言う。


「ネイラは頭がいい」


アスラ。


「ルヴァナは力がある」


「褒めてはいるのだな……」


エヴァが部屋へ入ってきた。


「床も強くしとけ」


リーゼが振り返る。


「貴様まで何故だ」


「俺くらいのが来ても平気な方がいいだろ」


「ルヴァナはお前ほどでかくない!」


「力の話だ」


「比較対象が全部おかしい!」


アバター設備は、部屋の奥にまとめた。


クロエ側から電力と演算系。


アスラ側から魔力供給と遠隔接続術式。


両方が中央へ入る。


さらに水力設備から館へ引いた電力を、一度蓄えてから安定供給する。


魔力側も同じ。


常時接続を目指すなら、一瞬だけ動けばいいわけではない。


クロエが計器を確認する。


「短時間なら、もう接続試験はできる」


アスラも魔力槽を見る。


「こちらもな」


エヴァがすぐ言う。


「じゃあ呼べばいいだろ」


二人とも答えなかった。


リーゼが見る。


クロエが先に口を開いた。


「短時間だけ呼んで、すぐ切るのは嫌だ」


アスラも頷く。


「久しぶりに顔を見て、電力が足りないから消えろでは腹が立つ」


クロエがアスラを見る。


「お前が言い出したくせに、珍しくまともだな」


「貴様も同じことを考えていただろう」


「否定はしない」


娘のことになると、二人の判断は妙に一致する。


安全。


安定。


長時間。


普通に話せること。


食事の時間まで一緒にいられること。


こちらで眠る形にするなら、それも無理なく維持できること。


遊んでいる途中で接続が切れないこと。


そして、向こう側の本体に無理をかけないこと。


ティセラが装置を見る。


「まず無人状態で長時間運転を確認した方がよいですね」


クロエが頷く。


「そのつもりだ」


アスラも。


「魔力側も負荷試験する」


リーゼは少し笑った。


「貴様ら、本当に娘相手だと慎重だな」


アスラがリーゼを見る。


「当然だろう」


クロエも言う。


「娘だぞ」


何を今さら聞いている、という顔だった。


シズクが部屋を見回した。


「お布団も必要でしょうか」


リーゼが聞く。


「アバターも眠るのか?」


クロエが答える。


「接続方法次第だ。向こう側の睡眠と同期させることもできるし、こちらだけ休止させることもできる」


アスラが言う。


「だが、生活するなら寝床くらいあった方がいい」


ノアが頷いた。


「余ってる寝台、使う?」


全員がエヴァを見る。


エヴァが嫌な顔をした。


「何で俺を見る」


リーゼが言う。


「衣装室から寝台を出したがっていただろう」


「ああ」


「それを使う」


「聖者仕様だぞ」


部屋の中に、少し間ができた。


ノアが言う。


「二人で使っても大きいかも」


リーゼが額を押さえる。


「何故、娘二人の寝台まで巨大になるんだ!」


エヴァが笑う。


「大は小を兼ねる」


「館全体をその理屈で作ったのか!」


ノアは目を逸らした。


否定しなかった。


結局、巨大な寝台をそのまま入れることになった。


ネイラとルヴァナがどう使うかは、来てから考えればいい。


シズクが寝具を整える。


まだ誰も寝ない布団。


まだ誰も座らない机。


まだ誰も触らない棚。


それでも、部屋は少しずつ生活する場所になっていった。


リーゼは廊下へ出た。


館の中も、以前とは変わっている。


エヴァの旧個室は正式な衣装室。


武器は共用武器庫。


ノアには工作・修繕室。


シズクには衣類補修と裁縫をする場所。


ティセラには研究室と試料保管区画。


クロエには電装工作室。


アスラには魔術工房。


洗濯物集積所。


新しい大型物干し場。


風の抜ける屋根付きの共同食事場所。


館そのものは、最初から巨大だった。


人が増えたから狭くなったのではない。


むしろ広かったからこそ、今までは問題を先送りできた。


空いているところへ置く。


余っている部屋を使う。


誰かが覚えておく。


必要になったら、その時考える。


それで二人なら暮らせた。


今は、その広さへ役割が与えられ始めている。


夕食は新しい屋根の下だった。


ノアも同じ卓にいる。


少し距離を取り、風が通る位置。


遠くでは水車が回り続けている。


その回転から生まれた電力と魔力が、少しずつ館へ蓄えられている。


クロエが食事をしながら言った。


「明日から長時間負荷試験を始める」


アスラも頷く。


「問題がなければ、その次だ」


シズクが聞く。


「その次は?」


二人は一度顔を見合わせた。


いつものように睨み合うのではなく、本当にただ確認するように。


クロエが答えた。


「ネイラを呼ぶ」


アスラが続ける。


「ルヴァナもだ」


エヴァが笑った。


「ようやくか」


リーゼは館の方を見る。


あの大きな屋敷の中には、もう二人分の場所がある。


本人たちは、まだここにいない。


それでも机がある。


寝台がある。


設備がある。


母親二人が、どちらからでも様子を見に行ける部屋がある。


シズクが静かに言った。


「まだ来ていないのに、もう一緒に暮らしているみたいですね」


アスラは少しだけ顔を逸らした。


クロエも何も言わない。


エヴァが二人を見て笑う。


「照れてるぞ」


「殺すぞ」


「殺す」


「そこはいつも通りなんだな!」


リーゼが叫ぶ。


笑い声が屋根の下へ広がった。


最初は一人。


次に二人。


そこから一人ずつ増えた。


そして今度は、まだ谷底へ来ていない二人のために、暮らしの方が先に場所を空けて待っている。


大きすぎた聖者の館は、ようやくその大きさに見合う人数を迎える準備を始めていた。

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