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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

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第八十七話 小さな灯り

電気が点いたら、大尉がまた元気になった


水車が回ったからといって、電気が勝手に出てくるわけではない。


それを一番よく分かっているリーゼが、朝から一番落ち着かなかった。


「まだか」


クロエが作業台の上から顔を上げる。


「まだだ」


「どのくらいだ」


「さっき聞かれてから何も変わっていない」


「そうか」


リーゼは三歩離れた。


また近づく。


クロエが見る。


「邪魔だ」


「小官も作業する!」


「では、この線を固定しろ」


「任せろ!」


渡された仕事があるだけで、リーゼは急に機嫌が良くなった。


発電機そのものは、クロエの世界で使われていたような高性能なものにはしなかった。


谷底で手に入る金属。


加工できる精度。


壊れた時にノアとリーゼでも触れる構造。


クロエが性能を落とし、ノアが作れる形へ直し、リーゼが自分の世界の機械知識で無理がないかを確認した。


結果として、クロエ本人からすればかなり原始的な装置になった。


リーゼからすれば、十分すぎるほど立派だった。


「ここへ水車の回転を入れる」


リーゼが言う。


クロエが頷く。


「そのままでは速すぎたり遅すぎたりするから、途中で調整する」


「ベルトと歯車か」


「まずはそれでいい」


「まずは、という言い方が気になるが、今は聞かん!」


反対側では、アスラとティセラが別の設備を組んでいた。


こちらはリーゼには理解しにくい。


円形の台。


刻まれた術式。


魔力を溜めるための結晶。


回転を魔術的な入力として利用し、一定量ずつ魔力を蓄積するらしい。


リーゼが見ていると、アスラが言った。


「気になるか?」


「気にはなる」


「教えてやろうか」


「聞いて理解できるか?」


「無理だろうな」


「なら後にする!」


ティセラが補足する。


「こちらは電気側ほど機械的に直結しません。回転という安定した周期運動を術式の基準として利用します」


リーゼが少し考えた。


「時計のようなものか?」


ティセラも少し考える。


「完全には違いますが、理解の入口としては悪くありません」


「それなら少し分かる」


アスラが笑う。


「大尉は意地でも科学へ翻訳するな」


「分からんものを分かる言葉へ置き換えて何が悪い!」


シズクは少し離れたところで、昼食用の籠を整理していた。


エヴァは大量の木材と石を運び終え、暇になっている。


「俺、もう仕事ないぞ」


リーゼが言う。


「周囲を見張れ」


「魔物来たら殴っていいか?」


「設備へ飛ばすなよ」


「注文多いな」


ノアが水車の軸へ最後の調整を入れた。


「たぶん、いけるよ」


クロエが頷く。


「発電側も接続する」


アスラ。


「魔力側も準備できた」


ティセラは測定器を用意する。


リーゼが全員を見る。


「では、回すぞ」


エヴァが川を見る。


「もう回ってるぞ」


「発電側へ繋ぐという意味だ!」


リーゼが切替機構を動かした。


水車の回転が、新しい軸へ伝わる。


ぎい、と音が変わる。


歯車が回る。


ベルトが走る。


クロエの作った発電機が動き始める。


最初は何も起きない。


リーゼが息を止める。


クロエが計器を見る。


「出ている」


「本当か!」


「まだ弱い」


「出ているならいい!」


ノアが用意した小さな灯りへ線を繋ぐ。


一瞬。


ちら。


消える。


リーゼの顔が固まる。


もう一度。


ちら。


今度は残った。


弱い。


頼りない。


だが、確かに光っている。


シズクが目を見開いた。


「灯りました」


リーゼが拳を握る。


「よし!」


エヴァが灯りへ顔を近づける。


「魔宝石と違うんだな」


「電気だ!」


「水で?」


「水で直接光っているわけではない!」


「回って光る」


「途中を省略するな!」


クロエが計器を調整する。


光が少し安定する。


リーゼはもう隠そうともせず笑っていた。


「これだ。これだぞ!」


ノアが笑う。


「昨日より産業革命っぽくなった?」


「なった!」


アスラが反対側から声を上げる。


「こちらも入ったぞ」


魔術装置の一部が淡く光っている。


ティセラが数値を確認する。


「蓄積を確認。現在は小さいですが、安定しています」


クロエが発電側を見る。


「電気と魔力、両方取れるな」


アスラが胸を張る。


「当然だ」


「お前一人の成果ではない」


「貴様もだろう」


二人が睨み合う。


リーゼが止める。


「今日は壊すなよ! 初日だぞ!」


二人は同時に顔を逸らした。


設備はまだ試作品だった。


電力は少ない。


魔力も少ない。


娘二人のアバターを常時動かすには、もっと蓄積設備が必要になる。


送電も必要。


館側の受電設備もいる。


だが、最初の一歩は成功した。


川が流れる限り、水車は回る。


水車が回れば、少しずつでも電力と魔力を貯められる。


クロエが計器を見ながら言う。


「これなら、蓄積すれば必要量へ届く」


アスラも魔力槽を見る。


「向こう側との接続術式を維持する分も計算できる」


シズクが二人を見る。


「ネイラさんとルヴァナさんを呼べそうですか?」


クロエはすぐには答えなかった。


アスラも同じだった。


二人とも、動いている設備を見る。


クロエが先に言う。


「まだ試験が必要だ」


アスラも頷く。


「だが、無理ではなくなった」


シズクが微笑んだ。


エヴァがクロエの肩を叩く。


「よかったな」


クロエの身体が少し揺れた。


「力加減をしろ」


「嬉しい時くらいいいだろ」


アスラが笑う。


「貴様が親みたいな顔をするな」


「お前ら二人より俺の方が素直だぞ」


「殺すぞ」


「元気になったな」


リーゼはそのやり取りを聞きながら、灯りを見ていた。


弱い灯り。


帝国なら珍しくもない。


街へ帰れば、もっと強い電灯もある。


工場もある。


電話もある。


飛行機まで飛んでいる。


だが、この谷底では違う。


木を切った。


川を測った。


水路を作った。


水車を組んだ。


軸を繋いだ。


発電機を作った。


そして、ようやく灯った。


リーゼはノアの腕を掴んだ。


「ノア!」


「何?」


「見ろ!」


「見てるよ」


「電気だぞ!」


「うん」


「小官たちが作った!」


「そうだね」


リーゼは笑った。


昨日までクロエやアスラの技術を前にして、産業革命を横取りされたような気分になっていた。


今は違った。


クロエの技術も使った。


アスラの魔術も使った。


ティセラの測定も使った。


ノアの知識と工作も使った。


その中に、自分の知識もちゃんと入っている。


誰か一人の文明ではない。


谷底で初めて作った、混ざった技術だった。


「……これならいい」


ノアが聞く。


「何が?」


「小官の産業革命、一人でなくてもいい」


エヴァが聞きつけた。


「随分丸くなったな」


リーゼが振り返る。


「ただし水車は小官とノアが作った!」


「そこは譲らねえのか」


「譲るか!」


小さな灯りは、その間も消えずに光っていた。

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