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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

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第八十五話 水車を置く場所

水車を置く場所には、条件がある。


水が流れていればいいわけではない。


それを理解していない者が、一人だけいた。


「ここでいいだろ」


エヴァが川を指差した。


リーゼは即座に答える。


「駄目だ」


「何でだよ。水あるぞ」


「昨日から何を聞いていた!」


川幅は十分。


流れも強い。


館からも近い。


だが、その場所は生け簀へ水を引いている生活水路のすぐ上だった。


ノアも首を振る。


「ここへ大きな設備を入れると、今の水路に影響すると思う」


シズクも言う。


「飲み水の方へ何か流れるのは困ります」


「壊れた部品や油が入る可能性もある」


リーゼが続ける。


「生活用水の上流へ試作機械を置くな。却下」


エヴァは不満そうだった。


「回りそうなのに」


「回ればいいという話ではない!」


最初の候補地は消えた。


二つ目は、もっと大きな川だった。


水量は申し分ない。


流れも安定している。


少し先には自然の段差があり、落差も取れる。


リーゼは川を見て、かなり期待した。


「ここなら――」


水面が盛り上がった。


全員が止まる。


巨大な背びれが一瞬だけ見えた。


遠くで水しぶきが上がる。


何か大きなものが、水の中で方向を変えた。


エヴァが言う。


「魚だな」


リーゼは無言で地図へ印を付けた。


『却下』


クロエが聞く。


「早いな」


「発電所を巨大魚に食われたくない」


アスラ。


「水車は食わないだろ」


ノアが言う。


「ぶつかられる可能性はあるね」


リーゼ。


「もっと悪い!」


ティセラは水面を観察している。


「大型魚類の移動経路として使用されている可能性があります」


「教授、今日は研究しないぞ」


「観察です」


「同じだ!」


二つ目も消えた。


三つ目へ向かう。


昨日、地図を作っている途中で見つけた場所だった。


館から少し離れるが、以前使っていた迂回路より新しい道を使えば近い。


大きな川から分かれた支流。


川幅は先ほどより狭い。


だが流れは途切れていない。


さらに、岩盤が自然に段を作っている。


上から下へ水が落ちる。


リーゼの目が変わった。


「……これはいい」


エヴァが聞く。


「今度はいけそうか?」


「まだだ。確認する」


クロエが川沿いを歩く。


瞳の奥に細かな光が走る。


「流速は場所によって差がある。中央より右岸側が安定している」


リーゼは縄を張り、位置を確認する。


「落差も取れるな」


ノアが岩盤を見る。


「少し横へ水路を作れば、水車へ当ててから元の川へ戻せそう」


「本流を塞がずに済む?」


シズクが聞く。


「うん。全部の水を使う必要はないから」


リーゼは頷いた。


「その方がいい。設備が壊れても川そのものを止めずに済む」


クロエも賛成する。


「保守もしやすい」


エヴァが面倒そうな顔をした。


「水車ってそんなに壊れるのか?」


「壊れる前提で作れ!」


「縁起悪いな」


「機械とはそういうものだ!」


今度はアスラが前へ出た。


川のそばへしゃがみ、掌を岩へ当てる。


しばらく目を閉じた。


「魔力は悪くない」


リーゼが聞く。


「具体的には?」


「館周辺より少し高い。だが乱れてはいない。魔力蓄積装置を置くなら使いやすい」


ティセラも測定用の魔術具を出す。


「確認します」


「教授、慎重だな」


「アスラさんの感覚と測定値を比較します」


アスラが眉を寄せる。


「私を信用していないのか」


「信用と測定は別です」


クロエが頷く。


「正しい」


アスラ。


「貴様は黙れ」


ティセラの測定でも大きな問題は出なかった。


次は周辺生態。


獣道。


巣。


危険植物。


大型生物の痕跡。


シズクが棒で草を確認する。


リーゼが地面の足跡を見る。


クロエは周囲を広く見渡す。


アスラは魔力反応。


ティセラは植物と小動物。


エヴァだけが腕を組んでいた。


「俺、何する?」


リーゼが言う。


「危ない物が出たら頼む」


「それだけ?」


「それが一番重要になる時もある!」


「じゃあ待つか」


エヴァは近くの岩へ座った。


少しすると、シズクが戻ってきた。


「道は問題なさそうです。少なくとも私でも館から来られます」


リーゼが頷く。


これが重要だった。


エヴァだけが来られる発電所では意味がない。


ノアだけが修理できる場所でも困る。


設備は、使う者が近づけなければならない。


ティセラも戻る。


「大型生物の恒常的な通行痕はありません。植生も、現時点では比較的安定しています」


「現時点では?」


「谷底ですから」


「そうだった」


クロエが言う。


「館まで送電する距離も許容範囲だ」


リーゼが地図へ線を引く。


「直線では?」


「短い」


「実際の送電路は?」


クロエが周囲を見る。


「森を一部避ける必要がある。だが、迂回しても問題ない」


アスラも言う。


「魔力側は線を物理的に全部繋ぐ必要はない。中継点を作れる」


リーゼが嫌な顔をする。


「そういうところだけ急に便利になるな」


「便利で何が悪い」


「悪くないから腹が立つ!」


ノアが岩盤の上へ立つ。


「水車そのものは、ここかな」


全員が集まる。


上流から来た水の一部を横へ分ける。


水車へ落とす。


回転させる。


その下で元の支流へ戻す。


簡単な水路なら、ノアにも作れる。


木材もある。


石材も近い。


リーゼは周囲を見る。


ここなら、水車を回すことができる。


そこから回転を取る。


発電機を回す。


クロエの設備へ電力を送る。


一方で、同じ動力か周辺の流れを利用して、アスラの魔力装置も動かす。


娘二人のアバターを維持するための、最初のエネルギー拠点。


リーゼの顔が少しずつ明るくなった。


「……産業革命だ」


エヴァが岩の上から言う。


「また始まった」


「今度こそだ!」


クロエ。


「発電機は私が――」


「待て!」


クロエが止まる。


リーゼは指を差した。


「水車は小官にもやらせろ!」


「発電機ではなく?」


「まず水車だ! 全部貴様に作らせたら、小官は本当に地図を描いただけになる!」


クロエは少し考えた。


「構わない」


リーゼが目を瞬く。


「いいのか?」


「水車部分はお前と聖者の方が、こちらの材料で作りやすいだろう。私は発電部と制御を担当する」


リーゼの表情が一気に明るくなった。


「分かっているじゃないか!」


アスラが笑う。


「随分嬉しそうだな」


「当然だ!」


ティセラ。


「私は出力測定と魔力側の監視をします」


シズク。


「私は?」


リーゼは少し考えた。


「建設時の食事と、道具の管理を頼めるか」


「分かりました」


エヴァ。


「俺は?」


「材料運搬」


「結局力仕事か」


「一番向いている!」


ノアは水の流れを見る。


「僕は水路と水車本体かな」


リーゼが腕を組む。


「小官もそこへ入る」


「うん。一緒にやろう」


リーゼは満足そうだった。


ようやく自分が文明を一段ずつ積み上げられる仕事を得たらしい。


アスラが川を見る。


先ほどまでの軽口が少し消えていた。


クロエも同じだった。


水が流れている。


まだ何もない。


ただの岩と支流。


だが、ここへ水車ができる。


電力が生まれる。


魔力を安定して蓄えられる。


その先に、娘二人のアバターがある。


アスラが小さく言った。


「これで、呼べるかもしれんな」


クロエが答える。


「ああ」


リーゼは二人を見る。


いつもなら、すぐに相手を挑発する。


今日はしなかった。


シズクも何も言わず、少しだけ笑った。


リーゼは地図へ新しい印を書き込む。


『第一水力設備候補地』


エヴァが覗き込んだ。


「候補?」


「まだ作っていないからな」


「もうここに決めたんだろ?」


「正式決定と完成は別だ!」


「細けえな」


「そういう細かさが設備を守るんだ!」


帰り道。


リーゼは何度も地図を確認した。


館。


新しい道。


建材採取地。


洗濯場。


第五管理区域。


植物園。


そして、今日増えた水力設備候補地。


まだ白いところは多い。


それでも、点が少しずつ線になり始めていた。


ノアとエヴァの頭の中にしかなかった谷底が、皆の地図になっていく。


その地図の上に、今度は新しいものを作る。


ただ生き延びるためではない。


会いたい人を、ここへ呼ぶために。


館が見えてきたところで、エヴァが言った。


「なあ、大尉」


「何だ」


「水車できたら次は何だ?」


リーゼは即答した。


「発電機だ」


「その次」


「送電設備」


「その次」


「アバター用の電源設備」


「その次」


リーゼは少し考えた。


クロエが先に答える。


「娘たちを呼ぶ」


アスラが笑った。


「ようやくだな」


リーゼは二人を見る。


それから、少しだけ笑った。


「なら急ぐぞ」


産業革命が何のために始まったのか。


リーゼにも、ようやく分かってきた。

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