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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

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第八十四話 地図を作る

地図作りは、知っている場所を紙へ描けば終わる。


リーゼは最初、そう思っていた。


実際に歩き始めるまでは。


「ここ、道ではないのか?」


リーゼが足を止めた。


ノアが前を見る。


「道だよ」


シズクが首を振った。


「私は今は使いません」


エヴァ。


「俺は使うぞ」


リーゼは三人を見る。


目の前には細い獣道のようなものが続いている。


右側には低い茂み。


左には紫色の草。


その草には小さな歯が並んでいた。


「理由が分かった」


シズクが長い棒で草を軽く突く。


がちん。


歯が閉じた。


「少し前まではいなかったのです」


ティセラが記録する。


「生育域がこちらまで広がっていますね」


エヴァは草を踏んで先へ進もうとする。


リーゼが襟を掴んだ。


「待て!」


「何だよ」


「共同生活用の道を調べているんだ! お前しか通れない道を安全路へ入れるな!」


「聖者も通れるぞ」


ノアが苦笑する。


「僕を入れて二人でも駄目だと思う」


「ほら!」


最初の目的地は、館周辺の生活施設だった。


飲料水を取る上流。


調理場へ引く水路。


生け簀。


洗濯場。


バルトリ。


畑。


保存蔵。


便所。


肥溜め。


これらは毎日使っている。


だから誰も位置を間違えない。


だが、測ってみると意外なことが多かった。


「洗濯場、思ったより館から離れているな」


リーゼが言う。


シズクが頷く。


「洗濯物を持って往復すると、結構歩きます」


「今までは?」


「籠へ入れて運んでいました」


「人数が少なかった頃は?」


ノアが答える。


「僕とエヴァだけだったから、そんなに問題じゃなかった」


エヴァが言う。


「寝具が出るところもほぼ一か所だったしな」


今は違う。


リーゼは地図へ洗濯場までの道を書きながら考える。


新しい洗濯物集積所をどこへ置くか。


物干し場をどちらへ伸ばすか。


バルトリとの距離。


館への戻り道。


地図があるだけで、今まで感覚で済ませていたものが、配置の問題として見えてくる。


クロエが言う。


「洗濯物を集積所からまとめて運ぶなら、この道を少し広げた方がいい」


リーゼが頷く。


「台車を使えるようにしたいな」


ノアも地面を見る。


「根を避けて均せばいけると思う」


アスラ。


「荷物だけなら魔術で運べるぞ」


リーゼが即座に言う。


「お前がいない時にも運べるようにする!」


「大尉は最近そればかりだな」


「共同設備とはそういうものだ!」


次は化け物植物園。


ここもティセラの管理図がある。


壁。


網。


溝。


区画。


危険植物の種類。


リーゼは基礎地形図へ外形だけを移し、細かい内容は施設図へ分けた。


「ここは教授の資料を正本にする」


「承知しました」


「ただし、植物が逃げたら地図も更新しろ」


「当然です」


「この前逃げたからな」


ティセラは聞こえなかったふりをした。


その次が第五管理区域。


赤い杭が見える前に、リーゼは進路を外した。


クロエが聞く。


「入らないのか?」


「今日は立入訓練ではない。境界位置だけ確認する」


ティセラも頷く。


「正しい判断です」


以前訓練で歩いた区域。


風向を確認し、防護装備を着け、異常があれば即撤退する。


全員がもう知っている。


だから地図作りのためだけに、わざわざ内部へ入る必要はない。


外周の杭。


退避路。


館からの距離。


周辺の地形。


そこだけを確認する。


リーゼが既存の管理図と照合した。


「第五管理区域は、本当に楽だな」


ティセラが眼鏡を直した。


「記録してありますから」


「小官が言いたいことを分かっているだろう」


「分かりません」


「絶対分かっている!」


さらに歩く。


鶏の木がある林。


風が吹く。


「コケッ」


リーゼは無視した。


「コケ、コケッ」


無視する。


クロエが木を見る。


「地図記号はどうする?」


リーゼが答える。


「食料資源」


「コケッ!」


「食料資源だ!」


シズクが笑った。


「木が抗議しているみたいですね」


「鶏ではない!」


「誰も鶏とは言っていません」


リーゼは自分で傷口を広げたことに気づき、黙った。


牛が水を飲みに来る場所。


ここは資源地点だが、危険区域でもある。


乳は取れる。


だが巨大な牛の下へ入れば危ない。


直接落ちてくる乳ですら、人間には十分危険になる。


リーゼは資源図へ印を付け、危険区域図にも同じ地点を書いた。


「一つの場所が、地図によって意味が変わるんだな」


シズクが言う。


「食べ物を取る場所でもあり、近づきすぎてはいけない場所でもありますから」


「そういうことだ」


巨大芋虫の森も同じだった。


空になった繭。


絹糸。


非常に価値が高い。


だが、生きている芋虫は人間を一口で呑める。


成虫の鱗粉にも注意が必要。


資源図では重要。


危険区域図でも重要。


生態分布図ではさらに重要。


ティセラが満足そうだった。


「ようやく複数の情報を比較できますね」


リーゼも地図を見る。


「今まで教授の記録は個別に詳しすぎたからな」


「褒め言葉として受け取ります」


「半分だけだ」


途中で、クロエが立ち止まった。


「ここ」


リーゼが見る。


「何だ?」


「川までの距離は短い」


「そうだな」


「だが館からここへ来る場合、今の道はかなり迂回している」


ノアが周囲を見る。


「ああ。昔、この辺は通れなかったんだ」


「何故?」


「でかい獣の巣があった」


エヴァが思い出す。


「いたな」


リーゼが二人を見る。


「今は?」


「いない」


「何年前から?」


ノア。


「半年くらい前?」


エヴァ。


「もっと前じゃねえか?」


リーゼの顔が引きつる。


「何故、その時点で道を見直さなかった!」


二人は同時に答えた。


「困ってなかったから」


リーゼは空を見た。


「この二人暮らし、共同体運営と相性が悪すぎる……」


だが、地図を作ったから気づけた。


昔危険だったため避けていた場所。


今は使える。


逆に、昔使えていた道へ危険植物が進出している。


生活圏は固定ではない。


谷底そのものが変わっている。


リーゼは古い道を一本消し、新しい候補路を点線で書いた。


「次にここを確認する」


シズクが地図を覗く。


「洗濯場にも近くなりますね」


「そうだ。物干し場を作るなら、この辺りも候補になる」


クロエ。


「発電設備への道としても使えるかもしれない」


アスラが地面へ手を当てる。


「魔力は悪くない」


ティセラが周囲を見る。


「大型生物の痕跡も、今のところ少ないですね」


エヴァが言う。


「じゃあ水車ここでいいんじゃねえか?」


リーゼは即座に首を振った。


「まだ川の条件を見ていない!」


「面倒だな」


「発電所だぞ!」


「回ればいいんだろ?」


「昨日も聞いたぞ、その理解!」


夕方、館へ戻る。


大判の紙へ、その日の情報を書き写す。


基礎地形図。


資源図。


危険区域図。


生活施設図。


植物分布。


魔力分布。


同じ谷底なのに、見る紙によって違う顔をしている。


シズクが壁へ仮止めされた地図を眺めた。


「私、毎日ここを歩いていたのですね」


リーゼが横に立つ。


「歩いていたからこそ、分からなかったこともある」


「どういうことでしょう」


「道を知っていると、わざわざ全体を見ない。目的地へ行ければいいからな」


シズクは少し考えてから頷いた。


ノアとエヴァも同じだった。


暮らせていた。


だから、地図はいらなかった。


今は違う。


誰か一人が知っていればいい場所ではなくなった。


皆が使う。


娘たちも来るかもしれない。


次に誰かが谷底へ落ちてくるかもしれない。


リーゼは地図の端を見る。


そこから先は白紙だった。


今日歩いた範囲だけでも、かなり広い。


それでも、谷底全体から見ればほんの一部だ。


「……広いな」


クロエが隣へ来る。


「ああ」


「お前たちは、これまでこの一部だけで暮らしていたのか」


ノアが答える。


「必要なものが大体あったからね」


リーゼは白い部分を見る。


必要なものが、そこにもあるかもしれない。


危険なものもあるだろう。


川の先。


森の先。


まだ測っていない支流。


娘二人を呼ぶための発電所を作ろうとして始めた地図だった。


だが、この地図はどうやら、それだけで終わりそうになかった。


リーゼは炭を置いた。


「明日は水車候補地を決める」


エヴァが床へ寝転がりながら言う。


「やっと発電所に戻ったな」


「最初からそのためにやっている!」


「地図作るの楽しそうだったぞ」


「仕事だ!」


そう言いながら、リーゼはもう一度地図を見た。


少し楽しいのは否定しなかった。

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