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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

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第八十一話 館の中

発電所を作るには、水量と落差を調べなければならない。そのためには川の流れと周囲の高低差を把握する必要があり、さらに水車を置く場所から館まで、どのように電力や魔力を運ぶかも考えなければならない。


そこでリーゼは、館の居間にある長机を占領した。


「まず地図だ。話はそれからだ」


机の上には、全員が持っている記録が集められていた。


ノアが以前から使っていた大雑把な地図。ティセラの生態記録と植物記録。第五管理区域の正式な管理図。クロエが谷底へ来てから記録していた距離や方角。アスラが感じ取った魔力の流れ。シズクが覚えている採集路。そして、リーゼ自身が書き留めていた館周辺の方位と距離の記録。


エヴァだけは手ぶらだった。


リーゼが睨む。


「お前の記録は?」


「頭の中」


「紙にしろ!」


「聞けば教えるぞ」


「だから今日は聞いているんだ!」


エヴァは悪びれず、椅子へ深く座った。


全く地図がないわけではない。


むしろ、妙なところだけ異様に詳しかった。


ティセラが第五管理区域の図面を広げる。


中央の池、その周囲を囲む管理境界。観測杭。風向確認地点。退避経路。試料採取地点。魔力濃度。植物の活動範囲。以前、リーゼ、シズク、クロエ、アスラが立入訓練で歩いた経路まで書き込まれている。


クロエが覗き込んだ。


「ここはそのまま使えるな」


「はい。境界の最新情報だけ更新すれば問題ありません」


アスラも地図を指で追う。


「地下の魔力分布もある程度入っている」


「継続観測していますから」


シズクが言う。


「以前歩いた道も残っていますね」


「訓練経路です」


リーゼは第五管理区域の図面を見たあと、ノアの地図を見る。


館。


川。


森。


そして、


『危ない』


『でかい魚』


『芋虫』


『あまり行かない』


リーゼは長く黙った。


「……何で谷底で一番まともな地図が第五管理区域なんだ」


ティセラが眼鏡を直す。


「公的施設ですから」


「知っている!」


「危険区域ですので、境界と退避経路の把握は必須です」


「それも知っている! 理屈が正しいから余計に腹が立つんだ!」


エヴァが笑った。


「教授が来る前は、俺と聖者だけだったからな。覚えてりゃ困らなかった」


ノアも苦笑する。


「どこに何があるかは、だいたい頭に入ってるからね」


リーゼは二人を見る。


「その運用をやめるために地図を作るんだ!」


最初はノア一人だった。


そこへエヴァが来た。


二人なら、「大きな岩の向こう」「川を上った先」「でかい獣がいる方」で通じる。


それで生活できてしまった。


だが、もう違う。


シズクがいる。


リーゼがいる。


ティセラがいる。


クロエとアスラまでいる。


さらに、クロエとアスラは娘二人のアバターまで呼ぼうとしている。


人数だけではない。


畑。


生け簀。


洗濯場。


保存蔵。


植物園。


第五管理区域。


採集場所。


狩場。


漂着物の回収地点。


生活圏そのものが広がっている。


リーゼは大判の紙を一枚広げた。


「基礎になる地形図を作る。館を基準点にする。主要河川、支流、高低差、崖、森、湿地、岩場、それから実際に歩ける道だ」


クロエが頷く。


「距離と高低差なら私が補助する」


「頼む。ただし基準は統一するぞ」


「当然だ」


アスラも口を挟む。


「地表と地下では魔力の流れが違う。魔力分布は別にした方がいい」


「それも作る」


ティセラが言う。


「生態分布図と植物分布図も分けてください」


リーゼの眉が寄る。


「何故だ」


「植物だけ数日で分布が変わることがあります」


「……分ける」


「ありがとうございます」


シズクも手を上げた。


「普段使う道も、別に書いた方がよいでしょうか」


「必要だ。地図上では近くても、実際には通れない場所があるだろう」


「あります。少し前まで使っていた道に、今は噛む草があります」


エヴァが言う。


「踏めば通れるぞ」


「貴様基準の道を作るな!」


クロエがシズクを見る。


「安全基準はシズクに合わせるのがよさそうだな」


「私ですか?」


アスラも頷く。


「この中では一番普通だ」


シズクは少し困った顔をした。


「最近、普通と言われても安心できなくなってきました」


ノアが笑う。


「シズクが一人で普通に歩けるなら安全。誰かと一緒なら大丈夫なら注意。戦える人が必要なら危険。管理者がいないと入らない場所は管理区域、くらいかな」


「それでいこう」


リーゼが即決した。


エヴァが胸を張る。


「俺なら安全区域をもっと広げられるぞ」


「お前は危険度判定から外す」


「何でだよ」


「三メートルの猪を子ブタと呼ぶ女を基準にできるか!」


「黒より小さいだろ」


「馬と比べるな!」


そこから、谷底にある資源と施設を一つずつ洗い出した。


飲料水の上流。


調理場へ引いている水路。


生け簀。


バルトリ。


畑。


保存蔵。


便所と肥溜め。


化け物植物園。


第五管理区域。


鶏の木がある林。


巨大芋虫の繭を拾う森。


牛が水を飲みに来る場所。


猪の群れ。


巨大魚が遡上する河。


漂着物が集まりやすい河岸。


石材。


魔宝石。


使える木材。


そこでリーゼが館の壁を見た。


「そういえば、この木も資源だな」


ノアが顔を上げる。


「館に使ってるやつ?」


「ああ。水を吸うのに、妙に乾くのが早い。臭いも残りにくい」


「便利だよ」


「どこで採れる?」


ノアは大判の紙の外側を指した。


「こっち」


リーゼが止まった。


「地図の外ではないか」


「まだどこまで描くか決めてなかったから」


「距離は?」


「僕なら二日かからないくらい」


エヴァが言う。


「俺なら一日」


リーゼは二人を交互に見た。


「今後、距離を『聖者なら』『エヴァなら』で答えるのは禁止だ」


「不便だな」


「共同体の地図を作っているんだ!」


クロエが館の壁へ手を当てた。


「だが、この建材は欲しいな。娘二人のアバター設備を置くなら部屋も必要になる」


アスラも周囲を見る。


「電装設備と魔術設備を今の空き部屋へ押し込むのは無理だろうな」


リーゼは答えようとして、居間を見回した。


大きな長机は地図と資料で半分以上埋まっている。


端にはノアの工具。


壁際にはティセラの記録箱。


シズクが補修する布類の籠。


クロエの小さな金属部品。


さらに誰のものか分からない箱まで置かれている。


「……外の地図を作る前に、館の使い方も一度整理した方がいいな」


エヴァが言う。


「俺の部屋ならこの前掃除したぞ」


「知っている」


全員知っていた。


大量の下着と衣装。


剣、短剣、斧などの物理武器。


昔は着られたが今は身体に合わなくなった衣装。


そして、その奥から忘れ去られていたリーゼの拳銃。


だからこそ問題だった。


リーゼが言う。


「エヴァの部屋は、もう寝室扱いをやめる」


「最初から最近は寝てねえぞ」


「知っている。だから正式に用途を変えるんだ」


「衣装部屋」


「即答か」


「もうそうなってるだろ」


「武器は別にする」


エヴァが嫌そうな顔をした。


「何でだよ」


「拳銃が武器の山の奥から出てきたばかりだろうが!」


「見つかったからいいだろ」


「よくない!」


リーゼは紙へ書く。


『エヴァ衣装室』


その隣へ、


『共用武器庫』


と加えた。


「寝る場所は?」


「聖者のところ」


「それも知っている」


「リーゼか教授が聖者んとこに来るなら、俺が別で寝る時もあるし、そのまま一緒の時もある」


「確認しているだけだから詳細を足すな!」


シズクが手を上げた。


「私は自分の部屋以外ですと、リーゼのところで寝ることがあります」


「あるな」


リーゼは普通に頷いた。


「それから、聖者とエヴァを見に行って、そのまま一緒にいることもあります」


リーゼの顔が少し赤くなる。


「シズクまで詳細に申告しなくていい!」


「ですが、部屋の使い方を調べているのでしょう?」


「そうだが!」


クロエが腕を組んだ。


「私とアスラも、寝る場所は固定ではない」


リーゼは二人を見る。


「貴様らについては知っている」


クロエとアスラには別々の部屋がある。


しかし、互いに相手の部屋へ泊まりに行くことが多い。


理由も知っている。


リーゼはできれば考えたくなかった。


「前から思っていたが、貴様らもう同じ部屋でいいのでは?」


「断る」


「断る」


即答だった。


「何故だ!」


クロエが平然と答える。


「相手の部屋へ忍び込むから意味がある」


アスラも頷いた。


「最初から同室では襲撃にならん」


「エロ拷問のために二部屋使うな!」


「必要だ」


「必要だな」


「そこでだけ意見を合わせるな!」


ティセラが眼鏡を直した。


「そもそも、個室と寝室を同一視しなくてもよいのでは?」


リーゼが見る。


「どういう意味だ」


「皆さん、就寝場所がかなり流動的です。個室は私物を置く場所、一人になりたい時に使う場所、着替える場所として確保する。その日の寝床まで固定する必要はありません」


クロエが頷いた。


「合理的だ」


アスラも異論はないらしい。


シズクも頷く。


エヴァは最初からどうでもよさそうだった。


リーゼは少し考えた。


「……そうするか」


個人用の部屋は残す。


ただし、「この人は必ずここで寝る」という部屋ではない。


その方が、今の生活には合っていた。


そこでシズクが言った。


「洗濯の場所も、見直した方がよいと思います」


「バルトリがあるだろう」


「洗うこと自体はできます」


「では何が足りない?」


シズクは居間から廊下を見る。


「洗う前と、洗った後です」


二人暮らしの頃は、洗濯物が出る場所がほとんど一つだった。


今は違う。


ノアとエヴァが使う部屋。


リーゼの部屋。


シズクの部屋。


ティセラの部屋。


クロエの部屋。


アスラの部屋。


その日の組み合わせ次第では、さらに別の場所。


しかも三組、時には四組が、別々の場所でシーツや毛布を盛大に汚す。


寝具だけではない。


寝衣。


下着。


普段着。


リーゼの軍装。


シズクの巫女装束。


ティセラの普段着や研究作業用の衣類。


エヴァが大量に持っている下着とコスプレ衣装。


第五管理区域などで使う防護服。


クロエとアスラの忍装束だけは事情が違った。


クロエの装束は身体表面へ形成されるフィルム状のもの。


アスラの装束も、自身の髪などから形を作る。


脱いで洗濯籠へ放り込むような衣類ではない。


その点では二人は洗濯物を増やしていなかった。


ただし、寝具の方はしっかり増やしていた。


リーゼが二人を見る。


「昨日もか?」


クロエ。


「ああ」


アスラ。


「かなり酷かったな」


「詳しく言うな!」


シズクが続ける。


「今は、汚れた物を集める場所がありません。各部屋からそのまま洗濯場へ持っていっています」


リーゼが理解する。


「洗濯機能ではなく、流れがないのか」


「はい。それに、洗った後の一時置き場も足りません」


「物干しは?」


「足りません」


これも即答だった。


「シーツや毛布をまとめて洗うと、それだけでかなり場所を使います。そこへ服や下着まで干しますので」


エヴァが言う。


「俺の衣装もあるしな」


リーゼが睨む。


「貴様は減らせ」


「嫌だ」


「即答するな!」


クロエが言う。


「娘二人のアバターが動き始めれば、さらに二人分の生活用品が増える」


アスラも頷く。


「服くらいは着せるからな」


リーゼは額を押さえた。


「発電所を作るために地図を作り始めたはずなのに、何故小官は洗濯物の管理を考えているんだ……」


ノアが笑う。


「必要になったからじゃない?」


「それは分かっている!」


リーゼは別の紙へ書き始めた。


汚れ物集積所。


仕分け台。


洗浄待ち置場。


洗浄済み置場。


補修待ち。


返却待ち。


そして、大型の物干し場。


シズクが横から言う。


「雨でも使えるように、屋根があると助かります」


「ただし風は通したいな」


ノアが言った。


その言葉で、シズクがノアを見る。


「でしたら、聖者のお食事の場所も一緒に考えられませんか?」


ノアが首を傾げる。


「僕の?」


「はい」


ノアは体質のため、館の中へ長く留まらないことがある。


特に食事は、軒下や屋外の机で一人で取ることが多い。


戸を開けていれば声は届く。


話もできる。


それでも、全員が同じ卓を囲んでいるわけではない。


シズクは何度もそれを見ていた。


「聖者だけ、外でお食事をすることがありますよね」


「その方が安全だからね」


「完全に離れるのではなく、風が通る場所で少し距離を取るのでは駄目ですか?」


ティセラが考える。


「閉鎖空間に比べれば、かなり滞留を抑えられます」


クロエが言う。


「屋根付きの大きなバルコニーか」


アスラ。


「壁を作らず、風を抜く」


リーゼも紙へ線を引き始める。


「卓そのものを大きくする。聖者の位置と他の者の位置を少し離せるようにして、それでも普通に会話はできる距離にする」


エヴァが嬉しそうに笑った。


「いいじゃねえか。聖者だけ軒下で一人飯ってのも変だったしな」


ノアがエヴァを見る。


「前からそう思ってたの?」


「困ってねえと思ってた」


「困ってはいないけど」


「じゃあ今度は、困ってなくても一緒に食えるようにすればいいだろ」


ノアは少し黙ったあと、笑った。


「そうだね」


リーゼは紙へ、


『半屋外共同食堂』


と書いた。


その横に、


『屋根あり』


『壁なし』


『通風優先』


と加える。


さらに、大型物干し場も同じように屋根を付け、風が抜ける構造にする。


洗濯物を干している横で飯を食うわけにはいかないので、同じ構造思想で別々の場所へ作る。


ノアが館の外を見る。


「そうなると、やっぱり建材がかなりいるね」


クロエが頷く。


「例の木を採りに行く必要がある」


アスラも言う。


「ついでに場所を地図へ入れる」


リーゼは目の前の紙を見た。


発電候補地。


資源地図。


建材。


部屋の再編。


衣装室。


武器庫。


電装工作室。


魔術設備。


娘二人のアバター室。


洗濯物集積所。


大型物干し場。


半屋外共同食堂。


話は、水車一つから恐ろしいほど膨らんでいた。


「……これ、発電所を作るだけの話ではなくなったな」


クロエが答える。


「最初から娘二人をこちらで暮らせるようにする話だ」


アスラも頷く。


「二人だけ増やせば済むわけではない」


ティセラが言う。


「現在の生活設備そのものが、今の人数を前提に作られていません」


シズクも館を見回す。


「必要になるたび、少しずつ足してきましたから」


ノアはしばらく、自分の作った館を見た。


最初は一人の家だった。


エヴァが来て、二人の家になった。


そこから一人ずつ増えた。


暮らせてはいる。


だが、暮らし方そのものは、二人だった頃の名残を大量に残している。


「じゃあ、ちゃんと作り直そうか」


エヴァが聞く。


「館を?」


「全部壊したりはしないよ。今あるものを使いながら、みんなで暮らす場所として整理しよう」


シズクが笑った。


リーゼは大判の地図と、その隣へ増えた改修案を見る。


外の谷底を地図にする。


資源を調べる。


水車を作る。


娘たちを呼ぶ。


そして、自分たちが暮らしている館も、今の人数に合わせて作り替える。


二人だけで始まった生活は、いつの間にか、皆で共有する暮らしへ変わろうとしていた。

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