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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

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第八十話 産業革命

「まず、水車だ」


翌朝になっても、リーゼは諦めていなかった。


館の居間には大きな板が立てられ、その前にリーゼがいる。手には炭の棒。板には円と棒と矢印が描かれていた。


ノア。


クロエ。


アスラ。


ティセラ。


シズク。


エヴァ。


全員が集められている。


「水流で羽根を回す。その回転を軸へ伝える。ここまではいいな?」


シズクが手を上げた。


「はい。水で回る大きな車輪、ということですね」


「そうだ」


エヴァも頷く。


「回ればいいんだな」


「お前の理解は雑すぎるが、今はそれでいい」


クロエが板を見る。


「回転数は?」


「川を見て決める」


「負荷変動は?」


「それも調べる!」


「電圧制御は?」


リーゼが止まった。


「……そこから先は、発電機を作ってから考える」


クロエが頷く。


「では制御器はこちらで組む」


リーゼが炭を置いた。


「待て」


「何だ」


「今、小官が説明している」


「知っている」


「なら最後まで小官にやらせろ!」


クロエは不思議そうだった。


「効率が悪いだろう」


「効率の話ではない!」


エヴァが笑う。


「昨日から面倒くさいな、お前」


リーゼは無視した。


「いいか。これは文明の発展というものだ。最初から完成品を出してはいけない。水車を作り、改良し、必要なものを一つずつ――」


アスラが手を上げた。


「この軸へ魔法陣を刻めば、回転そのものを魔力へ変換できるぞ」


リーゼのこめかみが動いた。


「後にしろ」


「何故だ」


「今は水車の話だ!」


「だから水車を使う話だろう」


ティセラも板へ近づいた。


「魔力へ変換するなら、この部分へ蓄積用の術式を置いた方が良いですね。回転数が不安定でも、出力を均せます」


「教授!」


「はい?」


「貴様まで入ってくるな!」


「共同設備では?」


「そうだが!」


ノアが横から板を見る。


「でも、魔力と電気を両方取るなら、同じ軸から分けた方が楽かもしれないね」


リーゼはノアを見た。


少し期待した顔だった。


「分かっているな、ノア」


「うん」


「水車から軸を取る。そこまではいい」


「そうだね」


「そして発電機へつなぐ」


「うん」


「そこから電気を取る」


「うん」


リーゼの顔が少し明るくなる。


「そうだ。これだ。順番に積み上げる。まず動力。次に発電。その次に利用先――」


ノアが続けた。


「ただ、発電機の中身は僕も曖昧なんだよね。磁石とコイルを使うのは分かるけど」


リーゼの顔がさらに明るくなった。


「そうだ!」


ノアが少し驚く。


「え?」


「それでいい!」


「何が?」


「その曖昧さだ!」


ノアが困った顔をした。


「褒められてる?」


「小官と同じ高さにいる!」


「それは褒めてない気がするな」


クロエが横から言う。


「磁石なら作れるぞ」


リーゼが固まった。


「……何で」


「身体の補修用に磁性材料を扱う機能がある」


「貴様の身体、何でもありか!」


「何でもではない」


「十分多い!」


アスラも言う。


「磁場なら魔術でも作れる」


リーゼが振り返る。


「お前は黙れ!」


「何故私だけ!」


シズクは二人のやり取りを見ながら、ノアへ小声で尋ねた。


「産業革命とは、こういうものなのですか?」


「たぶん違う」


「そうですよね」


リーゼは一度深呼吸した。


「いいか。小官の世界では、動力を大量に使えるようになることには大きな意味がある。人の手で回していたものを機械が回す。何人も必要だった仕事を、一つの動力で動かす。それが工場になり、鉄道になり、船になり――」


ティセラが頷く。


「つまり、生産力を一段階引き上げる基盤技術?」


リーゼが嬉しそうに指を差した。


「そうだ! そういうことだ教授!」


「ではクロエさんの工作技術を接続すれば、かなり短期間で生産設備まで到達できますね」


リーゼの指が止まった。


クロエが言う。


「加工精度が必要なら私が見る」


アスラ。


「金属を融かすだけなら術式でどうにでもなる」


ティセラ。


「温度管理はこちらでも可能です」


ノア。


「旋盤みたいなものも作れるかもしれないね」


リーゼはその場にしゃがみ込んだ。


エヴァが見下ろす。


「今度は何だ」


「小官が百年かけて積み上げようとしていた文明を、こいつらが一刻で飛び越えていく……」


「便利でいいじゃねえか」


「良くない!」


リーゼが立ち上がった。


「小官にも文明発展の喜びを味わわせろ!」


クロエが首を傾げる。


「わざと不便にするのか?」


「そういう意味ではない!」


アスラも分からない顔をしている。


「完成させられるのなら完成させればいいだろう」


「お前たちは何も分かっていない!」


「何をだ」


「積み重ねだ!」


ティセラが真面目に記録し始めた。


「技術体系の発展そのものに情緒的価値を感じる、と」


「教授、それを記録するな!」


居間に笑い声が広がった。


しかし、結局リーゼの主張にも一理あった。


クロエが発電機を作れるとしても、材料は必要だった。


アスラが魔力変換術式を組めるとしても、設置する場所が必要だった。


ティセラが効率を測れるとしても、元になる水流の条件が分からなければ始まらない。


ノアが言う。


「まず、水車を置ける場所を探そうか」


リーゼはようやく立ち直った。


「そうだ。そこは小官の仕事だ」


クロエがすぐに言う。


「私も行く」


「何故だ!」


「距離と高低差は私の方が正確に測れる」


リーゼは口を閉じた。


アスラも続ける。


「魔力の流れも見る必要がある」


ティセラ。


「周辺生態も確認しないと危険ですね」


エヴァ。


「でかい獣が通る場所に作ったら壊されるぞ」


シズク。


「増水する場所も避けた方がよいと思います」


ノア。


「みんなで見た方がいいね」


リーゼは全員を見た。


一人で産業革命を始めるつもりだった。


気がつけば七人で水車候補地を探す話になっている。


「……ノア」


「うん?」


「小官の出番、残っているよな?」


「地図と測量はリーゼが一番詳しいと思うよ」


リーゼの顔が少し戻った。


「そうか」


「うん」


「ならいい」


エヴァが笑う。


「扱いやすいな」


「聞こえているぞ!」


そこでリーゼは板へ向き直った。


「では最初に、館周辺の地図を出せ」


ノアが止まった。


「地図?」


「そうだ。河川、高低差、既存施設、危険区域が分かるものだ」


ノアは少し考える。


「あるにはあるけど」


「なら早く出せ」


ノアは自分の部屋へ行き、一枚の紙を持って戻ってきた。


リーゼは受け取った。


そこには館らしい四角。


川らしい線。


畑。


森。


滝。


そして何ヶ所かに、


『危ない』


『でかい魚』


『芋虫』


『あまり行かない』


と書かれていた。


リーゼは長い時間、その紙を見た。


ノアが聞く。


「どう?」


リーゼは顔を上げた。


「これは地図ではない!」


ノアは少し困った。


「僕には分かるんだけど」


「貴様にしか分からん!」


クロエが横から覗き込む。


「縮尺は?」


「ない」


「方位は?」


「大体こっちが上流」


アスラ。


「魔力分布は?」


「書いてない」


ティセラ。


「生物圏の境界もありませんね」


エヴァ。


「俺なら歩けば分かるぞ」


リーゼが叫ぶ。


「それを地図にするんだ!」


シズクが紙を覗き込む。


「でも、館から水場へ行く道は分かりますね」


リーゼが見る。


「お前まで擁護するな」


「擁護ではありません」


「では何だ」


「私もこれなら分かります」


リーゼはシズクを見る。


それから地図を見る。


さらにノアを見る。


「二人にしか分からん!」


ノア。


「増えたね」


「喜ぶな!」


クロエが地図の端を指した。


「この『危ない』は何だ?」


ノアが見る。


「ああ。そこは巨大な獣が通る」


エヴァが思い出したように言う。


「たまに三頭くらい来るな」


リーゼが固まる。


「何故それを『危ない』の四文字で済ませる!」


「危ないから」


「そういう問題ではない!」


アスラも別の場所を指す。


「この『芋虫』は?」


シズクが答える。


「人間くらい一口で飲み込める芋虫です」


リーゼ。


「それも芋虫の一言で済ませるな!」


ティセラが眼鏡を直す。


「繭は絹糸資源として有用です」


リーゼはさらに頭を抱えた。


「危険生物と資源情報が同じ紙で雑に共存している!」


クロエが少し考える。


「なら分ければいい」


リーゼが顔を上げる。


「何を」


「基礎地形図。資源図。危険区域図。魔力分布図」


ティセラも頷く。


「生態分布図も必要ですね」


アスラ。


「地下魔力の流れも」


シズク。


「普段歩ける道もあった方がよいです」


エヴァ。


「狩場も書いとけ」


ノア。


「木材を取れる場所も」


リーゼが全員を見る。


少しずつ、顔が軍人へ戻っていく。


「……よし」


炭を持つ。


「全部作る」


エヴァが笑った。


「産業革命より大仕事になってないか?」


リーゼは即答した。


「黙れ!」


発電所を作る話は、まだ始まったばかりだった。


だがその前に。


谷底には、まともな地図が必要だった。

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