表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十一章 谷底Ⅳ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/193

第七十九話 娘たちを呼ぶ

クロエが目を覚ました時、最初に見えたのは、見慣れない天井ではなく、すぐ隣で横向きに眠っているアスラの紫髪だった。


二人とも何も着ていない。


床にも寝台の周囲にも、衣服らしいものはほとんど残っていなかった。クロエの寝衣は昨夜の早い段階でアスラに切り裂かれ、アスラの忍装束も途中でクロエが外している。その後は互いに相手を拘束し、逃れ、また捕まえ、昔から何度も繰り返してきたエロ拷問の応酬になった。


クロエの手首や足首には拘束の痕が残り、褐色の肌にも昨夜の名残がいくつもある。アスラも同じだった。青い肌にはクロエが仕掛けた神経操作や拘束の跡が残り、寝台の端には途中で外された魔術具と、引きちぎれた細い金属糸が絡み合っている。


普段なら、こんな朝は二人とも起きるなり露天風呂へ向かう。


「あー、エロ拷問の後の露天風呂は気持ちいい」


などと言いながら湯へ浸かり、昨夜どちらが勝ったかでまた口論を始める。それが谷底へ来てから妙に定着し始めた二人の朝だった。


だが、今日は違った。


昨夜は終わらなかった。


普段なら、どちらかがある程度満足すれば、途中から単なる意地の張り合いになったとしても、最後には笑って終わる。それから風呂へ行くなり、水を飲むなりして、適当なところで寝る。


昨夜のアスラは、そこから先も仕掛けてきた。


クロエが一度形勢をひっくり返しても、アスラは止めなかった。


魔法陣を増やし、肉の触手を作り直し、拘束を破られれば別の方法を試し、クロエが神経接続を返せば、さらに魔術で押し返してきた。


いつもの負けず嫌いとは少し違った。


荒れていた。


クロエも途中で気づいていた。


だからこそ付き合った。


止めろとも言わず、昨夜は最後まで相手をした。


結果として、露天風呂へ行く余力まで使い果たし、二人とも全裸のまま、片付けもせず寝台へ倒れ込んだらしい。


クロエは身体を起こし、銀髪を肩から払った。


隣でアスラが小さく動く。


「……起きているだろう」


返事はなかった。


クロエはアスラの横顔を見る。


「寝たふりをするな」


「うるさい」


やはり起きていた。


「いつもなら、先に風呂へ行くと言うところだな」


「今日はいい」


クロエの目が少し細くなった。


その一言で、ほぼ確信した。


「アスラ」


「何だ」


「ホームシックか?」


アスラの目が開いた。


「違う」


「早いな」


「何がだ」


「否定が」


アスラは身体を起こし、乱れた紫髪を後ろへかき上げた。胸元から腹、腿にかけても昨夜の痕が残っているが、本人は気にする様子もない。


「貴様、朝から殺されたいのか」


「昨夜からずっと殺そうとしていただろう」


「まだ足りん」


「やはり荒れているな」


アスラの眉が動く。


クロエはそこで笑わなかった。


しばらく何も言わず、窓の外を見る。


谷底の朝は、地上より静かなようで静かではない。遠くの森から巨大な獣の鳴き声が響き、川の水音が絶えず聞こえる。時々、館の屋根よりはるか上を大きな影が通る。


暮らせる。


飯もある。


湯もある。


寝床もある。


敵もいる。


その敵とは、昔から何度も殺し合い、拷問し、共闘し、気が向けばこうして同じ寝床にいる。


だが、足りないものがある。


クロエ自身も、それを考えないようにしていた。


アスラが窓の方を向いたまま言う。


「……ネイラは、ちゃんと飯を食っているだろうか」


クロエは何も言わなかった。


ようやくアスラ自身から出た。


「私がいないと、あの子は作業に集中しすぎることがある」


「あるな」


「また何か妙な機械を拾ってきて、分解しているかもしれん」


「それもある」


「前に聞いたら、構造は覚えたから戻せると言っていた」


クロエの口元が少し緩んだ。


「私に似たな」


「そこは認める。あの子は頭がいい」


アスラは少し間を置く。


「口も達者だが」


「お前が育てているからだろ」


「貴様の娘でもある!」


いつもの調子が少しだけ戻った。


クロエは肩をすくめる。


「ルヴァナも何をしているか分からんな」


アスラがすぐにこちらを見る。


「元気だろう」


「元気すぎる方を心配している」


「先月、庭の石柱を持ち上げたと言っていたな」


「ああ」


アスラは嬉しそうに笑った。


「私に似た」


「考える前に動くところまでな」


「良いことだ」


「限度がある」


ネイラは姉だった。


清楚で生真面目そうな見た目をしていて、頭がいい。構造を理解するのが早く、一度見たものをよく覚える。変な機械を見つければ分解するが、戻せるのかと聞けば「構造は覚えたから大丈夫」と平然と言うような娘だった。


ルヴァナは妹で、姉とは対照的だった。


明るく、勢いがあり、格好も言動も軽い。だが身体能力は高く、特に力が強い。考えるより先に身体が動くところまでアスラに似ている。


普段、ネイラはアスラの家で暮らし、ルヴァナはクロエの家で暮らしている。


だからといって、どちらか一方だけの娘ではない。


二人とも、クロエとアスラの娘だった。


互いの家へ行く。


四人で飯を食う。


遅くなれば泊まる。


娘たちが寝た後に喧嘩を始めることもある。


相手用の寝具まで、互いの家に置いてある。


クロエはようやくアスラを見る。


「会いたいんだろ」


アスラは黙った。


「ネイラにも、ルヴァナにも」


「……貴様は違うのか」


クロエは少し考えた。


「同じだ」


アスラが目を瞬いた。


クロエが素直に認めると思っていなかったらしい。


「昨日、お前が荒れているのを見ていて分かった」


「だったら途中で言え」


「言ったらお前は否定する」


「今も否定している」


「だから昨日は黙って付き合った」


アスラが昨夜の痕だらけのクロエを見る。


それから自分の身体を見る。


「……付き合い方がおかしいだろう」


「私たちだからな」


数秒の沈黙の後、アスラが吹き出した。


クロエも小さく笑った。


ようやく昨夜から張り詰めていたものが少し緩んだ。


クロエは寝台の端へ腰を下ろした。


「呼ぶか」


アスラが顔を上げる。


「何を」


「娘たちだ」


今度こそアスラは完全に黙った。


「ここへ?」


「ああ」


「分つ河へ投げ落とすつもりなら、先に貴様を殺すぞ」


「そんなことをするか」


クロエは胸元の神経接続端子を指先で叩いた。


「アバターを使う」


アスラの表情が変わった。


すぐに意味を理解した。


「こちらへ疑似身体を置くのか」


「本体は向こうに残す。こちら側で動く身体だけ用意する」


「接続距離は?」


「普通なら無理だ」


「ならどうする」


「お前の魔術を使う」


アスラの片眉が上がる。


「貴様が私を頼るのか」


「娘のためならな」


その答えだけで、アスラはもうからかわなかった。


「分かった」


「早いな」


「娘の話だ」


クロエは頷いた。


そこだけは、昔から二人とも同じだった。


問題はすぐに出た。


クロエが指を折る。


「アバター本体。神経接続。演算装置。通信を代替する中継機構。それと電源」


アスラも続ける。


「魔力接続。意識保持。こちら側の身体と向こう側の本体を結ぶ術式。それと魔力供給」


「電力がいる」


「魔力もいる」


二人は顔を見合わせた。


「足りるか?」


アスラが聞く。


クロエは即答した。


「足りない」


「こちらもだ」


娘二人を少しの時間だけ映すなら、どうにかなるかもしれない。


だが、それでは意味がない。


話す。


飯を囲む。


館を歩く。


一緒に風呂へ入る。


寝る。


翌朝また起きる。


普通に家族として過ごしたいなら、アバターを安定して長時間維持する必要がある。


クロエは立ち上がった。


「風呂へ行くぞ」


アスラも寝台から降りる。


「ようやくか」


「このまま居間へ出たらリーゼがうるさい」


「服を着ればいいだろう」


「その前に洗いたい」


二人は昨夜散らかしたものを一瞥した。


片付けは後だ。


いつものように全裸のまま廊下へ出ようとして、クロエが一度止まった。


「何だ?」


「いや」


クロエはアスラを見る。


「娘たちを呼べるかもしれんと思ったら、お前の顔が少しマシになった」


「殺すぞ」


「それでいい」


その朝、二人はいつもより遅く露天風呂へ向かった。


そして朝食の頃には、娘二人を谷底へ呼ぶという話が、館の全員へ広がっていた。


「娘たちを呼びたい」


クロエがそう言うと、リーゼが食事の手を止めた。


「呼ぶ?」


シズクも顔を上げる。


「ネイラさんとルヴァナさんを、ですか?」


「そうだ」


アスラが続けた。


「ただし、本人を落とすわけではない」


ティセラはもう紙を出している。


「遠隔身体ですか?」


クロエが教授を見る。


「話が早いな」


「本体は元の場所へ残し、こちら側へ作った身体へ意識だけを接続する?」


「大体合っている」


リーゼが眉を寄せた。


「小官には大体どころか、ほとんど分からん」


ノアは少し考えた。


「本人を危険な谷底へ連れてくる必要がないなら、それが一番いいね」


クロエが頷く。


「問題は電力だ」


アスラも言う。


「魔力もいる」


シズクが尋ねる。


「今あるものでは足りないのでしょうか」


「短時間ならどうにかなる」


クロエは答えた。


「だが、娘を呼んで、一刻か二刻だけ話して消すつもりはない」


アスラも頷く。


「普通に一緒に暮らすなら、安定した供給が必要だ」


エヴァが朝食の肉を食べながら言う。


「増やせばいいだろ」


リーゼが見る。


「何をだ」


「電気と魔力」


「その増やし方を相談しているんだ!」


エヴァはノアを見る。


「聖者、何かないのか?」


ノアも窓の外へ目を向けた。


館の横を水が流れている。


飲み水。


調理場。


冷却。


生け簀。


洗濯設備。


谷底の暮らしは、かなりの部分を水へ頼っている。


「水かな」


「水?」


リーゼが窓を見る。


少しの間、黙っていた。


それから急に立ち上がった。


「待て」


全員が見る。


リーゼはノアを指差した。


「貴様、水を使って洗濯する装置を持っているな?」


「バルトリ?」


「そうだ! あれだけの水量を使っている。川もほぼ一年中流れているんだな?」


「今のところは」


「それなのに水車は?」


ノアが瞬きをした。


「ないよ」


「発電機は?」


「ない」


「動力用の水車も?」


「必要なかったから」


リーゼの目が輝いた。


「産業革命だ!」


シズクが隣のエヴァを見る。


「何が始まるのでしょう」


「知らん」


ティセラは興味深そうにリーゼを見ている。


リーゼは一気に元気になった。


「水がある! 流れがある! 落差もある! なら回転力を取れる! まず水車だ。そこから動力を取り、発電し、工作機械を――」


クロエが手を上げた。


「発電機なら私が設計できる」


リーゼの笑顔が止まった。


アスラも続ける。


「回転運動を魔力へ変える術式なら組めるぞ」


ティセラ。


「変換効率はこちらで測定できます」


ノアも言う。


「前世で水力発電の仕組みくらいなら知ってるよ」


リーゼの両手が、ゆっくり下がった。


「…………」


エヴァが笑う。


「産業革命、終わったか?」


リーゼは椅子へ座った。


「小官の産業革命が……」


クロエが首を傾げる。


「何故落ち込む」


「お前たちは何でも持ちすぎなんだ!」


アスラ。


「便利でいいだろう」


「そういう問題ではない!」


リーゼはしばらく俯いていたが、やがてノアを見る。


「ノアぁ……」


「何?」


「お前だけは、小官と同じ側だと思っていたのに……」


ノアは困ったように笑った。


「僕も専門家じゃないよ」


「そこではない!」


娘二人を呼びたい。


ただそれだけから始まった話は、その日の朝には水車と発電設備を作る計画へ変わっていた。


そして帝国航空隊大尉リーゼは、産業革命を始める前から、谷底に集まりすぎた技術体系へ少し心を折られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ