第八話 谷底では液体は消えるが、便は残る
洗濯場からさらに離れたところに、便所がある。
その裏には、大きな蓋付きの肥溜め。
「糞と小便はここへ集める」
「肥料にするのですね」
「分かるなら早い。しばらく寝かせてから畑へ戻す」
囲いの柱には淡い緑色の魔宝石が埋め込まれている。
「これは虫除け。蝿なんかを寄せにくくする。それと、聖者の話じゃ悪い菌が増えるのも抑えるらしい」
「菌?」
「俺もよく分からん。目に見えないくらい小さい生き物がいるんだと。腐らせたり、腹を壊させたり、病気にしたりする」
「そんなものがどこに?」
「どこにでも」
エヴァがシズクの手を指した。
「手にもいる」
シズクは自分の手を見る。
「今も?」
「たぶんな」
袖で拭こうとすると、エヴァが笑った。
「全部悪いわけじゃない。食べ物を作るのに必要なのもいるらしい」
「聖者は医者だったのですか」
「違う」
「学者?」
「それも違う」
「では、なぜそんなことまで」
「昔の世界じゃ割と普通に知られてた知識らしい」
シズクは黙った。
自分の国なら、神官や医師が秘伝として扱っていてもおかしくない知識だった。
「水場を上から飲み水、調理、洗濯の順にしたのも、便所を下流側へ離したのも聖者だ。俺は菌なんぞ見えんが、腹を壊すことは減った。なら役に立ってるんだろ」
エヴァは肥溜めの蓋を確認してから、ふと思い出したように言った。
「あと、シズク」
「はい」
「昨日覗いてたから分かると思うが」
「その前置きはやめてください」
「俺は結構、そこら中を汚す」
シズクは嫌な予感がした。
「何で?」
「よだれを垂らす。鼻水も垂らす。潮を吹く。失禁もする。むしろ聖者が喜ぶから、放尿してる。あとは聖者が、腹や尻の穴に出した精液が、いちばん量が多い。まあ、身体から出る液体一式だと思っとけ」
「思いたくありません」
エヴァは館の方を指した。
「この家の木、妙なんだよ。濡れてもすぐ乾くし、臭いもほとんど残らない」
「そうなのですか」
「ああ。水も、小便も、精液も、朝にはだいたい綺麗に消えてる。木が吸ってるのか、分解してるのか、聖者にも分からんらしい」
「そんな性質まで」
「だから小便なら、本当に便所まで間に合わん時は館の中でも何とかなる」
シズクは耳を疑った。
「……家の中で?」
「ああ」
「嫌です!」
「嫌なら便所へ来い」
「来ます!」
「なら問題ない」
エヴァは指を一本立てた。
「ただし便は駄目だ」
「するつもりありません!」
「これは本当に駄目だぞ」
「なぜ念を押すのですか」
「何回かやった」
シズクが止まった。
「……なぜ?」
「試しに便のある時に、かん腸プレイというのをしてだな、わざと便を漏らしてみた。あと、聖者がひたすら尻の穴に出し続けて、同じように便を漏らした。ほか、いろいろだ」
「いろいろで済ませないでください!」
「液体は綺麗に消えるのに、固形物だけは残る」
エヴァは腕を組んだ。
「本当に不思議な家だ。何を基準に消してるんだろうな」
「それを確かめるために、便を使わないでください!」
「身をもって分かったから、シズクには先に教えてる」
「学ばなくても分かります!」
「なら結論は一つだ」
「何でしょう」
「便は便所でしろ」
「最初からそれだけでよかったです!」
エヴァの笑い声が便所の裏まで響いた。




