第六十九話 安全都市は平和で、忍者だけが妙におかしい
人数が増えれば、洗濯物も増える。その日は朝から、シズクとリーゼ、ティセラ、クロエ、アスラで衣類を洗い、外へ干していた。
リーゼはクロエの衣類を一枚持ち上げ、しばらく眺めた。
「これは下着か?」
「そうだ」
「貴様、忍装束の下には何も着ていなかっただろう」
「忍装束の時は着ない。身体へ直接形成するからな」
アスラも洗った布を絞りながら頷いた。
「日常では普通に着るぞ」
「ブラジャーも?」
「ある」
「ショーツも?」
「ある」
「ストッキングもタイツも?」
「ある」
「ガーターベルトも?」
「あるぞ」
リーゼは少しだけ安心した。
「そこは普通なのだな」
そう言って、手の中にあるブラジャーを改めて見た。そして、すぐに眉を寄せる。
「……待て。何故これも乳房ごとに完全に分かれている」
「服に合わせるからだ」
クロエが答えた。
「またそれか!」
忍者世界では、乳房を一房ずつ包む形の服が珍しくない。そのため、ブラジャーも最初から房ごとに支える形で作られているものが一般的だった。
シズクが興味深そうに尋ねる。
「そういう服がお嫌いな方は、どうするのですか?」
「別の服を着る」
アスラが答えた。
「胸元を大きく開ける奴もいるし、前を開ける奴もいる」
クロエも続ける。
リーゼは別の上着を広げた。胸元がかなり大きく開いている。
「これでは乳房がこぼれ落ちそうではないか」
「そうだな」
「そうだな、ではない!」
「別に珍しくないぞ」
ティセラが洗濯物を干しながら言った。
「文化的に、その程度の露出へ強い性的意味を付けていないのでしょうね」
クロエは首を傾げた。
「昔からだ」
「忍装束も、身体の線がかなり分かりやすいですよね」
シズクが言う。
「そういう仕立てだ」
アスラが平然と答えた。
リーゼは忍装束を思い出し、さらに眉を寄せる。
「何故、筋肉の線はそこまで強調されないのに、乳房や乳首や股の線ははっきり出るんだ」
クロエとアスラは顔を見合わせた。
「昔から」
「伝統だ」
「全部それで済ませるな!」
しばらくして、ティセラが別の疑問を口にした。
「しかし、お二人の安全都市は、話を聞く限り、かなり平和ですね」
「安全都市だからな」
クロエが答える。
「私の学園都市と、治安水準はそれほど違わないようにも感じます」
「普通だろう」
アスラが言う。
リーゼが振り向いた。
「普通なのか?」
「安全でなければ、どうやって生活する」
クロエは本気で不思議そうだった。
「家がある。店がある。病院がある。学校がある。子供を育てるなら、普通に暮らせる場所が必要だ」
アスラも頷く。
「娘を毎日、危険な場所へ置くわけがないだろう」
シズクも素直に頷いた。
「とても普通のお話ですね」
「普通の話だからな」
ティセラはさらに尋ねる。
「人間以外の種族も、普通に生活しているのですか?」
「している」
「オークも?」
「店をやっている奴もいる」
「ミノタウロスも?」
「学校にもいるぞ」
リーゼは洗濯物を握ったまま、しばらく黙った。
「……貴様らの世界、忍者以外はかなりまともではないか?」
クロエが答える。
「私たちは忍者だ」
「そこだ!」
リーゼが指を差した。
「そんなに普通の都市を作れて、学校も病院も家庭生活も成立しているのに、何で忍者だけエロ拷問するんだ!」
クロエとアスラが顔を見合わせた。
「忍者だからだ」
「忍者だからな」
「説明になっていない!」
だが、二人には本当に、それ以上の説明が必要だという感覚がないらしい。
正式な成人忍者には、必須の知識がある。
クロエが指を折る。
「『エロ植物』」
アスラが続ける。
「『エロ動物』」
「『エロ魔物』」
「『エロ拷問』」
「『エロ行為』」
リーゼが止まった。
「五巻?」
「基本五巻だ」
「必修だ」
「何故だ!」
クロエは当然のように答える。
「仕掛ける側が知らなくてどうする」
アスラも言う。
「仕掛けられる側も知らなければ、性質も弱点も分からず、脱出できん」
リーゼは額を押さえた。
「筋が通っているのが余計に腹立たしい」
ティセラはむしろ少し感心していた。
「対象の生態、作用、利用法、対処法を一つの体系にしているのですね。実務資料としては合理的です」
「教授は納得するな!」
そこへシズクが、ふと別のことを思い出した。
「ネイラさんとルヴァナさんは、お二人とももう大人なのですよね?」
「ああ」
「成人している」
「仲も良いのですか?」
クロエが普通に答える。
「良いぞ。付き合っているからな」
リーゼの手から洗濯物が落ちた。
「……何?」
アスラが振り返る。
「交際している」
「姉妹だろう!」
「そうだが?」
二人とも、本当に何を驚かれているのか分からないという顔だった。
ティセラが少し慎重に尋ねる。
「お二人の世界では、近い血縁者同士の交際や婚姻に、生殖上の問題は?」
「ない」
「少なくとも、お前たちが考えているような問題はない」
「社会的な禁忌は?」
「何故?」
今度はティセラが考え込む。
「なるほど。生殖上の条件そのものが違うなら、それを基礎に形成される倫理も違って当然ですね」
リーゼが叫んだ。
「教授はすぐ理解するな!」
クロエは首を傾げる。
「成人した二人が互いを好きで、身体的にも問題がなく、社会的にも問題がない」
アスラも続ける。
「私たちも困っていないし、本人たちも困っていない」
二人がリーゼを見る。
「何がおかしい?」
リーゼは口を開いたまま、少し止まった。
「……小官の世界では、おかしいんだ!」
「そうなのか」
「世界によって違うのだな」
クロエとアスラはあっさり納得した。
リーゼは両手で頭を抱える。
「何故、貴様らの方が異文化を理解する側になっているんだ!」
その日の洗濯は、肉体的には大した作業ではなかった。それでもリーゼだけは、夕方になる頃には妙に疲れていた。




