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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第九章 分かつ河Ⅰ

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第六十五話 大人しくなっても、宿敵二人の口は止まらない

翌朝。


クロエとアスラは、妙に大人しかった。


少なくとも、手は出していない。


館の前には昨日の超巨大な魔物の肉がまだ残っており、ノアとエヴァが朝から使える部分と捨てる部分を分けている。


正確には、ノアは少し離れた場所から指示を出し、実際に巨大な肉塊を持ち上げているのはほとんどエヴァだった。


クロエとアスラは、その様子を黙って見ている。


リーゼが二人を見た。


「今日は静かだな」


「何だ」


クロエが答える。


「いや。昨日までなら、顔を合わせた時点で殺すだの手足を落とすだの言っていただろう」


アスラがエヴァを見る。


エヴァは自分より大きな肉塊を片手で持ち上げ、そのまま荷台へ放り込んでいた。


どすん、と地面が揺れる。


「……状況判断はする」


「私もだ」


クロエも答えた。


リーゼが目を丸くする。


「できたのか、状況判断」


「貴様は私を何だと思っている」


「会えば宿敵を肉ダルマにしようとする女だ」


「間違ってはいない」


「間違っていないのか!」


シズクも二人の視線の先を追った。


エヴァは今度は、超巨大な魔物の骨らしきものを掴んでいる。


太い。


シズクの身体より太い。


エヴァは少し力を入れた。


ばきり。


折れた。


クロエとアスラが揃って目を逸らした。


シズクが尋ねる。


「やはり、昨日のことが理由ですか?」


「昨日?」


クロエが聞き返す。


シズクは森の方を見る。


「巨大な魔物を、エヴァが殴ったことです」


「殴った、で済ませるな」


アスラが低い声で言った。


「肉片になったぞ」


クロエも頷く。


「再接続できる大きさの切断ではない。あれをまともに受けたら、神経ケーブルを出す断面そのものが残らん」


「私も同じだ。肉触手を伸ばす以前の問題になる」


リーゼは、二人が初めて真面目に危険判定をしていることに気づいた。


「つまり、エヴァが怖いのか?」


「怖いとは言っていない」


「警戒しているだけだ」


声は揃わなかったが、意味はほぼ同じだった。


少し離れたところからエヴァが振り返る。


「何か言ったか?」


「何も」


「何も言っていない」


今度は完全に揃った。


リーゼが小さく笑った。


「怖いんじゃないか」


「違う」


「違う」


エヴァは気にせず作業へ戻った。


クロエが小声で言う。


「ここであいつに喧嘩を売るほど馬鹿ではない」


アスラが鼻で笑った。


「昨日までは私に喧嘩を売っていたがな」


クロエの目が細くなる。


「お前とあれを一緒にするな」


「何だと」


「お前なら殺せる」


「それはこちらの台詞だ」


リーゼが顔をしかめた。


「ほら始まった」


ただし。


二人とも立ち上がらない。


武器にも手を伸ばさない。


口だけだった。


クロエが腕を組む。


「次にやる時は、前より念入りに肉ダルマにする」


「やってみろ」


アスラも笑う。


「その後はどうするつもりだ?」


「決まっている。神経へ繋ぐ」


「またか」


「今度は感覚の上限をもっと上げる」


アスラが鼻で笑った。


「前もそう言っていたな。それで私が途中から喜んでいた、とでも言いたいのか?」


「事実だろう」


「違う」


「声が変わっていた」


「痛かっただけだ」


「途中から明らかに違った」


「違う!」


アスラがクロエを指差した。


「貴様こそ、私が術を深く通した時は散々良い反応をしていただろう!」


「していない」


「もっと続けろと言った」


「尋問を続けろと言ったんだ!」


「同じことだ」


「違う!」


シズクが二人を見比べる。


「昨日も同じ話をしていましたね」


「事実関係がまだ訂正されていない」


クロエが言う。


アスラも腕を組む。


「こいつが嘘を認めないからだ」


エヴァが肉を運びながら笑った。


「お前ら、結局そこへ戻るんだな」


「戻っていない!」


二人の声が揃った。


リーゼが頭を抱える。


「手は出さなくなったのに、口喧嘩の内容が悪化していないか?」


ティセラは少し離れたところで記録している。


「興味深いですね。エヴァという明確な外的抑止力によって、身体的な攻撃だけが抑制されています」


「教授、分析するな」


「しかし、攻撃衝動そのものが消えたわけではありません」


「見れば分かる!」


クロエとアスラは、まだ睨み合っていた。


だが突然、アスラが思い出したように言う。


「そういえば」


「何だ」


「ネイラが、またお前の真似をしていたぞ」


クロエの表情が変わった。


「何をした」


「古い術具を全部ばらした」


「戻したのか?」


「戻した」


クロエの口元が少し上がる。


「そうか」


「しかも、元より使いやすくしてな」


今度ははっきり嬉しそうな顔になった。


アスラが続ける。


「あの子は本当に貴様に似た。構造を一度見れば覚える。私が説明しなくても勝手に問題を見つける」


「当然だ」


「そこは腹が立つ」


「何故だ」


「褒めると、貴様まで得意そうな顔をするからだ」


「私に似て賢いと言ったのはお前だろう」


「事実だから仕方ない」


クロエは満足そうだった。


少しして、今度は自分から尋ねる。


「ルヴァナは?」


アスラもすぐに反応した。


「何かあったか?」


「この前、私の家の裏で倒木があった」


「怪我は?」


声が少し強くなる。


クロエは首を振った。


「ない。ルヴァナが一人で退かした」


アスラが笑う。


「そうか!」


「かなり太い木だった」


「私に似たな」


「ああ」


クロエは素直に頷いた。


「力が強い。怖がらない。誰かが困っていると考える前に身体が動くところも、お前によく似ている」


アスラの顔が、露骨に嬉しそうになる。


「良い娘だろう」


「可愛い」


「当然だ」


「私の娘だからな」


「私の娘でもある!」


そこで二人はまた睨み合う。


しかし、今度はどちらも少し笑っていた。


シズクがその様子を見て言う。


「娘さんのお話をしている時は、本当に仲が良いのですが」


二人の顔から笑みが消えた。


「違う」


「何が違うのでしょう」


「ネイラとルヴァナが可愛いだけだ」


アスラが言う。


クロエも頷く。


「こいつとの関係は何も変わらん」


リーゼが嫌そうな予感を覚える。


「つまり?」


クロエはアスラを見る。


「殺す」


アスラもクロエを見る。


「殺す」


「まだ殺すのか!」


「当然だ」


クロエは何を不思議がっているのか分からない顔だった。


「一回で終わるとも言っていない」


アスラも続ける。


「戻ってきたら、また殺す」


「次は私が先だ」


「前回もそう言って負けただろう」


「死亡判定の数を勝手に増やす奴が言うな」


「五回だ」


「四回だ!」


リーゼが机を叩く。


「そこへ戻るな!」


シズクは別のところが気になった。


「ですが、本当に亡くなってしまったら、娘さんたちが悲しむのではありませんか?」


二人が止まる。


その質問には、すぐには答えなかった。


クロエが先に言った。


「戻る前提で殺す」


アスラも頷く。


「再生も復帰もできないような殺し方は、こいつにはしない」


リーゼが目を細める。


「妙なところに線引きがあるな」


「当たり前だ」


アスラが言う。


「クロエが本当に戻らなければ、ネイラが悲しむ」


クロエも静かに続けた。


「アスラが戻らなければ、ルヴァナが悲しむ」


「では、殺さなければよいのでは?」


シズクが、もっともなことを言った。


二人が同時にシズクを見る。


「それは別だ」


また声が揃った。


リーゼが天を仰いだ。


「何が別なんだ!」


クロエは当然のように答える。


「殺したいものは殺したい」


アスラも同じだった。


「娘は大切だ」


「両立するのか?」


「する」


「する」


「するのか……」


リーゼの声が弱くなった。


軒下では、ノアが朝食を食べながら話を聞いていた。


もちろん館の中へは入らず、クロエとアスラからも距離を取ったままだった。


「でも」


ノアが声を掛ける。


二人が戸口を見る。


「少なくとも、この辺で殺し合うのはやめてくれるんだよね?」


クロエとアスラは、一度エヴァを見る。


エヴァはちょうど超巨大魔物の骨をもう一本折ったところだった。


ばきん。


二人はノアへ視線を戻した。


「当面はな」


「ここでは控える」


リーゼが驚く。


「素直だ」


「判断だ」


「戦略的撤退だ」


エヴァが聞きつけた。


「別に外でもやるなとは言ってねえぞ」


クロエとアスラがエヴァを見る。


「いや」


「遠慮しておく」


エヴァが笑う。


「何だ、急に大人しくなったな」


二人とも答えなかった。


その沈黙だけで十分だった。


昨日。


二人が力を合わせて巨大な魔物を倒した。


その後、それを食うほどの超巨大な魔物が現れた。


そしてエヴァが、一発殴った。


肉片になった。


以来。


クロエとアスラは、エヴァの前では非常に物分かりが良くなった。


ただし。


口だけは別だった。


「次にお前を捕らえたら、前回より長くやる」


「望むところだ。どうせ途中で貴様の方が――」


「誰がだ!」


「事実だろう!」


「殺す!」


「何度でも殺してみろ!」


エヴァが振り返る。


二人とも黙った。


数秒。


エヴァが作業へ戻る。


クロエが小声で言う。


「……そのうちな」


アスラも小声で答える。


「……覚えていろ」


リーゼはそれを聞いて、深く息を吐いた。


「大人しくなったのではなく、エヴァが見ている時だけ大人しくなったのか」


ティセラが頷く。


「学習はしています」


「その評価でいいのか?」


シズクは二人を見ながら少し笑った。


娘の話をすれば、相手に似たところまで素直に褒める。


相手が本当に帰らなければ、娘が悲しむから困ると言う。


互いの娘を、自分の娘として大切にしている。


それでも。


相手は殺す。


戻ってきたら、また殺す。


何度でも殺す。


そして今日も。


二人は相手を睨みながら。


娘たちの自慢だけは、嬉しそうに続けていた。

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