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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第九章 分かつ河Ⅰ

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第六十四話 宿敵二人は、魔物の前では妙に息が合う

結界の警報が鳴ったのは、新しく作った洗濯機の調整をしている最中だった。


北側の木々が大きく揺れ、幹が何本も折れる。


現れたのは、六本の脚を持つ巨大な魔物だった。


「何だ、あれは!」


リーゼが叫ぶ。


エヴァが外へ出ながら答えた。


「知らん!」


「もう少し情報を持て!」


魔物は木々を押し倒しながら進み、結界の弱くなっている場所へ身体を押し込もうとしている。


その前へ、クロエとアスラが同時に出た。


「右前脚」


クロエが言う。


「分かっている」


アスラが答える。


クロエの瞳へ青い表示が走り、魔物の動きと重心を読む。


「三秒後、左へ崩れる」


「二秒で十分だ」


アスラの魔法陣が地面へ展開され、爆発が魔物の脚を跳ね上げる。


クロエはその動きを待っていたように走り込み、背中の太刀を抜いた。


殻の継ぎ目へ刃が入る。


魔物が暴れ、巨大な前脚を振り下ろした。


「伏せろ!」


アスラが叫ぶ。


「命令するな!」


クロエは文句を言いながら伏せた。


その頭上をアスラの術が通り抜け、魔物の顔面へ直撃する。


「次、左」


「見えている!」


二人はずっと喧嘩している。


しかし、動きは一度もぶつからない。


互いを何度も追い詰め、何度も殺し、何度も捕らえた。そのせいで、相手が次に何をするかを誰より正確に知っている。


魔物の尾が横薙ぎに振られ、クロエの左腕が飛んだ。


リーゼが息を呑む。


アスラは魔物ではなく、落ちた腕を見る。


「クロエ!」


「近くへ寄せろ!」


アスラが魔法陣を一枚出し、切断された腕だけをクロエの足元へ転移させた。


クロエの肩と腕の断面から神経ケーブルが伸び、すぐに接続が始まる。


「敵にやられた腕は拾うんだな」


エヴァが呟く。


シズクも頷いた。


「自分で切った時は、遠くへ投げようとしていました」


今度は魔物の爪がアスラの脚を切り飛ばした。


クロエが地面へ落ちた脚の前へ滑り込み、魔物に踏み潰される前に蹴り返す。


「受け取れ!」


「私の脚を蹴るな!」


「潰されるよりましだ!」


肉触手が伸び、脚が繋がる。


リーゼが呆然とした。


「敵同士ではなかったのか?」


二人が同時に答える。


「敵だ!」


戦いは続いた。


クロエが相手の視界と動きを読み、アスラが先回りして魔法陣を置く。


アスラが魔物の身体を傾ければ、クロエは倒れる位置へ先に走っている。


クロエがわずかに視線を動かせば、アスラは次に斬らせたい場所を理解する。


何度も殺し合った。


何度も手足を落とした。


何度も相手の技を潰す方法を考えた。


その蓄積が、共闘した時にはそのまま連携へ変わる。


「頭を下げろ!」


「もうやっている!」


クロエが太刀を振り抜き、前脚の関節を深く斬った。


六本脚の巨体が大きく傾く。


その頭部が下がった瞬間、アスラの魔法陣が真正面へ重なった。


「そこだ!」


轟音。


魔物の頭部が地面へ叩きつけられ、巨体がそのまま横倒しになる。


地面が大きく揺れた。


しばらく待ったが、もう起き上がらない。


シズクが二人を見る。


「とても息が合っていますね」


「殺し合ってきたからだ」


クロエが太刀を払って答える。


アスラも頷いた。


「こいつの動きなら、嫌でも分かる」


エヴァが笑った。


「寝たこともあるしな」


「それは関係ない!」


また声が揃った。


リーゼは大きく息を吸う。


「だから何故そこだけ毎回揃うんだ、うがあああっ!」


クロエが倒した魔物を見下ろす。


「それにしても、大きいな」


アスラも近づいた。


「この辺りでは、これが普通なのか?」


「いや」


エヴァが答える。


「でかい方だ」


リーゼが振り返る。


「そこは安心していいのか?」


「たぶんな」


「たぶんで済ませるな!」


その時だった。


再び。


北側の森が揺れた。


先ほどよりも大きい。


木が折れるというより、森そのものが押し退けられている。


クロエとアスラが同時に振り返る。


リーゼが顔を引きつらせた。


「……まだいるぞ」


現れたのは、先ほど倒したものよりさらに大きな魔物だった。


四本の太い脚。


長い首。


身体の表面には岩のような甲殻があり、口は頭部の半分ほどまで裂けている。


「さっきのより大きいですね」


シズクが言う。


「見れば分かる!」


リーゼが叫ぶ。


クロエが太刀を構える。


「次は私が正面を――」


その言葉が途中で止まった。


森のさらに奥。


何かが動いた。


今度は、木々が揺れたのではない。


消えた。


巨大な影が森の向こうから現れ、先ほど出てきた大型の魔物へ覆い被さる。


クロエが上を見る。


アスラも上を見る。


リーゼも。


シズクも。


そして。


「……何だ、あれは」


今度はリーゼの声が小さかった。


先ほどの魔物ですら、その怪物の前では獲物にしか見えなかった。


巨大な口が開く。


大型の魔物が抵抗する間もなく、その上半身が口の中へ消えた。


ごきり。


骨か甲殻か分からないものが砕ける音が響く。


さらに一度。


巨大な顎が閉じる。


大型の魔物は、そのまま半分以上を食いちぎられた。


クロエが黙る。


アスラも黙る。


それまで二人で倒した六本脚の魔物が、急に小さく見えた。


超巨大な魔物は残りを咥え、さらにこちらへ一歩踏み出した。


地面が揺れる。


シズクが後ろへ下がる。


「エヴァ」


「ああ」


エヴァが前へ出た。


クロエがすぐに言う。


「待て。あれは二人で――」


「いい」


「良くない。大きさを見ろ」


「見えてる」


アスラも魔法陣を出そうとした。


「なら私たちも――」


エヴァが片手を上げた。


「いいって」


そのまま歩いていく。


超巨大な魔物が、口の中の獲物を飲み込みながらエヴァを見る。


唸り声。


空気が震えた。


エヴァは首を鳴らした。


「人ん家の近くで飯食うな」


魔物が口を開く。


エヴァへ向かって頭を振り下ろした。


「出ていけ」


エヴァが踏み込む。


拳を振り抜いた。


轟音。


一瞬。


何が起きたのか、誰にも分からなかった。


巨大な頭部が消えた。


その次には、首が消えた。


さらに胴が膨らみ。


弾けた。


肉。


骨。


甲殻。


何か分からない内臓。


それらがまとめて森の向こうへ吹き飛んでいく。


超巨大な魔物は後方へ飛ばされたのではなかった。


殴られた場所から身体そのものが耐えられず、巨大な肉片の塊となって散った。


しばらく遅れて。


どさどさどさ、と。


森のあちこちへ肉片が落ちた。


静かになった。


エヴァは拳を開いたり閉じたりした。


「……お」


自分の手を見る。


肩を回す。


もう一度拳を握った。


「だいぶ戻ってきたな」


誰も答えない。


エヴァが振り返る。


「何だ?」


リーゼが、肉片になった魔物を見る。


エヴァを見る。


また肉片を見る。


「今」


「ああ」


「何をした?」


「殴った」


クロエが珍しく口を開かなかった。


アスラも同じだった。


ティセラは眼鏡を押し上げる。


「エヴァ」


「何だ?」


「戻ってきた、というのは?」


「ああ。身体だ」


エヴァは腕を曲げ、筋肉の具合を確かめる。


「谷底へ落ちた頃は、長く捕まってたせいで身体がかなり鈍ってた。ここで食って、寝て、畑やって、魔物とやり合ってるうちに戻ってきてるとは思ってたが」


もう一度、拳を見る。


「全盛期に近くなってきたな」


沈黙。


リーゼがゆっくり顔を上げた。


「待て」


「何だ」


「あれで、まだ『近くなってきた』なのか?」


「全盛期そのものかは分からん。昔のことだしな」


リーゼは口を開いたまま止まった。


クロエが初めてエヴァを見る目を変えた。


敵の能力を測る時の目だった。


アスラも同じだった。


「……貴様」


クロエが言う。


「何者だ」


「言っただろ。今は畑」


「そこを聞いていない!」


リーゼが頭を抱えた。


「待て待て待て!」


全員が見る。


リーゼはエヴァを指差した。


「貴様、捕虜だったのだな?」


「ああ」


「国が負けて?」


「ああ」


「捕まった?」


「そうだ」


リーゼは肉片になった超巨大魔物を指差す。


「どうやって!?」


エヴァが少し考えた。


「国が負けたからだろ」


「説明になっていない!」


エヴァは肩をすくめた。


「俺一人が強くても、国全部は守れねえよ」


その言葉だけは、少し違った。


笑っていない。


「周りが死んで、砦が落ちて、食うもんもなくなって、寝る暇もなく戦って、それでも敵は来る。最後に俺が立ってても、国がなくなってりゃ負けは負けだ」


リーゼは黙った。


エヴァはすぐにいつもの顔へ戻る。


「で、動けなくなったところを捕まった。それだけだ」


クロエが言う。


「それだけで済む話か?」


「済んだんだから仕方ないだろ」


アスラが、森に散った肉片を見る。


「捕まえる側は何人死んだ?」


エヴァは首を傾げた。


「知らん。数えてねえ」


リーゼが顔を覆った。


「世紀末だ……」


軒下にいたノアが、小さく言った。


「僕も前から思ってたけど」


エヴァが振り返る。


「何だ、聖者」


「エヴァのいたところ、僕が思ってたより世紀末覇王感がひどいかもしれない」


「何だそれ」


「説明すると長い」


クロエが肉片を見る。


アスラがエヴァを見る。


そして二人は、ほとんど同時に一歩だけ距離を取った。


エヴァが眉を寄せる。


「何で離れる」


「別に」


「何でもない」


「お前ら、俺を肉ダルマにするとか考えてないだろうな」


二人が黙った。


エヴァが笑う。


「やってみるか?」


「やらん」


「今日はやめておく」


リーゼが叫んだ。


「そこは即座に諦めるのか!」


クロエは真顔だった。


「手足を切る前にこちらが肉片になる」


アスラも頷く。


「同意する」


「お前ら、こういう時だけ判断が早いな」


エヴァはそう言って、散らばった超巨大魔物の肉を見る。


「で」


全員が嫌な予感を覚える。


「食えるかな、これ」


リーゼが天を仰いだ。


「まずそこなのか!」


谷底では。


巨大な魔物を倒した二人の忍者より。


その巨大魔物を食べに来た怪物より。


結局。


畑を耕している元王女が、一番おかしかった。

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