第六十二話 殺した回数と、殺された回数が合わない
事情聴取は別々にする予定だったが、クロエとアスラが互いの発言へ勝手に口を挟むため、途中から隣り合った部屋の扉を開けたまま話すことになった。
リーゼがクロエへ尋ねる。
「アスラとは敵なのか?」
「敵だ」
隣室から、すぐに声が飛ぶ。
「当然だ」
「何度戦った?」
クロエが少し考える。
「数えていない」
「私がこいつを殺したのは五回だ」
アスラが言う。
クロエが即座に反論した。
「四回だろう」
「五回だ」
「頭だけで三日動いていた時を入れるな」
「死亡判定は出ていた」
「動いて喋っていただろうが」
リーゼは額を押さえた。
「本人同士で死亡回数の判定が食い違うな!」
ティセラは楽しそうに記録している。
「死亡と活動停止を別に数えている可能性もありますね」
「教授、そこを面白がるな」
今度はシズクがアスラへ尋ねた。
「捕らえたこともあるのですか?」
「何度かある」
「拷問も?」
「した」
クロエが隣から口を挟む。
「こいつは趣味が悪い。肉ダルマにした後も、そこから長い」
アスラが笑った。
「貴様に言われたくない。神経へ直接繋いで感覚そのものを弄る奴が何を言っている」
「お前だって術で身体の反応を好き勝手に弄るだろうが」
「先に始めたのは貴様だ」
「いつの話だ」
「忘れるわけがないだろう」
二人はそこから、互いに受けた性的な拷問の時、相手がどんな反応をしていたかまで暴露し始めた。
クロエはアスラが途中から明らかに反応していたと言い、アスラはクロエも同じだったと返す。
本人たちは、どちらも断固として否定した。
エヴァが笑う。
「二人とも、ずいぶん詳しく覚えてるじゃねえか」
「違う!」
二人の声が綺麗に揃った。
リーゼが机を叩く。
「うがあああっ! 何故そこだけ息が合う!」
ティセラは一度筆を止めた。
「確認ですが、その拷問には生殖へ干渉する技術や魔術も含まれていたのですか?」
今度は、クロエとアスラが普通に頷いた。
「ある」
「使ったこともある」
リーゼが嫌そうな顔をする。
「聞かなければよかった気がしてきた」
だが、シズクは別のことに気づいた。
「それは、昨日お話しされていた娘さんたちとも関係があるのでしょうか?」
二人が黙った。
そして、アスラが何でもないことのように答えた。
「ある」
「あるのですか?」
「ああ。ネイラは、その時の娘だ」
シズクが瞬きをする。
リーゼも止まった。
「待て」
クロエを見る。
アスラを見る。
「その時、とは?」
クロエが答えた。
「私がアスラを捕らえて、肉ダルマにして、拷問していた時だ。私の神経技術を使った結果、こいつが孕んだ」
アスラは腕を組む。
「それで生まれたのがネイラだ」
部屋が静かになった。
リーゼがゆっくり尋ねる。
「……ネイラというのは、昨日話していた娘だな?」
「そうだ」
「クロエに似て賢い方の?」
アスラの顔が少し緩んだ。
「ああ。可愛いぞ」
クロエも即座に言う。
「当然だ。私の娘だからな」
「私の娘でもある」
「分かっている」
一瞬前まで拷問の話をしていた二人が、急に普通の親の顔になった。
シズクはますます分からなくなる。
「では、ルヴァナさんは?」
今度はアスラがクロエを見る。
「こいつを捕らえた時だ」
クロエの顔が僅かに険しくなる。
「その話をするのか」
「ネイラの話をしただろう」
アスラは少し得意そうだった。
「今度は私がクロエを肉ダルマにして、魔術で徹底的に拷問した。その時にクロエが孕んだ」
クロエが渋々続ける。
「それで生まれたのがルヴァナだ」
また沈黙した。
リーゼが額へ手を当てる。
「つまり」
「何だ」
「互いを捕らえた」
「そうだ」
「手足を落とした」
「そうだ」
「その後、拷問した」
「そうだ」
「その結果、それぞれ一人ずつ娘ができた」
「そうだ」
「そして、その娘たちを二人で育てている?」
二人の表情が変わった。
今度は、クロエもアスラも即答する。
「大切に育てている」
「当たり前だ」
シズクが少し安心したように笑う。
「お二人とも、娘さんたちのことになると同じことをおっしゃいますね」
クロエが言う。
「ネイラは本当に賢い。何でもすぐ覚えるし、一度見た構造はほとんど忘れない」
アスラも嬉しそうに頷く。
「あの子はクロエに似た。理屈っぽいところまでそっくりだが、それも含めて頭がいい」
「余計なところを足すな」
「褒めている」
「ならいい」
アスラが今度は尋ねる。
「ルヴァナは?」
クロエの声が少し柔らかくなる。
「元気だ。前よりずっと強くなった」
「そうだろう」
「庭の石を一人で動かした」
アスラが満足そうに笑った。
「私に似たな」
「力が強くて、怖がらなくて、決めたらすぐ動く。そこは確かにお前に似ている」
「可愛いだろう」
「ああ。可愛い」
二人は、そこだけは何の嫌味もなく同意した。
リーゼがその様子を見ている。
「……娘については普通なのだな」
クロエが眉を寄せる。
「何がだ」
「普通に親だ」
「親だからな」
アスラも当然のように言う。
「ネイラもルヴァナも、私たち二人の娘だ」
シズクが確認する。
「どちらが産んだかで、お一人だけの娘というわけではないのですね?」
「違う」
クロエが答える。
「ネイラもルヴァナも、二人で育てている」
アスラも頷いた。
「住んでいる家が違うだけだ」
普段、ネイラはアスラの家で過ごすことが多い。
ルヴァナはクロエの家で過ごすことが多い。
だが、どちらの娘も二人の子であることに変わりはない。
クロエはネイラに会うため、普通にアスラの家へ行く。
アスラもルヴァナに会うため、普通にクロエの家へ来る。
娘たちの予定によっては四人で集まり、そのまま何日か一緒に暮らすこともあるらしい。
「四人で食事もするのですか?」
シズクが聞く。
「する」
「当然だ」
「お泊まりも?」
「ある」
クロエが答える。
「遅ければ、そのまま寝る」
アスラも言う。
「互いの家に、こいつが泊まる場所くらいある」
リーゼの顔が険しくなっていく。
「待て」
全員がリーゼを見る。
「今までの話を整理する」
一本目の指を立てる。
「敵だ」
「そうだ」
二本目。
「殺し合う」
「そうだ」
三本目。
「肉ダルマにする」
「する」
四本目。
「拷問する」
「する」
五本目。
「その拷問で娘までできた」
「できた」
六本目はなかったので、反対の手を使った。
「その二人の娘を、二人で大切に育てている」
「当然だ」
「互いの家を知っている」
「知っている」
「相手の家へ普通に行く」
「行く」
「娘たちと四人で食事をする」
「する」
「泊まることもある」
「ある」
リーゼは指を下ろした。
しばらく、何も言わない。
クロエが訝しげに見る。
「何だ」
「……夫婦では?」
「違う!」
二人の声が館の中へ響いた。
エヴァが吹き出す。
「そこまでやってて違うのかよ」
「違う」
クロエはきっぱり言った。
「こいつは敵だ」
「宿敵だ」
アスラも即座に続ける。
シズクは少し考え込んだ。
「ですが、ネイラさんとルヴァナさんは、お二人の娘さんなのですよね?」
「そうだ」
「二人とも可愛い娘だ」
そこだけは、また同じ答えだった。
「では、お二人と娘さんたちで一緒に過ごす時は、どのような感じなのですか?」
クロエが首を傾げる。
「普通だが」
「普通、ですか?」
「飯を作って食う」
アスラが答えた。
「ネイラが何か覚えればクロエが教えるし、ルヴァナが身体を動かしたがれば私が付き合う。逆もある」
「四人で出掛けることもある」
クロエが続ける。
「帰るのが遅くなれば、そのまま泊まる」
「こいつの家にも私が寝る場所はある」
「私の家にもある」
リーゼの眉間の皺がさらに深くなった。
「つまり、互いの家に自分用の寝る場所まであるのか?」
「娘に会いに行くんだから、それくらいあるだろう」
クロエは、本当に何がおかしいのか分からないようだった。
アスラも頷く。
「ネイラはクロエが来れば喜ぶ。ルヴァナも私が行けば喜ぶ」
「私たちの娘だからな」
「そうだ」
シズクは二人の顔を交互に見た。
先ほどまで。
互いを殺した回数を争っていた。
肉ダルマにした話をしていた。
拷問した話もしていた。
その拷問の結果、互いに娘を一人ずつ産み、その二人を共同で大切に育てている。
そして今は、娘が相手に会えば喜ぶと、何の照れもなく話している。
「……家族、なのでは?」
シズクが尋ねる。
クロエが答えた。
「娘たちとは家族だ」
アスラも頷く。
「当然だ」
「では、お二人も?」
「違う」
「敵だ」
シズクは黙った。
リーゼが横から聞く。
「待て。『家族』という言葉の意味が、こちらと違う可能性は?」
「同じだ」
クロエが即答した。
「血縁や親子、生活を共にする近しい者をそう呼ぶ」
アスラも不思議そうにリーゼを見る。
「何故、さっきから言葉の意味ばかり確認する?」
リーゼが机を叩いた。
「意味が違っていてくれた方が、まだ理解できるからだ!」
軒下から、ノアの声がした。
「僕もそこは気になってた」
全員が戸口を見る。
ノアは館の中へは入らず、いつものように皆から距離を取って軒下に座っている。
「敵っていうのも、僕たちが知ってる意味と同じなんだよね?」
「同じだ」
クロエが答えた。
アスラも続ける。
「戦えば殺す相手だ」
「宿敵も?」
「長く争っている敵だろう」
「うん。同じだね」
ノアは少し考えた。
「じゃあ、本当に全部そのままなんだ」
「だから何を確認している」
クロエが怪訝そうに言う。
リーゼが頭を抱えた。
「全部そのままだから困っているんだ!」
ティセラは、しばらく止まっていた筆を再び動かした。
「関係名称が、実際の関係性を完全には包含していないのでしょうか」
「教授、それを難しい言葉にしても分からんものは分からん!」
エヴァが笑う。
「別にいいだろ。本人たちが分かってんなら」
「本人たちも分かっていない!」
リーゼが指を差す。
「さっき『どういう関係なんだ』と聞いたら、二人とも知らんと言ったぞ!」
エヴァがクロエとアスラを見る。
「そうなのか?」
「知らん」
クロエが答える。
「私も知らん」
アスラも言った。
「ほら!」
リーゼが叫ぶ。
シズクは、まだ一つ気になっていた。
「でも、クロエが他の方に捕まったら、アスラは助けるのですよね?」
「助ける」
「アスラが捕まっても?」
クロエが即答する。
「助ける」
「娘さんたちのためでもありますか?」
そこで二人は、少しだけ黙った。
アスラが先に答える。
「それもある」
クロエも否定しなかった。
「ネイラは、私が帰らなければ悲しむ」
アスラが続ける。
「ルヴァナも、クロエだけではなく私が帰るのを待っている」
クロエは小さく頷いた。
「娘を泣かせる気はない」
「私もだ」
先ほどまでとは違い、その言葉には冗談も挑発もなかった。
シズクが微笑む。
「お二人とも、良いお母さまなのですね」
クロエとアスラが一瞬、言葉に詰まった。
クロエが先に顔を逸らす。
「当たり前だ」
アスラも少し遅れて答えた。
「娘は大切にするものだろう」
リーゼはその二人を見て、さらに混乱した顔になる。
「そこだけ聞けば、ものすごくまともなんだが……」
エヴァが笑う。
「娘には優しいんだな」
「当然だ」
「自分たち同士では手足を切るのに?」
「それとこれは別だ」
また声が揃った。
リーゼが天井を仰ぐ。
「別なのか……」
シズクがさらに尋ねる。
「もし、他の方が相手を殺そうとしたら?」
「助ける」
二人同時だった。
「娘さんたちがいなくても?」
今度は少しだけ間があった。
クロエがアスラを見る。
アスラもクロエを見る。
「助ける」
「助けるな」
答えは変わらなかった。
「何故です?」
シズクの問いに、二人は黙る。
やがてクロエが言った。
「私がこいつをいたぶるのはいい」
アスラも頷く。
「私がこいつをいたぶるのもいい」
「他の奴がやるのは気に入らない」
「そこは同意する」
シズクがさらに聞いた。
「他の人が相手を殺そうとしたら?」
「助ける」
また二人同時だった。
「敵なのに?」
クロエとアスラは互いを見る。
そして。
「こいつだけは私が殺す」
また声が重なった。
エヴァが笑った。
「やっぱ仲いいだろ」
「違う!」
今日一番、息が合っていた。
リーゼは両手で頭を抱える。
敵。
宿敵。
何度も殺し合った相手。
互いを肉ダルマにした相手。
互いを拷問した相手。
その拷問の結果、互いに一人ずつ娘を産ませた相手。
二人の可愛い娘を、一緒に大切に育てている相手。
娘が相手に似て賢ければ、それを誇り。
相手に似て力強ければ、それも誇る。
互いの家を知り。
自分の寝る場所まであり。
四人で飯を食い。
同じ屋根の下で夜を過ごす。
他人に捕まれば助け。
他人に殺されそうになれば助ける。
それでも。
夫婦ではない。
恋人でもない。
本人たちに言わせれば。
敵で。
宿敵で。
そして。
自分たちでも、それ以上を何と呼べばいいのか分からないらしい。
リーゼは最後に、もう一度だけ聞いた。
「本当に、何なんだ貴様らは」
クロエが考える。
アスラも考える。
二人は顔を見合わせた。
そして。
「知らん」
また、綺麗に声が揃った。




