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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第九章 分かつ河Ⅰ

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第六十二話 殺した回数と、殺された回数が合わない

事情聴取は別々にする予定だったが、クロエとアスラが互いの発言へ勝手に口を挟むため、途中から隣り合った部屋の扉を開けたまま話すことになった。


リーゼがクロエへ尋ねる。


「アスラとは敵なのか?」


「敵だ」


隣室から、すぐに声が飛ぶ。


「当然だ」


「何度戦った?」


クロエが少し考える。


「数えていない」


「私がこいつを殺したのは五回だ」


アスラが言う。


クロエが即座に反論した。


「四回だろう」


「五回だ」


「頭だけで三日動いていた時を入れるな」


「死亡判定は出ていた」


「動いて喋っていただろうが」


リーゼは額を押さえた。


「本人同士で死亡回数の判定が食い違うな!」


ティセラは楽しそうに記録している。


「死亡と活動停止を別に数えている可能性もありますね」


「教授、そこを面白がるな」


今度はシズクがアスラへ尋ねた。


「捕らえたこともあるのですか?」


「何度かある」


「拷問も?」


「した」


クロエが隣から口を挟む。


「こいつは趣味が悪い。肉ダルマにした後も、そこから長い」


アスラが笑った。


「貴様に言われたくない。神経へ直接繋いで感覚そのものを弄る奴が何を言っている」


「お前だって術で身体の反応を好き勝手に弄るだろうが」


「先に始めたのは貴様だ」


「いつの話だ」


「忘れるわけがないだろう」


二人はそこから、互いに受けた性的な拷問の時、相手がどんな反応をしていたかまで暴露し始めた。


クロエはアスラが途中から明らかに反応していたと言い、アスラはクロエも同じだったと返す。


本人たちは、どちらも断固として否定した。


エヴァが笑う。


「二人とも、ずいぶん詳しく覚えてるじゃねえか」


「違う!」


二人の声が綺麗に揃った。


リーゼが机を叩く。


「うがあああっ! 何故そこだけ息が合う!」


ティセラは一度筆を止めた。


「確認ですが、その拷問には生殖へ干渉する技術や魔術も含まれていたのですか?」


今度は、クロエとアスラが普通に頷いた。


「ある」


「使ったこともある」


リーゼが嫌そうな顔をする。


「聞かなければよかった気がしてきた」


だが、シズクは別のことに気づいた。


「それは、昨日お話しされていた娘さんたちとも関係があるのでしょうか?」


二人が黙った。


そして、アスラが何でもないことのように答えた。


「ある」


「あるのですか?」


「ああ。ネイラは、その時の娘だ」


シズクが瞬きをする。


リーゼも止まった。


「待て」


クロエを見る。


アスラを見る。


「その時、とは?」


クロエが答えた。


「私がアスラを捕らえて、肉ダルマにして、拷問していた時だ。私の神経技術を使った結果、こいつが孕んだ」


アスラは腕を組む。


「それで生まれたのがネイラだ」


部屋が静かになった。


リーゼがゆっくり尋ねる。


「……ネイラというのは、昨日話していた娘だな?」


「そうだ」


「クロエに似て賢い方の?」


アスラの顔が少し緩んだ。


「ああ。可愛いぞ」


クロエも即座に言う。


「当然だ。私の娘だからな」


「私の娘でもある」


「分かっている」


一瞬前まで拷問の話をしていた二人が、急に普通の親の顔になった。


シズクはますます分からなくなる。


「では、ルヴァナさんは?」


今度はアスラがクロエを見る。


「こいつを捕らえた時だ」


クロエの顔が僅かに険しくなる。


「その話をするのか」


「ネイラの話をしただろう」


アスラは少し得意そうだった。


「今度は私がクロエを肉ダルマにして、魔術で徹底的に拷問した。その時にクロエが孕んだ」


クロエが渋々続ける。


「それで生まれたのがルヴァナだ」


また沈黙した。


リーゼが額へ手を当てる。


「つまり」


「何だ」


「互いを捕らえた」


「そうだ」


「手足を落とした」


「そうだ」


「その後、拷問した」


「そうだ」


「その結果、それぞれ一人ずつ娘ができた」


「そうだ」


「そして、その娘たちを二人で育てている?」


二人の表情が変わった。


今度は、クロエもアスラも即答する。


「大切に育てている」


「当たり前だ」


シズクが少し安心したように笑う。


「お二人とも、娘さんたちのことになると同じことをおっしゃいますね」


クロエが言う。


「ネイラは本当に賢い。何でもすぐ覚えるし、一度見た構造はほとんど忘れない」


アスラも嬉しそうに頷く。


「あの子はクロエに似た。理屈っぽいところまでそっくりだが、それも含めて頭がいい」


「余計なところを足すな」


「褒めている」


「ならいい」


アスラが今度は尋ねる。


「ルヴァナは?」


クロエの声が少し柔らかくなる。


「元気だ。前よりずっと強くなった」


「そうだろう」


「庭の石を一人で動かした」


アスラが満足そうに笑った。


「私に似たな」


「力が強くて、怖がらなくて、決めたらすぐ動く。そこは確かにお前に似ている」


「可愛いだろう」


「ああ。可愛い」


二人は、そこだけは何の嫌味もなく同意した。


リーゼがその様子を見ている。


「……娘については普通なのだな」


クロエが眉を寄せる。


「何がだ」


「普通に親だ」


「親だからな」


アスラも当然のように言う。


「ネイラもルヴァナも、私たち二人の娘だ」


シズクが確認する。


「どちらが産んだかで、お一人だけの娘というわけではないのですね?」


「違う」


クロエが答える。


「ネイラもルヴァナも、二人で育てている」


アスラも頷いた。


「住んでいる家が違うだけだ」


普段、ネイラはアスラの家で過ごすことが多い。


ルヴァナはクロエの家で過ごすことが多い。


だが、どちらの娘も二人の子であることに変わりはない。


クロエはネイラに会うため、普通にアスラの家へ行く。


アスラもルヴァナに会うため、普通にクロエの家へ来る。


娘たちの予定によっては四人で集まり、そのまま何日か一緒に暮らすこともあるらしい。


「四人で食事もするのですか?」


シズクが聞く。


「する」


「当然だ」


「お泊まりも?」


「ある」


クロエが答える。


「遅ければ、そのまま寝る」


アスラも言う。


「互いの家に、こいつが泊まる場所くらいある」


リーゼの顔が険しくなっていく。


「待て」


全員がリーゼを見る。


「今までの話を整理する」


一本目の指を立てる。


「敵だ」


「そうだ」


二本目。


「殺し合う」


「そうだ」


三本目。


「肉ダルマにする」


「する」


四本目。


「拷問する」


「する」


五本目。


「その拷問で娘までできた」


「できた」


六本目はなかったので、反対の手を使った。


「その二人の娘を、二人で大切に育てている」


「当然だ」


「互いの家を知っている」


「知っている」


「相手の家へ普通に行く」


「行く」


「娘たちと四人で食事をする」


「する」


「泊まることもある」


「ある」


リーゼは指を下ろした。


しばらく、何も言わない。


クロエが訝しげに見る。


「何だ」


「……夫婦では?」


「違う!」


二人の声が館の中へ響いた。


エヴァが吹き出す。


「そこまでやってて違うのかよ」


「違う」


クロエはきっぱり言った。


「こいつは敵だ」


「宿敵だ」


アスラも即座に続ける。


シズクは少し考え込んだ。


「ですが、ネイラさんとルヴァナさんは、お二人の娘さんなのですよね?」


「そうだ」


「二人とも可愛い娘だ」


そこだけは、また同じ答えだった。


「では、お二人と娘さんたちで一緒に過ごす時は、どのような感じなのですか?」


クロエが首を傾げる。


「普通だが」


「普通、ですか?」


「飯を作って食う」


アスラが答えた。


「ネイラが何か覚えればクロエが教えるし、ルヴァナが身体を動かしたがれば私が付き合う。逆もある」


「四人で出掛けることもある」


クロエが続ける。


「帰るのが遅くなれば、そのまま泊まる」


「こいつの家にも私が寝る場所はある」


「私の家にもある」


リーゼの眉間の皺がさらに深くなった。


「つまり、互いの家に自分用の寝る場所まであるのか?」


「娘に会いに行くんだから、それくらいあるだろう」


クロエは、本当に何がおかしいのか分からないようだった。


アスラも頷く。


「ネイラはクロエが来れば喜ぶ。ルヴァナも私が行けば喜ぶ」


「私たちの娘だからな」


「そうだ」


シズクは二人の顔を交互に見た。


先ほどまで。


互いを殺した回数を争っていた。


肉ダルマにした話をしていた。


拷問した話もしていた。


その拷問の結果、互いに娘を一人ずつ産み、その二人を共同で大切に育てている。


そして今は、娘が相手に会えば喜ぶと、何の照れもなく話している。


「……家族、なのでは?」


シズクが尋ねる。


クロエが答えた。


「娘たちとは家族だ」


アスラも頷く。


「当然だ」


「では、お二人も?」


「違う」


「敵だ」


シズクは黙った。


リーゼが横から聞く。


「待て。『家族』という言葉の意味が、こちらと違う可能性は?」


「同じだ」


クロエが即答した。


「血縁や親子、生活を共にする近しい者をそう呼ぶ」


アスラも不思議そうにリーゼを見る。


「何故、さっきから言葉の意味ばかり確認する?」


リーゼが机を叩いた。


「意味が違っていてくれた方が、まだ理解できるからだ!」


軒下から、ノアの声がした。


「僕もそこは気になってた」


全員が戸口を見る。


ノアは館の中へは入らず、いつものように皆から距離を取って軒下に座っている。


「敵っていうのも、僕たちが知ってる意味と同じなんだよね?」


「同じだ」


クロエが答えた。


アスラも続ける。


「戦えば殺す相手だ」


「宿敵も?」


「長く争っている敵だろう」


「うん。同じだね」


ノアは少し考えた。


「じゃあ、本当に全部そのままなんだ」


「だから何を確認している」


クロエが怪訝そうに言う。


リーゼが頭を抱えた。


「全部そのままだから困っているんだ!」


ティセラは、しばらく止まっていた筆を再び動かした。


「関係名称が、実際の関係性を完全には包含していないのでしょうか」


「教授、それを難しい言葉にしても分からんものは分からん!」


エヴァが笑う。


「別にいいだろ。本人たちが分かってんなら」


「本人たちも分かっていない!」


リーゼが指を差す。


「さっき『どういう関係なんだ』と聞いたら、二人とも知らんと言ったぞ!」


エヴァがクロエとアスラを見る。


「そうなのか?」


「知らん」


クロエが答える。


「私も知らん」


アスラも言った。


「ほら!」


リーゼが叫ぶ。


シズクは、まだ一つ気になっていた。


「でも、クロエが他の方に捕まったら、アスラは助けるのですよね?」


「助ける」


「アスラが捕まっても?」


クロエが即答する。


「助ける」


「娘さんたちのためでもありますか?」


そこで二人は、少しだけ黙った。


アスラが先に答える。


「それもある」


クロエも否定しなかった。


「ネイラは、私が帰らなければ悲しむ」


アスラが続ける。


「ルヴァナも、クロエだけではなく私が帰るのを待っている」


クロエは小さく頷いた。


「娘を泣かせる気はない」


「私もだ」


先ほどまでとは違い、その言葉には冗談も挑発もなかった。


シズクが微笑む。


「お二人とも、良いお母さまなのですね」


クロエとアスラが一瞬、言葉に詰まった。


クロエが先に顔を逸らす。


「当たり前だ」


アスラも少し遅れて答えた。


「娘は大切にするものだろう」


リーゼはその二人を見て、さらに混乱した顔になる。


「そこだけ聞けば、ものすごくまともなんだが……」


エヴァが笑う。


「娘には優しいんだな」


「当然だ」


「自分たち同士では手足を切るのに?」


「それとこれは別だ」


また声が揃った。


リーゼが天井を仰ぐ。


「別なのか……」


シズクがさらに尋ねる。


「もし、他の方が相手を殺そうとしたら?」


「助ける」


二人同時だった。


「娘さんたちがいなくても?」


今度は少しだけ間があった。


クロエがアスラを見る。


アスラもクロエを見る。


「助ける」


「助けるな」


答えは変わらなかった。


「何故です?」


シズクの問いに、二人は黙る。


やがてクロエが言った。


「私がこいつをいたぶるのはいい」


アスラも頷く。


「私がこいつをいたぶるのもいい」


「他の奴がやるのは気に入らない」


「そこは同意する」


シズクがさらに聞いた。


「他の人が相手を殺そうとしたら?」


「助ける」


また二人同時だった。


「敵なのに?」


クロエとアスラは互いを見る。


そして。


「こいつだけは私が殺す」


また声が重なった。


エヴァが笑った。


「やっぱ仲いいだろ」


「違う!」


今日一番、息が合っていた。


リーゼは両手で頭を抱える。


敵。


宿敵。


何度も殺し合った相手。


互いを肉ダルマにした相手。


互いを拷問した相手。


その拷問の結果、互いに一人ずつ娘を産ませた相手。


二人の可愛い娘を、一緒に大切に育てている相手。


娘が相手に似て賢ければ、それを誇り。


相手に似て力強ければ、それも誇る。


互いの家を知り。


自分の寝る場所まであり。


四人で飯を食い。


同じ屋根の下で夜を過ごす。


他人に捕まれば助け。


他人に殺されそうになれば助ける。


それでも。


夫婦ではない。


恋人でもない。


本人たちに言わせれば。


敵で。


宿敵で。


そして。


自分たちでも、それ以上を何と呼べばいいのか分からないらしい。


リーゼは最後に、もう一度だけ聞いた。


「本当に、何なんだ貴様らは」


クロエが考える。


アスラも考える。


二人は顔を見合わせた。


そして。


「知らん」


また、綺麗に声が揃った。

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